スピリチュアルと占いの違い
スピリチュアルと占いは混同されがちですが、全くの別物。
大きく分類すれば同ジャンルに位置づけされます。が、まず第一に思想が異なります。
占いでは「赤いアイテムを着ければ運気UP」だとか、「金色の財布を使えばお金が貯まる」等の、たいした努力も苦労もせず、インスタントなやり口で幸福を搾取しようとします。
更には不幸から回避する策も目論んでいます。
けれどスピリチュアルは違います。
スピリチュアルは【試練は幸福。苦難に自ら飛び込む。そうした艱難辛苦の中でこそ成長し本当の幸福を掴み取れる】と説きます。
占いは近道の安全経路で幸せや願いを求めますが、それは絶対に叶いません。人生はままならない厳酷苛烈なもの。そうじゃなかったら、霊が肉を被って現世に誕生した意味がありません。
「困難・障害・難題・悪条件の中で霊性に磨きがかかる」のです。
安楽で幸福続きの人生では一つもレベルアップしませんし、そもそも人間である以上、幸福の割合が多い人生などあり得ません。
幸福1の不幸9。それぐらいに思って人生挑んだほうが良いでしょう。
話を戻しますが、仮に占いの効果で幸福を獲得しても、その後は不幸や試練、悪戦苦闘な日々がやってきます。
人生は皆平等であり、幸も不幸も同じ量だけ用意され、全て余りなく配当されるのです。
そこに違いがあるとすれば、配当されるタイミング。
先に多量の幸福が配られれば、その先当分は不幸が与えられます。
いかに卓越された占いを使って不幸を回避し幸福を楽に入手しても、必ずその後で難題や苦しみが絶対に迫ってきます。それから逃げることは出来ません。
私は占いを否定している訳ではありません。人生の参考程度に、ヒント程度に、サプリメントとして少量摂取するぐらいが丁度良いのです。
占いを盲信して視野が狭くなってはいけません。占いでは幸せにはなれないのです。
占い通りに動いて幸せになれるのなら、とっくに全人類幸福になっていることでしょう。
しかし現実は違います。犯罪やイジメが毎日各地で頻発している時点で、幸せにはなっていません。なぜなら幸せな人は、法律違反も意地悪もしないのですから。
人生の真理や真の幸福獲得は、スピリチュアルの教えでしか得ることはできないと断言します。