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文明論之概略 (1962年) (岩波文庫)
によって 福沢 諭吉
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ペーパーバック : 302ページ ページ
作者 : 福沢 諭吉
出版社 : 岩波書店; 改訂版 (1962)
コレクション : 本
ISBN-10 :
フォーマット : 文庫
発行日 : 1962
平均的な顧客フィードバック : 3.7 5つ星のうち(1人の読者)
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手元にある「文明論之概略」は昭和三十六年の発行で、昭和六年の版のものなので、きっと今流通している体裁とは異なっていると思う。活字は旧字体を多く使用しているし、読点、句点も余り付されていない。いまの文章法とは異なる部分が多いのだが、実はそこが意外に好きで、特に福沢諭吉の文章は、文体のリズムがとうとうと流れるように豊かで、更に論旨も非常に明快なのが読んでいて心地好い。物事を譬えや比較で論じることが多く、そこに不意なユーモアが読み取れたりもする。本書は一貫してシリアスなテーマを扱っているが、決して堅苦しさが立論を妨げることがない。構成は、全六巻の中に十の章を設け、それぞれ「議論の本位を定る事」「西洋の文明を目的とする事」「文明の本旨を論ず」「一国人民の智徳を論ず」「前論の続」「智徳の弁」「智徳の行はるべき時代と場所とを論ず」「西洋文明の由来」「日本文明の由来」「自国の独立を論ず」と題されている。全体の著述の特徴として、著者は絶対的な権威、固定された社会状態、永遠に永続する価値、どんな時代・どんな場にも通用する解決策といった存在の有効性を認めない。自分の存在、周りの地域社会、日本という国家、諸外国、すべての状態は過渡的なものであり、変化しつづけるものであり、すべての存在は互いに力を及ぼし合いながら発展していく、そんなヴィジョンがまずすべての議論の前提にある。その前提を踏まえながら現状を省みた著者は、日本が西洋列強の後塵を拝している現実を認識し、西洋が優れている理由、日本が立ち遅れている理由を見渡す。そこに野蛮ー未開ー文明という図式を導入し、西洋が文明に達しヘゲモニーを握っている現状を受け入れる。福沢諭吉といえば「脱亜入欧」論者、なんて要約されるが、実際には現実に即して物事を考えていただけである事がわかる。西欧の文明が至高の存在ではない事は言及しているし、西欧崇拝論者を論難している個所は少なからずある。同様に、他の彼の著書と同じように中国への厳しい批判のことばが一再ならず見受けられるが、それは長年中国の範に倣いつづけた自分たちの気風を強く相対化する必要があったからではないかと思う。著者の端正な論述の才は明らかに儒学を修めて一身を修めた結果として形成されたもので、本人自身がその事を強く認めている。しかしながらその教育は西欧諸国と渡り合うにあたって余り役に立たないものだ、という事も同じ文中で述べている。常に物事の効き目と限界を併せて把握しようとする姿勢がどのページにも貫かれている。そうした、ここで論じられている事柄は結果として、最後の章で考える事柄、「自国の独立を論ず」に全て集約される。文明を論じるのも、智力と徳義を論じるのも、西欧の事も、中国の事も、インドの事も、日本の事も、全ては日本の独立を保つためだという事が著者によって明らかにされる。こう書けばすぐにナショナリズム、と返されるかもしれないが、どう考えても著者の考えている事柄は偏狭なナショナリズムとかかわりがないし、国学者が関わったそんなナショナリズムの立論を批判する部分がこの章の最初に来ている。最終的に、常に日本の独立を保ち、国際関係でより優位を保つという目的を念頭において、智力を存分に用いて各分野の活動を盛んにするべきだ、という提言に終わる。福沢諭吉がこの著書を書き残した時代は大きな変革が起き、その変化にあるいは刺激ー反応的に対処したり、あるいは混乱してなすところを見失ったり、あるいは自己の利益を専らにして西欧人に日本の富を安価に譲り渡したり、多くの人々が混乱の度を深めた時期にあたる。読んでいけば、著者が読むものを説得しようとする精神の動きが、内容に雄弁さを付与している。ここに示されている精神性は、今改めてこれを読むものの胸を打つ事も十分可能だと思う。執筆当時の時代的限界はあるにしろ、本書で展開されている議論の射程の長さ、視野の広さ、立論の明晰さ、含まれる豊かな知識などに匹敵する著作が今どのくらい存在するかといえば、そう多くはないだろう。2000年代初頭からの政治や経済や社会の出来事と、その結果もたらされた現状によって目の開いた日本人にとって、読む意義の大きい1冊ではないか。