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無料ダウンロード母性のディストピア I 接触篇 (ハヤカワ文庫JA) pdf

2020.11.17 16:44

母性のディストピア I 接触篇 (ハヤカワ文庫JA)

, 宇野 常寛


によって 宇野 常寛

3.7 5つ星のうち 5 人の読者

ファイルサイズ : 22.58 MB

内容紹介 映像の20世紀の臨界点 宮崎駿は世界を創り 富野由悠季は歴史を壊す 戦後日本とアニメーションの見た夢の跡 私たちはそこから何をもちかえるべきか 敗戦の記憶は、日本人の想像力を母子相姦的な構造の中に閉じ込めた。映像の20世紀の臨界点、戦後アニメーションの3人の巨人は、この「母性のディストピア」にどう対峙したのか? 宮崎駿は「母」の胎内で飛ぶことを夢見る少年たちを描いた。富野由悠季はモビルスーツという仮初めの身体と架空年代記を繰り返し破壊しつつ、「ニュータイプ」という想像力を追い求めた――『ゼロ年代の想像力』に続く傑作評論、待望の文庫化 内容(「BOOK」データベースより) 敗戦の記憶は、日本人の想像力を母子相姦的な構造の中に閉じ込めた。映像の20世紀の臨界点、戦後アニメーションの3人の巨人は、この「母性のディストピア」にどう対峙したのか?宮崎駿は「母」の胎内で飛ぶことを夢見る少年たちを描いた。富野由悠季はモビルスーツという仮初めの身体と架空年代記を繰り返し破壊しつつ、「ニュータイプ」という想像力を追い求めた―『ゼロ年代の想像力』に続く傑作評論、待望の文庫化。 著者について 評論家。1978年生。批評誌〈PLANETS〉編集長。著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『日本文化の論点』(筑摩書房)、『母性のディストピア』(集英社)、『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』(朝日新聞出版)。石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、『静かなる革命へのブループリント この国の未来をつくる7つの対話』(河出書房新社)など多數。企画・編集参加に「思想地図 vol.4」(NHK出版)、「朝日ジャーナル 日本破壊計画」(朝日新聞出版)など。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師、立教大学社会学部兼任講師も務める。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 宇野/常寛 評論家。1978年生。批評誌「PLANETS」編集長。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師、立教大学社会学部兼任講師も務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る

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以下は、母性のディストピア I 接触篇 (ハヤカワ文庫JA)に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。

「いまこの国の現実のどこに、本当に語る価値のあるものが存在するというのだろうか。」この問いに素直に相対できれば、例えアニメーションに興味が無くても深く読み進められるだろう。逆に虚勢も含めて、”虚構に逃げ込むくらいなら現実を見ろ”と色眼鏡を掛けて(≒想像力に蓋をして)しまうと、その後はどれだけ読んでも味気ないものになってしまう。その意味で人を選ぶことは間違いないし、一度挫折したとしてもそのまま諦めるのは非常に勿体無い本だと思う。本書はアニメーション(=虚構)を通じて現代の問題(=現実)を浮き彫りにすることを試みる。もちろん、宮﨑駿、富野由悠季、押井守、戦後アニメーション界を牽引した3大巨匠の作家論としても完成度の高いものであろうことは間違いない。少なくともガンダムを全く見たことのない自分が初代から見てみよう思えるくらいには魅力的な洞察であり、各人の作風の変遷・社会的意義等が宇野氏の鋭い批評とともに丁寧な筆致でまとめられている。一方で本書の主題はあくまでも現実の課題を浮き彫りにすることにある。ではなぜこの3名の作品を論じる必要があるのか?それは彼らが、現実から完全に独立した虚構は存在しえないことを喝破しながら表現を模索してきた背景があるからとされている。上下巻構成の前編である本書では、冒頭の問いをきっかけに戦後社会におけるアニメーションの役割に続き、宮﨑駿、富野由悠季が取り上げられる。詳細は本書に譲るとして、宮崎駿は”日常空間の近所にファンタジーな異界を共存させる想像力を発揮しつつ、徐々に美しい嘘の世界に閉じていった”作家として、富野由悠季は”数十年後の現実を予見した物語を生み出しながら、希望の未来よりも絶望を描かざるを得なかった”作家としてそれぞれ論じられている。(宇野氏の”冨野推し”は本書のほぼ半分を占める文量にも現れており、冨野氏が残した「ニュータイプ」の概念が現代の問題を解決する希望になり得ることが示唆される。)両名が卓越した想像力を発揮した虚構を生み出しながらも現実の重力に引きずられていく過程を描く宇野氏の批評は圧巻のひと言だが、読み進めるうちにこの巨匠たちの挫折をもたらしたものの正体が見えてくる。”母性のディストピア”この語は非常に多くの複雑な状況を、具体的かつシンプルに表現していると思う。本書の言葉を借りれば。肥大した母性と矮小な父との結託であり、語る価値のある現実を失った戦後日本文化空間そのものである。ただ、本書はまだ「接触編」。朧げながら輪郭を現したこの空間は次巻「発動編」でより鮮明になるに違いない。