涼し、涼気、涼風、夕涼み
http://sogyusha.org/ruidai/02_summer/suzushi.html 【涼し、涼気、涼風、夕涼み】より
涼し、涼気、涼風(りょうふう、すずかぜ)、朝涼(あさすず)、夕涼(ゆうすず)、夕涼み、晩涼(ばんりょう)
夏の季語に「涼し」があるというのも俳句の特徴。暑いからこそ涼しさを感ずる、という逆説的な性格を持つ。これに対し、秋が来て感ずる本物の涼しさが「新涼」。「新涼」より前に「涼し」あることになる。「涼し」は「涼む」(歳時記では『生活』の項)と深く関係している季語。以下の句にも実質的には「涼み」に分類したいものがかなりある。
露おきて涼しき月の木の間哉 飯尾宗祇
颯々(さっさつ)の涼しさやこの松の声 野々口立甫
(注)颯々はあっさりとした様子を言うが、この場合は風の音、風の吹くさまを表す。
涼しさのかたまりなれやよはの月 安原貞室
(訳)夏の夜半、空に出ている月は涼しさの塊のようだ。
涼しさは錫(すず)の色なり水茶碗 伊藤信徳
水晶や涼しき海を遠眼鏡 天野桃隣 (注)水晶は、ガラスの玉も意味した。
峠涼し沖の小島の見ゆ泊り 山口素堂
このあたり目に見ゆるものは皆涼し 松尾芭蕉
涼しさやほの三日月の羽黒山 松尾芭蕉
涼しさを我宿にしてねまる也(なり) 松尾芭蕉
(注)「奥の細道」で山形尾花沢に泊った際の挨拶句。ねまるは東北地方の方言。
涼しさを絵にうつしけり嵯峨の竹 松尾芭蕉
汐ごしや鶴はぎ(脛)ぬれて海涼し 松尾芭蕉
(注)汐越(ごし)は海水を引いたり、汲んだりすること。はぎは脛(はぎ、すね)。
小鯛さす柳すずしや海士(あま)が妻 松尾芭蕉
松風の落葉か水の音涼し 松尾芭蕉
裏見せて涼しき滝の心かな 松尾芭蕉
涼しさや竹握りゆく藪づたひ 田代松意
涼しさや此の庵をさへ住捨てし 河合曾良
(訳)長く住んでいた庵を捨てて旅に出る。今はさっぱりして涼しい感じだ。
涼しさの野山に満る念仏(ねぶつ)かな 向井去来
(注)法然の浄土教などでは、「南無阿弥陀仏」を称(とな)えることを念仏
という。
有明に汗入る頃の鐘涼し 向井去来
涼しさよ夕立ながら入日影 向井去来
涼しいか草木諸鳥諸虫ども 広瀬惟然
涼しさに四ッ橋四つ渡りけり 小西来山
涼しさをとどめかねけり馬の上 小西来山
(訳)馬に乗っていると涼しい風が吹きぬけていくが、その涼しさは留めておけない。
足高に涼しき蟹の歩み哉 谷木因
涼風や青田の上の雲の影 森川許六
涼しさや八景にかく膳所(ぜぜ)の城 森川許六
(注)八景は近江八景。膳所は本多氏六万石の城下町。
涼しさを先づ武蔵野の流れ星 宝井其角
涼風や虚空に満ちて松の声 上島鬼貫
(訳)涼風が吹き渡った。松風の音が何もない大空に満ちているかのようだ。
すず風やあちら向きたる乱れ髪 上島鬼貫
(注)ある家の「小野小町の絵」を見て。小町は後ろ向きに描かれるのが通例。
舟涼し吹かれて居ればふきにけり 立花北枝
風涼し生地(せいち)へかへる浪の音 立花北枝
涼しさや燈火(ともしび)更ける川向ひ 本間秋江
すずしさや朝草門に荷(にな)ひ込む 野沢凡兆
涼しさを見せてそよぐや城の松 内藤丈草
長刀(なぎなた)の五条も涼し橋の月 各務支考
(訳)弁慶の長刀で有名な五条大橋も、今は涼しげに月が出ている。
涼しさや縁から足をぶらさげる 各務支考
行く雲の砕けて涼し磯の山 各務支考
涼しさや日の落かかる海の上 小川秋色女
月高く涼しき城の夜明かな 松木淡々
すずしさを竹に残して晴れにけり 中川乙由
静かさを響きて涼し井の雫(しずく) 長谷川馬光
涼しさや文のおもしに置くきせる(煙管) 横井也有
涼しさや恥ずかしいほど行き戻り 加賀千代女
(訳)涼しいので、道を何度も行き戻りしている。人が見ていて恥ずかしいほどだ。
涼しさや夜ふかき橋に知らぬ同士 加賀千代女
涼しさや鐘をはなるるかねの声 与謝蕪村
すずしさや都を竪(たて)にながれ川 与謝蕪村
涼しさや額を当てて青畳 斯波園女
島涼し汐うちあはすうへの月 高桑闌更
http://kigosai.sub.jp/001/archives/2033 【涼し(すずし)三夏】より
【子季語】
涼、涼気、涼味、涼意、朝涼し、夕涼、晩涼、夜涼、宵涼し、涼夜
【解説】
夏の暑さに思いがけず覚える涼しさは格別である。流水や木陰、雨や風を身に受けて安堵する涼もあれば、音感や視覚で感受する涼味もある。朝、夕、晩、夜、宵に涼を添え季語をなす。秋の涼は新涼、初涼といい区別する。
【例句】
このあたり目に見ゆるものは皆涼し 芭蕉「笈日記」
涼しさを我が宿にしてねまるなり 芭蕉「奥の細道」
涼しさや鐘をはなるるかねの音 蕪村「蕪村句集」
かけ橋や水とつれ立つ影涼し 麦水「葛箒」
大の字に寝て涼しさを淋しさよ 一茶「七番日記」
涼しさや松這ひ上る雨の蟹 正岡子規「子規句集」
水盤に雲呼ぶ石の影すゞし 夏目漱石「漱石句集」
涼しさや門にかけたる橋斜め 夏目漱石「漱石句集」
無人島の天子とならば涼しかろ 夏目漱石「漱石句集」
涼しさは下品下生の仏かな 高浜虚子「五百五十句」
自ら風の涼しき余生かな 高浜虚子「七百五十句」
風生と死の話して涼しさよ 高浜虚子「七百五十句」
涼しさや錨捲きゐる夜の船 日野草城「花氷」
をみな等も涼しきときは遠(をち)を見る 中村草田男「長子」
どの子にも涼しく風の吹く日かな 飯田龍太「忘音」
水底の砂の涼しく動くかな 長谷川櫂「天球」
涼しさや赤子にすでに土踏まず 高田正子「玩具」