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シンガポールの建築家Wee Teck Mohが建てたGolden Bell Mansion

2021.03.03 02:15

見事に枯れてて残念だったテロックブランガーヒルパークを後にし、ヘンダーソンウェイブを渡って次に目指すのはマウントフェイバーにあるGolden Bell Mansion。

橋からは緑のジャングルの中に白い建物が小さく見える。それが次に目指す家。

パッと見るとボロブドゥール遺跡にあるストゥーパの様な形をしていて、鬱蒼と茂るジャングルが余計にミステリアスな感じに見える。

地図を頼りに道なりに歩いて行くと、「デンマーク教会」と書かれたその邸宅が見えて来た!

でも残念なことに半分がブルーシートに覆われ絶賛修復中の様だった。正面が見えるのが幸い。

エントランスにはラッフルズホテルのマークにもなっているTravelers Palmがあって素敵だ!

エメラルドヒルの記事でも書いた様にキング オブ ショップハウスの異名を持つシンガポールの建築家Wee Teck Mohによって1910年に建てられたTan Boo Liat(実業家で慈善家)の邸宅。

(・ターン ブー リアットと言う名前はシンガポール在住の人であれば、一度は聞いた事あると思う。名前がはてな?でも家具やインテリア雑貨の集まる古いビルと言えば分かると思う。)

この家にはタン氏が強力な支持者だった中国の革命指導者 孫中山が1911年に滞在していたこともあるのだそうだ。

このGolden Bell Mansionと呼ばれる家はタン ブー リアットの祖父、タン キム チンにちなんで名付けられたと考えられていて、「キム・チン」は福建の「黄金の鐘」の意味らしい。

いずれにしても、代々伝わる昔のクレイジーリッチな事には変わりないみたい!


コロニアルとアジアのスタイルがミックスされた家はベッドルーム4室、ビリヤードルーム、喫煙室が備わていて、使用人の宿舎は家の後ろに建てられたそうだ。

遠くから見えた仏塔の様な部分は氏がビジネスを行っていたタイに関係があるとかないとか・・・

家はその後ミッション系の高等教育機関を設立する計画が立ったけれど、結局計画は中止に。

そのメンバーの中には、シンガポールの歴史本などにも度々出てくるタン カー キー(20世紀にゴム産業で財を成した有名人)もいたそう。

(※旧日本軍がシンガポール静粛の時にタンカーキーを探していたと本で読んだ覚えがある。それは中国本土に送金したりと中国寄りだった事らしいのだけど、その彼は日本軍が占領前にジャワ島に逃れていたらしい)

大学のために集められた資金は代わりに伝道部の他の教育活動に向けて使われるようになった。

タン ブー リアットが上海で亡くなった後この家は売却され、1985年以来デンマーク海人教会として使用され、その後シンガポール土地局に移されたとの事。

ちょっと変わっているのが☆マーク。星型した換気穴なんだそう。

この家がどうなるのか興味深々でググってみたけど、建築計画みたいなのはみつからず・・・

美味しい食事を提供する素敵なレストランと少しの宿泊部屋でオーベルジュみたいにしても良さそうじゃない?

その後はマウントフェーバーからゴンドラに乗ってセントサー島でランチをする事にした。

ゴンドラ乗り場に行く道すがら、眼下にはジャングル。この中に海軍に従事していた日本人のお墓がポツンと残っているらしい。

Benoitに行ってみる?と言われたけれど、お化けが出そうで嫌だ~と本気で断った。

考えてみればここに限らず、シンガポールは戦場だった場所だし、静粛として何人もの人を殺して埋めているのだもの、何処にでも出そうだ!

ゴンドラの駅近くで木に停まってミミズを食べている黒い鳥を見かけた。逆光だったので、上手く撮れなかったけれど、尾が長くて先にヒラヒラとしている鳥。初めて見た。


この鳥は食べるだけ食べて、ピッと糞をして飛んでいった。(笑