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名画 絶世の美女 130人 (中経の文庫)無料ダウンロードkindle

2020.11.03 19:50

名画 絶世の美女 130人 (中経の文庫)

によって 平松 洋


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ペーパーバック : 159ページ ページ
作者 : 平松 洋
出版社 : 中経出版 (2013/11/27)
コレクション : 本
ISBN-10 : 404600083X
フォーマット : 文庫
発行日 : 2013/11/27
平均的な顧客フィードバック : 4.3 5つ星のうち(1人の読者)
ファイル名 : 名画-絶世の美女-130人-中経の文庫.pdf (サーバー速度21.87 Mbps)
ファイルサイズ : 25.1 MB

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著者は1962年生まれ。キュレーターとして展覧会の企画・運営をおこないながら美術関連書籍の執筆活動をしている人物です。これまで著者には、『名画で見る シェイクスピアの世界』(KADOKAWA/中経出版 2014)や『「天使」の名画』(青幻舎/2015年)といった書で、耽美的な泰西名画の数々の鑑賞法を指南してもらいました。この『名画 絶世の美女 130人』は文庫サイズで150頁余というこぶりの画集です。大きさもさることながら、中には1頁の半分にも満たない大きさで掲載されている作品もあり、その詳細は別途PCを使ってサイバー空間の中に探して確認する必要がありました。ベルギー象徴派の画家アントワーヌ・ヴィールツによる『麗しのロジーヌ』に描かれている骸骨に紙が貼ってあるといわれても、私にはそれがどこにあるのかわかりませんでした。(頭蓋骨に紙が確かに貼ってあることに気づいたのはPCの大画面に映る、あるサイトの掲載写真によってです。)また各作品の解説に費やされる紙数も各1頁と限りがあるため、食い足りなさが残ります。カラバッジョの用いた画法が「強烈な光と影のコントラストによるキアロスクーロと呼ばれる効果」を持つと言われても、「キアロスクーロ」という耳なじみのない言葉に戸惑いを覚えます。ほかにも「ビーダーマイヤー時代」(ヨーゼフ・カール・シュティーラー『シャルロッテ・フォン・ハーグン』はこの時代に属したドイツ人女優がモデルとあります)など、美術史に詳しい読者には言わずもがなである用語の説明がありません。と書くと、不平不満ばかりが残る読書だったように聞こえてしまうかもしれませんが、そんなことはありません。日本が世界に誇る印刷技術で刷られていますから、各作品の色合いはまずまずです。そして「絶世の美女」の表題を裏切ることのない、作品ばかりであることも間違いありません。新たに知った描き手とその作品もいくつかありました。ロココ時代のジョージ・ロムニー『キルケーに扮したハミルトン夫人』、そして後期ラファエル前派のフランク・ディクシー作『ミランダ』が特に目をひきました。息を呑む美しさとは、かくなる絵を指すのだなと強く頷かされます。そしてなんといってもヨーゼフ・カール・シュティーラーがバイエルン王ルートヴィヒ1世の注文によって描いた37人の美女画集は圧巻です。ミュンヘンのニンフェンブルク宮殿にぜひとも足を運んでみたいという強い思いが生まれました。こうした一連の美女作品を鑑賞したのちに待ち受ける巻末において著者の平松氏は、この書がおそらく3つの批判を受ける可能性があるだろう、と自ら指摘します。その批判とは次の3つです。1)ポストコロニアル時代の今、白人女性を中心とした西洋絵画を提示することへの批判。2)ポストフェミニズム時代の今、男性画家が描いた女性像を提示することへの批判。3)ポストモダン時代の今、ルネサンス以降の近代を中心とした具象画を提示することへの批判。私はこの大型連休中、横浜美術館で開催されていた『ヌード展英国テート・コレクションより』を見に出かけていました。そこでも、白人男性が白人女性のヌードを描くことが西洋絵画の裸体画の歴史であったことを批判的に捉えなおして、女性やアフリカ系の画家たちが20世紀以降に描いた新たなヌード像が展示されていました。そんな鑑賞体験があったにもかかわらず、著者・平松氏が自問する文章に出会うまで私は「絶世の美女」画を無邪気に楽しんできたのです。著者自身が問題提起するこれら3つの観点は、私に冷や水を浴びせかけ、自らの不明を恥じる思いを生むに至ったのです。平松氏の問題提起を受けて、掲載された作品群をあらためて冷静に振り返ると、近世の美女の多くが、王侯貴族の愛妾であったり、娼婦がモデルであったりと、男たちの恣意によって都合よく「美女」に位置付けられた者が大半であることに気づきます。アングルが描く『シャルル七世の戴冠式のジャンヌ・ダルク』ですら、男たちが始めた百年戦争において、天神と王国とをつなぐパイプ役として折よく用いられた女性であったことが思い返されます。批判的視点に立って眺めかえすと、ロマン主義の画家ドラクロワが描いた『墓場の孤児』が目をひきました。この作品は、舞台設定(死の象徴である糸杉を背景にした荒涼たる墓地)といい、モデルの素性(墓地で出会い7フランで雇った乞食女)といい、古典主義アカデミズムの立場からいえば美人画には到底、分類できない作品です。しかし、厳しい人生を味わい続けてきたであろう貧しい女性の凛とした眼差しの中に、「美しさ」があることに気づかされます。「この引用の集積としての本書から、絵画における「美女」とは何か、美女を描いた「絵画」とは何か、そして美人画における「美」とは何かを、そのセレクトの基準を含めて批判的に語ることが始まるはずなのである」(155頁)。この著者の言葉に勇気づけられる思いがする読書でした。.