脱法行為とは異なる「除法行為」?
1 脱法行為って何?
例えば、利息制限法の制限を超過した高利を得ようとして、利息以外の名目を用いたり、恩給法の禁止する恩給の譲渡や担保設定を脱がれるために、恩給取立てを委任してその恩給を借金の返済に充て、完済するまでその委任契約を解除しない旨を約束したりする行為を脱法行為(だっぽうこうい)という。
脱法行為の定義については、労働法がご専門の津曲蔵之丞(つまがり くらのじょう)教授は、脱法行為を次のように定義なさっており(『民事法学辞典』有斐閣)、他の法律学辞典も同様の定義をしていることから、これが通説だと思われる。
脱法行為とは、「広義においては法令の禁止規定を潜脱する行為をいい、狭義においては強行法規の禁止を潜脱する行為をいう。潜脱するとは、法が禁止している事項を形式的には直接に違反しない手段を用いて回避し、しかも実質的にはその禁止している事項を実現する行為である。」(ゴシック体:久保)
強行法規を免れる脱法行為は、法律に明文の規定がない場合でも、無効であると解されている。
ここに強行法規(強行規定ともいう。)とは、法令の規定のうち、当事者の意思如何にかかわらず適用されるものをいう。
つまり、強行法規の禁止を潜脱する行為を脱法行為というのであり、法令の規定のうち、当事者の意思によってその適用を排除し得る任意法規(任意規定ともいう。)は、その性質上、脱法行為の潜脱対象にはなり得ないのだ。
通常、法令のうち、公の秩序に関するものが強行法規であり、私的自治を許すものが任意法規であるが、ある法規がそのいずれであるかは、その法規の趣旨等から個別具体的に判断するしかない。一般的には、公法(行政法、刑法など。)の規定の多くは、強行法規であり、私法(民法、商法など。)の規定の多くは、任意法規である。
2 除法行為
脱法行為と似て非なる行為がある。すなわち、脱法行為は、禁止している法の網から脱(のが)れる行為であるのに対して、禁止している法の網自体を取り払って、法の禁止から逃(のが)す行為がある。
恥ずかしながら、これを表現する専門用語を知らないので、ここでは取り敢えず除法行為(じょほうこうい)と呼ぶことにする。禁止している法の適用を取り除くからだ。私の造語なので、誤解のないようにお願いするとともに、専門用語をご存知の方はご教示いただきたい。
3 社会教育法の除法行為
例えば、平成 27 年 12 月 24 日、三重県名張市は、子育てや高齢者支援など地域課題を有料のビジネス手法で解決する「コミュニ ティービジネス」を公民館でできるようにするため、公民館条例を廃止し、社会教育法の縛りのない市民センターにリニューアルする「名張市市民センター条例」を制定した。
社会教育法第23 条及び同市公民館条例では公民館での営利活動が禁止されているので、社会教育法及び同市公民館条例の適用があるのに、適当な名目を付けて営利事業を実施したら、脱法行為になるが、社会教育法及び同市公民館条例の適用自体を排除してしまえば、生涯学習やサークル活動の中で営利活動ができ、家事や送迎等の有料コミュニティービジネスが可能になるからだ。
これが除法行為の典型例だ。
cf.1社会教育法(昭和二十四年法律第二百七号)
(公民館の運営方針)
第二十三条 公民館は、次の行為を行つてはならない。
一 もつぱら営利を目的として事業を行い、特定の営利事務に公民館の名称を利用させその他営利事業を援助すること。
二 特定の政党の利害に関する事業を行い、又は公私の選挙に関し、特定の候補者を支持すること。
2 市町村の設置する公民館は、特定の宗教を支持し、又は特定の教派、宗派若しくは教団を支援してはならない。
4 図書館法の除法行為
地方公共団体の公の施設を使用する際には、これを利用しない住民との公平を図るために、利用者から使用料を徴収することが認められている(地方自治法第225条)。
ところが、地方公共団体の公の施設のうち、地方公共団体が設置した公立図書館だけは、「入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない」とされている(図書館法第17条)。公立図書館は、教育基本法で規定された社会教育施設であって、教育の機会均等を定めている教育基本法第3条に基づき、すべての国民が貧困等により利用に制約を受けたりしないように、公立図書館は無料とされているのだ。
平たく言えば、本を買えない貧しい人も本を読んで学べるようにするために、公立図書館は無料になっているわけだ。
換言すれば、公の施設は、建設費等のイニシャルコスト(初期費用)も莫大だが、建設費の3〜5倍かかると言われる施設維持にかかる経費(ランニングコスト)や事業実施にかかる経費も莫大だ。それにもかかわらず、公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収することができないので、当初から赤字になることが予定された施設なのだ。
最近、公立図書館を指定管理者に委ねる自治体が増えつつあるが、元々赤字になる図書館を指定管理者に管理させても、焼け石に水であって、決して黒字にすることはできない。
近時、各自治体は、財政難を理由に、図書の購入費を削減している。また、モラルの低下に伴って、借りた本を返却しない利用者が増えているが、延滞料を徴収することは、図書館法第17条で禁止されている。
そこで、図書館法の縛りを取り払ってしまえばよいと思う。除法行為を行えばよいのだ。すなわち、地方公共団体が、図書館法を受けて制定された図書館条例を廃止し、既存の公立図書館をそのまま現物出資して(議会の議決が必要。地方自治法第96条第1項第6号の「条例で定める場合を除くほか、財産を…出資の目的とし」。)、株式会社立の図書館を設立すれば、当該図書館は、図書館法の適用がある公立図書館でもなければ私立図書館でもないので、入館料や延滞料を徴収することもできるし、館内で様々なビジネス(例えば、出版社とコラボした書籍の展示販売、作家のサイン会、漫画やアニメの原画の展示即売会などのイベント、自習室ビジネス、レンタルオフィスビジネス、カルチャーセンター、学習塾等。)を展開することも可能になる。
これに対しては、弱者切り捨てだというご批判があろうが、それは別途、福祉の観点から手当てをすれば解決する。
また、公立図書館を廃止することは法的に許されないのではないかという疑問が生じるかも知れないが、公立図書館の設置は、義務ではない。実際に、公立図書館がない自治体はある。例えば、大阪府守口市(もりぐちし)は、大阪府内の33市で唯一公立図書館がなかった(令和2年6月1日に守口市立図書館を開設した。)。
なお、地方公共団体が株式会社を設立できるのかという疑問が生じるかも知れないが、地方公共団体が民間企業と共同出資して設立した株式会社(いわゆる第三セクター)は、たくさんある。バブル経済の崩壊や長期の景気低迷により、当初の事業計画が狂ってしまって、負債を抱えたため、多くの第三セクターが整理されたが。
地方自治法第238条第1項は、普通地方公共団体の所有に属する財産(公有財産)として、「株式」(同条項第6号)及び「出資による権利」(同条項第7号)を挙げているから、普通地方公共団体が出資して株式会社を設立することは、法的に可能なのだ。
ただし、株式会社の設立とその事業は、普通地方公共団体の行政活動である以上、あくまで「住民の福祉の増進」に資するもので、かつ、「地域における行政」でなければならないという限界があると解する(地方自治法第1条の2第1項)。つまり、全国展開は、できないわけだ。
行政活動は、法律(条例を含む。)に従って行われなければならないが(法律による行政の原理)、禁止している法律の適用自体を取り除く除法行為という行政手法にもっと注目してもいいのではなかろうか。
cf.2図書館法(昭和二十五年法律第百十八号)
(定義)
第二条 この法律において「図書館」とは、図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーシヨン等に資することを目的とする施設で、地方公共団体、日本赤十字社又は一般社団法人若しくは一般財団法人が設置するもの(学校に附属する図書館又は図書室を除く。)をいう。
2 前項の図書館のうち、地方公共団体の設置する図書館を公立図書館といい、日本赤十字社又は一般社団法人若しくは一般財団法人の設置する図書館を私立図書館という。
(入館料等)
第十七条 公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない。
cf.3地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)
第一条の二 地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。
② 国は、前項の規定の趣旨を達成するため、国においては国際社会における国家としての存立にかかわる事務、全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動若しくは地方自治に関する基本的な準則に関する事務又は全国的な規模で若しくは全国的な視点に立つて行わなければならない施策及び事業の実施その他の国が本来果たすべき役割を重点的に担い、住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たつて、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない。
第九十六条 普通地方公共団体の議会は、次に掲げる事件を議決しなければならない。
一 条例を設け又は改廃すること。
二 予算を定めること。
三 決算を認定すること。
四 法律又はこれに基づく政令に規定するものを除くほか、地方税の賦課徴収又は分担金、使用料、加入金若しくは手数料の徴収に関すること。
五 その種類及び金額について政令で定める基準に従い条例で定める契約を締結すること。
六 条例で定める場合を除くほか、財産を交換し、出資の目的とし、若しくは支払手段として使用し、又は適正な対価なくしてこれを譲渡し、若しくは貸し付けること。
七 不動産を信託すること。
八 前二号に定めるものを除くほか、その種類及び金額について政令で定める基準に従い条例で定める財産の取得又は処分をすること。
九 負担付きの寄附又は贈与を受けること。
十 法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか、権利を放棄すること。
十一 条例で定める重要な公の施設につき条例で定める長期かつ独占的な利用をさせること。
十二 普通地方公共団体がその当事者である審査請求その他の不服申立て、訴えの提起(普通地方公共団体の行政庁の処分又は裁決(行政事件訴訟法第三条第二項に規定する処分又は同条第三項に規定する裁決をいう。以下この号、第百五条の二、第百九十二条及び第百九十九条の三第三項において同じ。)に係る同法第十一条第一項(同法第三十八条第一項(同法第四十三条第二項において準用する場合を含む。)又は同法第四十三条第一項において準用する場合を含む。)の規定による普通地方公共団体を被告とする訴訟(以下この号、第百五条の二、第百九十二条及び第百九十九条の三第三項において「普通地方公共団体を被告とする訴訟」という。)に係るものを除く。)、和解(普通地方公共団体の行政庁の処分又は裁決に係る普通地方公共団体を被告とする訴訟に係るものを除く。)、あつせん、調停及び仲裁に関すること。
十三 法律上その義務に属する損害賠償の額を定めること。
十四 普通地方公共団体の区域内の公共的団体等の活動の総合調整に関すること。
十五 その他法律又はこれに基づく政令(これらに基づく条例を含む。)により議会の権限に属する事項
② 前項に定めるものを除くほか、普通地方公共団体は、条例で普通地方公共団体に関する事件(法定受託事務に係るものにあつては、国の安全に関することその他の事由により議会の議決すべきものとすることが適当でないものとして政令で定めるものを除く。)につき議会の議決すべきものを定めることができる。
(使用料)
第二百二十五条 普通地方公共団体は、第二百三十八条の四第七項の規定による許可を受けてする行政財産の使用又は公の施設の利用につき使用料を徴収することができる。
(公有財産の範囲及び分類)
第二百三十八条 この法律において「公有財産」とは、普通地方公共団体の所有に属する財産のうち次に掲げるもの(基金に属するものを除く。)をいう。
一 不動産
二 船舶、浮標、浮桟橋及び浮ドック並びに航空機
三 前二号に掲げる不動産及び動産の従物
四 地上権、地役権、鉱業権その他これらに準ずる権利
五 特許権、著作権、商標権、実用新案権その他これらに準ずる権利
六 株式、社債(特別の法律により設立された法人の発行する債券に表示されるべき権利を含み、短期社債等を除く。)、地方債及び国債その他これらに準ずる権利
七 出資による権利
八 財産の信託の受益権
(以下、省略:久保)