とびだせ!ともちゃん
11月の終わり、ともちゃんは仕事を終えてから、タバスキーたちとしばっこくんを連れて高速道路に乗りました。
行き先は埼玉県と群馬県。行田の古墳群を見てから、前橋市のイベントに遊びに行きます。
「イベントって、なあに?」
オレンジのタバスキーが、ともちゃんに聞きました。
「行ってからのお楽しみ!」
大好きなK-POPをガンガン流しながら、ともちゃんは半ば上の空で返事をしました。
「ほんとに久しぶりの旅行だね~」
しばっこくんが、きれいな夜景を眺めながらつぶやきました。コロナウィルスが蔓延して以来、ともちゃんたちは千葉県から出るのがはじめてです。
「ともちゃん、安全運転に気を付けてよ。運転するのはあんたなんだから!」
ともちゃんたちが乗っているヴィッツが言いました。
「分かってるっ!」
行田より少し手前で高速を降りて、ともちゃんはレストランへ向かいました。
「タバスキーたちとしばっこくん、先に古墳群まで飛んでいって、星でも眺めてる?」
「わあ、それいいね。しばっこくん、乗せていって!」
青いタバスキーがわくわくして言いました。
「うん!」
しばっこくんは大きくうなずきました。
「じゃ、これ持ってって。お腹すいてるでしょ」
ともちゃんはスーツケースの中からお菓子をいくつか取り出して、タバスキーたちに渡してあげました。
「ありがとう!ともちゃんも楽しんでね。誰に会うの?」
緑のタバスキーが聞きました。
「大学の同級生!」
ともちゃんは待ちきれないかのように、財布と携帯だけを持ってレストランの入り口に駆けていきました。
タバスキーたちとしばっこくんは、古墳群の中で一番高い古墳の頂上に降り立ちました。
「お星さま、曇っててあんまり見えないね~」
「そうだね~」
青いタバスキーと緑のタバスキーが言いました。
「マスク、取ってもいいかなあ?」
オレンジのタバスキーが腰かけながら言いました。
「いいと思うよ。ていうか、僕たちマスクする意味あるのかなあ」
緑のタバスキーがつぶやきました。
「僕たちやしばっこくんは、ウィルスが体に入りこんでも病気が発症することはない。でも、飛沫や接触で、周りにいる人間たちに感染させてしまう可能性があるんだ。だから、口をおおうことやこまめに手を洗うことは大切だと思うよ。僕たちのせいで、ともちゃんがコロナに感染しちゃったらいやでしょ」
青いタバスキーはそう言いつつも、マスクをはずしました。
「それはいや…」
オレンジのタバスキーが、ちょっと顔をそむけました。
「飛沫、接触、マスク…春以来、本当に、コロナに関する言葉ばかりが飛び交っているッコ。お祭りもお出かけも、全然できなかった…」
しばっこくんが、そう言ってうつむきました。
「ゴールデンウィークなんて、とってもつまらなくて、私はさみしくて心が苦しかったよ」
「僕はほとんど観光PRに行けないし、生活がガラっと変わっちゃったッコ。地元の人たちとの時間をゆっくり大切にはできたけど、はにわ祭りもなくなっちゃって…」
「去年も台風で中止になっちゃったんだよね。しばっこくんのお誕生会もできていない」
青いタバスキーが、しばっこくんを見上げました。
「そうなんだッコ。ともちゃんが僕のはにわを作ってお手紙も書いてくれて、すっごくうれしかったけど…でも、みんなで楽しくお誕生会したいッコ…」
しばっこくんの目から、涙がこぼれ落ちました。
「しばっこくん…」
青いタバスキーも、目がうるうるしてきました。
「できることはやって、できるだけ楽しんで過ごしてきたし、簡単にわがままは言えないんだけど、僕…ほんとはとってもさびしかったッコ。いつも頑張ってるともちゃんを悲しませたくなくて、無理してたのかもしれない、僕…」
そこまで言うと、しばっこくんはうずくまってしくしく泣き出しました。
「僕たちも、丹波山村に全然行けなくて…」
「私も村のみんなに会いたい…」
「僕だって…」
タバスキーたちも、今までこらえていた気持ちが一度に出てきて、涙があふれてきました。
タバスキーたちとしばっこくんは、いつまでも泣いていました。
次の日、ともちゃんも一緒に古墳群にやって来ました。最初に、ともちゃんが事前に調べていた中で一番気になっていた「はにわの館」へ向かいました。はにわ作りやグッズの販売をしていて、小屋のような建物の入り口には、小さなはにわがたくさん並んでいます。
「かわい~い!」
ともちゃんは、思わずにっこりしました。
中に入ると、部屋中に所狭しとはにわが並べられていました。中には小物入れのようなものや、土偶のようなものまであります。
「うわあ~、すごい!!」
タバスキーたちは、思い思いのところに駆けていって、はにわを眺めました。
「こんにちは。かわいいお客さんがいっぱいですね」
スタッフの女の人が、ともちゃんに話しかけました。
「こんにちは。ありがとうございます」
「ところで、隣のお連れさん、はにわによく似ているわねえ」
「この子は、しばっこくんです。千葉県の芝山町の人気者で、私たちはその町から来たんです」
「よろしくお願いします」
しばっこくんはそう言うと、頭をぺこりと下げました。
「芝山町…?」
女の人は、ちょっと首をかしげました。
「成田空港のすぐ南にある町です。このご時世に遠くからすいません」
ともちゃんはそう言って、マスクの上から口をちょっとおさえました。
「芝山町もはにわの町なんですけど…ご存じないですかね?」
「うーん…ちょっとあまり分からないわ、すみません」
「そうですかあ」
「ここに置いてあるはにわ、全部スタッフの人たちで作ったんですか?」
青いタバスキーが女の人の方に来て言いました。
「ううん。お部屋の周りに置いてあるのは、ここに来てはにわ作りをしていった人たちのものなの。あそこらへんのものはこれから焼くもので、手前の方にあるのは発送待ち」
お部屋の周りの棚いっぱいにはにわが並べられていて、部屋に置かれているテーブルには発送用の箱が置かれています。
「はにわ作り、よかったらしていきます?」
女の人がともちゃんに聞きました。
「うーん、ちょっと一日ぶらぶらして考えてみます」
「2時間かかるので、作る場合は2時半までに来てくださいね。ゆっくりしていってね」
「はーい!」
たくさん立ち並ぶ案内図、勾玉模様の道路敷き…
本格的にできあがっている「はにわの町」を歩きながら、ともちゃんはただ圧倒されるばかりでした。自分の町にある殿塚・姫塚古墳とは比べ物にならないくらいの古墳の大きさには、嫉妬さえ感じるほどでした。
大きな市というのは、これだけのものを整備し、たくさんの観光客を集める力がある。
私たちの町は、はにわの町ですと、胸を張って言っていいのだろうか…ともちゃんは、そんなことさえ考えていました。
ともちゃんは、一番大きな古墳のそばのお店でお昼ごはんを食べました。
「ここのお魚はどこから持ってこられているんですか?」
お会計の時、ともちゃんはお店のおばさんに聞いてみました。行田は埼玉の西の方、つまり、海からはとても遠いところなので、産地がちょっと気になったのです。
「色々なところから取り寄せています」
「そうなんですね。私は九十九里の近くから来たんですけど、もしかして千葉県産のものなのかなあと思って…このご時世に遠くからすみません」
九十九里の近くから来たと自己紹介したのは、はじめてでした。芝山から九十九里までは一時間くらいかかるけれど、埼玉にまで来ればどちらも近所です。
「まあ、遠くからようこそ。何ていう町ですか?」
「芝山町っていう、成田空港のすぐ南のところです。うちの方にも古墳があるんですけれど、ちょっとこっちの方に来る用事があったので、古墳群を見ていこうと思って」
「そうだったのね~。釜めし、どうでしたか?」
「おいしかったです!アワビステーキも最高でした」
「あら、よかったわ」
ともちゃんは、昔から大好きな釜めしを選び、さらに、高価なアワビステーキにも挑戦したのです。
「これ、よかったら持っていって」
「え、いいんですか!?」
おばさんは、みかんをいくつか手渡してくれました。
「みかんってさ、のど乾いたときにいい水分補給になるのよ~」
「たしかにそうですよねえ。ありがとうございます!」
「楽しんでいってね」
「はーい!」
「あれ、タバスキー、しばっこくん?」
お店の前で待ち合わせをしていたはずのタバスキーたちとしばっこくんがいません。ともちゃんは、辺りをきょろきょろしました。
「おーい!ともちゃーん!!」
ずっと上の方からしばっこくんの声がして、ともちゃんは見上げました。しばっこくんが、タバスキーたちを乗せて空を飛んでいます。
「ともちゃーん!すごいよー!大きな古墳が、みんな見渡せるよ~!」
オレンジのタバスキーも叫びました。
「うわ!いいなあ。私も…」
「むりむり、ともちゃん重いもん」
青いタバスキーが、ともちゃんの言葉を遮って言いました。さりげない一言だったけど、ともちゃんの気に障ってしまったようです。ともちゃんは道端の石を拾って投げる構えをしました。それと同時に、しばっこくんたちが急降下してきました。
「危ないよー、そんなことしたら」
オレンジのタバスキーが言いました。
「一番高い古墳に上れば、僕たちほどではなくても、ともちゃんも高いところから見渡せるッコ」
しばっこくんは、ともちゃんをなだめようとしてちょっと焦っています。
「別に、本気で投げようとはしてないから」
ともちゃんは、唇をとがらせました。
ともちゃんがお昼を食べたお店のそばにあるのは、二子山古墳。この古墳群で一番の132mの長さを誇ります。晩秋で枯れ草色をしているのが、その威厳を一層引き立てているかのようです。
古墳群の南東の端には埼玉神社があり、これは古墳に神社が祭られているものです。調査によって古墳だと正式に判明したのは少し前のことですが、それよりもずっと前から人々は古墳を神様として祀っていたのかもしれません。
そこから北に歩いていくとたどりつく将軍山古墳は、なんと古墳の内部を見ることができます。そしてさらに北には、ともちゃんも歴史の授業で名前を聞いたことがある稲荷山古墳があります。ここからは国宝に指定されている鉄剣が発掘され、はにわの館の近くにある県立博物館に展示されています。剣には文字が書いてあり、ともちゃんたちは訳を見ながらそれを読んで、古代の人たちに思いを馳せました。
「これを書いた人は、どんなことを思いながら文字を刻んだんだろう?」
青いタバスキーが言いました。
「どんな人だったんだろうね」
緑のタバスキーも言いました。
「字が書いてあることで、たしかに人の手が加えられたものだっていうことがよく感じられるよね」
ともちゃんもそう言って、しばらく剣に見入っていました。
稲荷山古墳の西にある丸墓山古墳は、その名のとおり円墳。およそ19mの高さは、この古墳群の中で一番の高さで、作るのに使った土の量は二子山古墳よりも多いとも言われています。
「なるほどね…しばっこくんたちが見ていたのは、だいたいこんな景色なのね」
丸墓山古墳の頂上で、ともちゃんは360度周りを見渡しました。至るところに立つ古墳の向こうには、無数の建物が並び、はるかかなたには忍城というお城も見えます。
「“だいたい”ね、うふふ」
オレンジのタバスキーが口を押さえました。
「あら、おかえりなさい~」
古墳群を一周見たあと、ともちゃんたちはもう一度はにわの館にやってきました。
「ただいま。お土産買いにきました」
はにわ作りはせず、近くの行田市郷土資料館に行くことにしたのです。
ともちゃんたちは、はにわのグッズが並べられているガラスの棚の中をじっくりと見ました。いろんな形のはにわ、はにわのペン立て、キーホルダーに、粘土で作った勾玉まであります。
「これ、かわいい~!」
ともちゃんは、丸っこくて小さいはにわのマグネットを手に取り、すぐに買うことに決めました。
「このうつわみたいなの、星がいっぱいついてて素敵ですね~」
オレンジのタバスキーが、まんまるで星形の穴がところどころにあいているうつわを指さしてスタッフの人に言いました。
「それ、キャンドルホルダーなんですよ」
「あ~、なんだかそれっぽい感じがするなあ」
青いタバスキーも、キャンドルホルダーをのぞきこみました。
「はにわだけじゃなくて、型にとらわれないで色々なものが作れるッコ!」
「実用的なものが色々作れるよね」
青いタバスキーが、しばっこくんに言いました。
「はにわは実用的じゃないの~?」
「うーん…?」
青いタバスキーが首をかしげました。
「実用的だよ。町おこしに大いに役立ってるじゃないか!」
ともちゃんが、青いタバスキーをぽんとたたきました。
「そうだそうだッコ!」
ともちゃんは、さっき手に取ったマグネットと、おうちではにわを作るためにテラコッタ粘土を買いました。
「うちの町よりずっと大きい古墳がいっぱいあって、すごい“はにわの町”としてできあがっていて…もう圧倒されるばかりの一日でした」
ともちゃんがスタッフの人に言いました。
「あら、そうですかあ。ずっとここにいるので、あまり何とも思わないわ」
「すごいです…やはり大きな市はすごい力があるなあと…いいなあ」
「あはは」
「色々参考になることがあると思うし、また来たいです。桜の木がいっぱいあるから、春先とかきれいだろうなあ」
「春、すごいわよ。秋は紅葉もとてもきれいなんだけど…ちょっと遅かったわね」
「そうですか~」
「お姉さんたち、今日来たの?」
「いえ。昨日来て、すぐそこのホテルに泊まってました。この後は群馬まで行きます」
「そうなのね。気をつけてね」
「はーい。色々教えてくださって、ありがとうございます!」
「こちらこそ~」
郷土資料館に行く途中、ともちゃんは古墳通りで道端に草鞋が掲げてあるのを見つけました。それが気になって、ともちゃんたちは目の前にある商店に入っていきました。
「こんにちは。お姉ちゃんたち、どこから来たの?」
お店に入ると、元気なおじいさんが話しかけてきました。
「千葉県の芝山町というところから来ました。このご時世に遠くからすいません」
ともちゃんは、ちょっと頭を下げました。
「千葉県!遠くから来たのね~」
おじいさんの隣でストーブに当たっていたおばあさんが言いました。
「成田空港のすぐ南の町です。空港反対闘争が一番すごかったところなんですけど…ご存じですか?」
「あ~、そうかそうか」
おじいさんがうなずきました。
「え、知ってます?芝山町」
「まあ、知らないけど」
ともちゃんは、がくっとしました。
「表に出ていた草鞋は、おじいさんがお作りになったんですか?」
「うん、そうだよ」
「このお姉さん、草鞋が似合いそうですよね」
青いタバスキーがそう言ってともちゃんをつつきました。
「ぼくも履いてみたいッコ」
「え〜、君は足がでかすぎるじゃないか」
おじいさんがしばっこくんを見て言いました。
「しばっこくんって、靴脱げるの?」
「えっと…」
緑のタバスキーに聞かれて、しばっこくんは目をきょろきょろさせました。
「お姉さん、どうして草鞋が気になったの?」
おばあさんが聞きました。
「昔、国語の教科書でわら靴が出てくるお話を読んだことがあって、それを思い出したんです。女の子がスキー靴の代わりに、おばあちゃんが大切にしまっていたわら靴を履くというお話で。わらって、あったかいみたいですね。でも、草鞋だとこれからの季節は寒いかな…」
「ちょっと履いてみる?買わなくてもいいからさ」
「いいんですか?履いてみます!失礼します」
ともちゃんたちは、お店のちょっと奥に案内されました。
おじいさんは床に草鞋を置き、ともちゃんは足を乗せてみました。
「かかとのところからのびている紐は、足の上の方に結びつけるんですか?」
「そうだよ」
「どうやって結ぶんですか?」
「好きに結べばいいんだよ~」
「そうですか、好きに結べばいいんですかあ」
ともちゃんは笑いながら言いました。
「じゃあ、一足買っていきます。もう一回り小さいのありますか?私、足が小さいので」
「これはどうだろう?」
「…ちょうどいいかも。これにします」
お会計をしに戻ると、息子さんらしき男の人が出てきてともちゃんに話しかけました。
「あ、お姉さん。さっき、そこの通り歩いてたでしょ」
「あ、歩いてました!目立ちますよね、やっぱり」
「うん、すっごい目立つ。かわいい子たち連れてるな~って」
「えへへ」
「お姉さんたち、何しに来たの?」
「旅行です。群馬の方のイベントに行く予定だったんですが、途中に古墳群があるのを知って。うちもはにわの町なので、気になって見ていくことにしたんです」
「へえ~。イベントってなあに?」
「えーっと…アーミッシュっていう、アメリカとかで何百年も前と同じ生活をしているクリスチャンの民族、知ってますか?」
「あー、知ってる!」
「ほんとですか!そのアーミッシュのワンピースの研究をしている人がいて、展示販売が前橋のれんが蔵で行われているんです」
「へえ、そうなんだ~」
「なんでアーミッシュを知っているんですか?」
「知り合いの英語の先生から聞いたことがあってさ。俺以外でアーミッシュ知ってる日本人は、はじめて見た」
「そうなんですね!まあ、なかなか知れてないですよね~」
「今日は行田に泊まるの?」
「いえ、今から群馬に行きます」
「え~、大変だ。気をつけてね」
「女の子が一人で、危ないところに言っちゃだめだよ」
おじいさんも言いました。
「大丈夫ですよ!変なところには行きません。この子たちもいますから」
息子さんが、ともちゃんたちをお店の入口まで見送りにきてくれました。
「お姉さん、学生?」
「いえ、社会人です。お休みとって来てます」
「そうなんだあ、学生さんかと思った」
「えへへ、ありがとうございます」
ともちゃんは、ちょっと若く見られたように感じてうれしく思いました。
「どうもありがとうね。またこっちに来た時はよっておいで」
「こちらこそ、色々話してくださってありがとうございました!また来ます~」
豊臣軍の水攻めにも負けなかったという忍城(おしじょう)。立派な天守閣のふもとには、丸・三角・四角の模様が並ぶ城壁があり、行田市郷土資料館は城壁の中にあります。しかし、残念ながら資料館は定休日でした。お城をぐるっと見て、ともちゃんたちは行田市の観光案内所にお土産を買いに来ました。
行田市は、足袋の町でもあります。色とりどりの足袋をともちゃんはじっくりと眺めましたが、また今度とびきりお気に入りのが見つかったら買おうと思いました。ともちゃんは、はにわのクッキーと蓮サイダーを買いました。
「市役所の方ですか?」
ともちゃんは、レジのおじさんに聞きました。
「いえ、第3セクターの会社なんです」
「あ、そうなんですね。観光課か何かの方かと。私も自分の住むところで町おこしに奔走してるので、ちょっと気になりました」
「どこからいらしてるんですか?」
「千葉県の芝山町という、成田空港のすぐ南にある町です。このご時世に遠くからすみません」
「そうなんですかあ。遠くからありがとうございます」
「うちもはにわの町なんです。ちょうどこちらの方に来る用事があって、古墳群を見てきたんですけど、もう桁違いに立派で、ただ圧倒されるばかり…うちの町なんて、はにわの町なんて名乗っていいのかなって」
「いえいえそんな~」
「たくさん参考になることがあったし、また来たいなって思います」
「ありがとうございます」
「あ、そうそう。これ、よかったら見てみてください」
ともちゃんがバッグから取り出したのは、「丹波山×芝山」の名刺。
「山梨県に丹波山村っていうところがあって、「たばやま」と「しばやま」が一文字違いだから、コラボレーションさせてみようっていうのを個人的にやろうとしていて。でも、最近は丹波山村に全然行けてないから、芝山町のネタばっかりです…」
「へえ~。こういう関わりを持つのっていいですね。たとえば、古墳の町同士で関わるとか」
「いいですね!行田市と、私たちのような小さな町でいいのなら…」
「お互い学び合えるところがあると思うし、関わり続けることが大事だと思います」
「そうですよね…何か考えてみます!よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
行田には「行田フライ」という郷土料理があります。これは揚げ物ではなく、ねぎや豚肉が入ったやわらかいお好み焼きのようなものでした。小麦の栽培が盛んな行田では、手軽なものとして昔から広く作られていました。観光案内所を出た後、ともちゃんはフライが食べられるお店を探してみましたが、あいにく多くのお店がお休みでした。ともちゃんは、家に帰ってから自分で作ってみることにしました。
ともちゃんたちは行田市駅まで行って、秩父鉄道を眺めました。ともちゃんは鉄道好きで、学生の時に友達と秩父鉄道で旅をしたこともありました。コロナで電車に乗る機会が全くなかったし、久しぶりに秩父鉄道を間近で見ることができて、ともちゃんはとてもうれしく思いました。
ともちゃんたちは、群馬県に入って車で山を上り、道に迷って半ば焦りながら、やっと旅館にたどりつきました。温泉につかった後、ともちゃんは部屋でしばっこくんたちとおやつを食べていました。
「このみかん、とってもみずみずしいッコ!ともちゃん、みかんとおやつで足りる?」
「大丈夫よ。夜だし、寝るだけだから。埼玉県にみかんのイメージはなかったなあ~」
お昼によったお店でもらったみかんをほおばりながら、しばっこくんとともちゃんは言いました。
「本当に、久しぶりに遠くに旅行ができてうれしい。タバスキーたちとしばっこくんも一緒に来てくれて、すっごくうれしいよ」
ともちゃんがみんなを見渡して言いました。
「僕たちも、誘ってもらえてとてもうれしいッコ!」
「ずーっと外に出たかった」
「丹波山村にも行きたいけど~」
「あそこはまだちょっと難しいかな…」
しばっこくんとタバスキーたちは、口々に言いました。
「タバスキーたちには、さみしい思いをさせて本当にごめんね。私も丹波山村にまた行きたいよ」
「僕も行きたいッコ」
「しばっこくんには、ぜひ丹波山村でも観光PRしてほしいな。本当に、早くコロナの流行が終ってほしいよね」
「うん…」
しばっこくんは、ちょっとうつむきました。
「実はね…昨日の夜、僕たちみんなで泣いていたんだ」
青いタバスキーが、ともちゃんを見上げて言いました。
「しばっこくんも私たちも、ずっとさみしい気持ちを抱えてたの」
オレンジのタバスキーも、顔を上げました。
「そうだったんだ…私でよければ、いつでも話してくれればよかったのに」
「ともちゃん、一人で生活がんばってて、お仕事も休日の活動もがんばってて…そんな明るいともちゃんに、弱音を吐きたくなかったんだ」
緑のタバスキーも、そう言ってうつむきました。
「タバスキー。私だって、涙を見せることがあるじゃないか」
ともちゃんは、緑のタバスキーの顔をのぞきこみました。そして、みんなを見て言いました。
「今の大変な世の中で、もちろん私だけじゃなくて誰もが毎日を一生懸命生きている。がんばって明るく振る舞っている人もたくさんいると思う。でも、辛い気持ちを無理に抱えこんだり隠したりしたら、限界が来ちゃうよね」
「うん…」
しばっこくんがうなずきました。
「苦しかったら、無理をしないで周りの信頼できる人に話してごらん。私でもいいし、芝山町には優しくて頼もしい人がたくさんいる。話を聞いてもらうだけで、すっごく楽になることがあるし、実は相手も同じ気持ちを抱えていたってこともあるもんだよ。辛い時は、お互いの気持ちを分け合って、助け合おうよ」
「…うん!」
しばっこくんも、タバスキーたちも、顔を上げてうなずきました。
素泊まりプランを選んでしまったともちゃんは翌朝、グーグルマップで朝早くやっているレストランを調べ、もう一度温泉に入ってから、8時過ぎにチェックアウトすることにしました。
「温泉、お湯がやわらかくて、すごく温まりました!」
旅館のカウンターで、ともちゃんは女将さんに言いました。
「そうなのよ。メタケイ酸っていう成分がたくさん入っている、とても珍しいお湯なの。それも、最初は温泉だと知らなかったのよ」
「えっ?」
「ただの地下水だと思って組み上げていた。そしたらある時、体を患っていた若い人が、何日か入ったらすっかり治っちゃいましたって言ってきたのよ。私も子どもの時からリウマチに苦しんでいたから、試しに一日何回かお湯に浸かることにしたの。そしたら、あんなに医者も治せなかったのに、完全に治っちゃって。成分を調べてもらったら、立派な温泉だったのよ」
「すご~い!そんなことあるんですね」
「訪れる人たちに、とても好評のお湯です。エッセイを書いてくれた人もいるわ」
「そうなんですね~。今度こっちの方に来たら、また泊まりたいです!今度は食事付きで」
「またぜひいらしてくださいね」
「はーい!」
旅館を出て、ともちゃんはさらに山を上りました。そして、山の上の通りに出てすぐのところにある、アメリカンダイナーのお店に入りました。
「いらっしゃい」
たくさんのヴィンテージものが飾られているお店の中には、80代くらいのおじいさんが一人いました。ともちゃんは、500円のモーニングセットを注文しました。
「お姉さん、どこから来たの?」
おじいさんは、お茶を入れながらともちゃんに聞きました。
「千葉県の芝山町っていうところです。成田空港のすぐ南なんですけど、知っていますか?」
「うーん…知らないなあ」
「そうですかあ」
「群馬に何しに来たの?」
「イベントに来たんです。アーミッシュっていう、アメリカですごい保守的な暮らしをしているクリスチャンの集団がいて、その展示がれんが蔵であるんです」
「あ~、アーミッシュか。あそこにアーミッシュのことが書いてある本がいくつかあったっけなあ…」
おじいさんは、部屋の隅の方にある棚を見ました。
「お姉さんはアーミッシュに興味があるの?」
「自然と共に暮らす、みたいなのが好きで。私もクリスチャンだし」
ともちゃんはおじいさんからお茶を受けとり、一口飲みました。
「ん、麦茶ですか?」
「うん、そう。今からコーヒーも入れるね」
「ありがとうございます」
「僕はインディアンに興味があってね。それについての本も色々あるから、後で見せるよ」
「そうなんですね!私もインディアンにも興味があります」
コーヒーに続いて出てきたモーニングセットは、バターののった分厚いトーストに、地元でとれた新鮮な野菜のサラダ。
「スムージーは飲める?」
「え、いいんですか?お願いします」
おじいさんは、おまけにスムージーを作ってくれました。
「あ、すごい。色々入れるんですね」
ともちゃんは席を立ち、カウンターまで行ってキッチンをのぞきこみました。
大きなミキサーに、牛乳、りんご、バナナ、ブロッコリー、しょうが…たくさんの野菜や果物が入れられていきます。
おじいさんがスイッチを押すと、あっというまに黄緑のスムージーができあがりました。
おじいさんは大きなグラスにスムージーを入れ、ともちゃんに渡してくれました。そして、残りのスムージーと茹で野菜をもって、おじいさんもともちゃんと同じテーブルに座りました。
「僕もいつもこの時間に朝ごはんを食べるんだ。お店は8時から開けているんだけど、朝は普段は知り合いが来るぐらいだよ」
「そうなんですね。ずいぶん早くから開いてるお店があるもんだなあと思って。ホテルで素泊まりプランを選んじゃって、朝ごはんを食べられるお店を探していたので、助かりました」
ともちゃんは、スムージーを一口飲んでみました。
「ん、生姜が効いてておいしい!やっぱり色々入ってると違いますね」
「そうでしょう」
「私も時々スムージーみたいなのを作ることがあるけど、そんなにたくさんの種類は入れないし、そもそもミキサーが小さいしなあ」
朝ごはんを食べ終えると、おじいさんはインディアンのことが書いてある雑誌をいくつか持ってきてテーブルの上に広げました。
カラフルな化粧をして踊っているインディアン、体中にアクセサリーをつけているインディアン…色々な写真が出てきます。
おじいさんは、インディアンたちが大切にしている石のこと、戦いの前にする足踏みのことなど、色々なことを教えてくれました。そして、自分がつけているネックレスやブレスレットなども見せてくれて、それらが体によく効いていることも話してくれました。
「インディアンも、ほんとにたくさんのアクセサリーをつけていますよね。インディアンとか縄文人とか見ていて、なんであんなにたくさん身につけているんだろう…て思うんですけど、ただオシャレだけじゃなくて、石とかの体への効能を考えてつけていたかもしれないですよね」
「インディアンは、日本から渡っていった人間なんだ。“日本人”ってすごいんだよ~」
「日本人、というか、モンゴロイドですね」
大陸から日本列島に渡ってきた民族たちが、北上して北極の辺りを行き、北アメリカ、南アメリカへと渡っていったという話を、ともちゃんも聞いたことがありました。
「私は学生の時、インディアンのことを色々調べていた日があって。インディアンたちが虐殺されていった話を読んで、なぜだか大泣きしちゃったんです」
「え?」
「めちゃめちゃ泣いちゃったんです」
「ほ~!そうか」
「なんでなんだろう…」
何かを見聞きして泣いてしまうことは滅多にないともちゃん。きっと、日本人と同じ特徴を多く持つインディアンたちのことを、親戚のように感じているからでしょう。
「ところでここ、すごくいい眺めですね」
ともちゃんは、目の前の大きな窓に目を向けました。山の上の方に立つこのお店からは、はるか下にある町並みや、遠くの山々を見渡すことができます。
「それに、ちょっと寒いですよね。だいたい標高何メートルくらいなんですか?」
「う~ん…せいぜい200から300mくらいじゃないかなあ」
「そうなんですかあ。後ろにはさらに高い山が見えますよね」
ともちゃんは振り返り、すぐそばに見えている山を指さしました。
「この山、てっぺんが剥げていておもしろいですね。赤城山ですか?」
「ううん。鍋割山っていうの」
名前のとおり、割れたお鍋のように山のてっぺんだけがはげています。
「へえ~。なんであそこだけはげてるんですか?」
「さあ…なんかしらで木が生えなくて、ススキの野原になっているんだろうねえ」
「ふーん…。私は登山とか興味あるんですけど、なかなか機会がなくて。うちの町の方には高い山もないし」
「ここは自然が豊かでのんびりしていて、居心地いいよ~。人が訪れてくると移住をすすめているんだけど」
「たしかに、うちとはまた違う田舎のよさがありますね」
ともちゃんは、コーヒーの最後の一口を飲んで立ち上がり、おじいさんに500円玉を渡しました。
「はい、どうも~」
おじいさんは、500円玉をとても丁寧に受け取りました。
「いえいえ、こちらこそ。いっぱいお話ししてくださってありがとうございました」
「お気をつけてね~」
「大きな豚さんだねえ」
お店の前で、青いタバスキーが言いました。ピンクの豚が描かれた看板があり、タバスキーたちとしばっこくんはそれを眺めていました。
「ピンクの豚は、ヨーロッパでは幸せを呼ぶ象徴だって、ともちゃんから聞いたことあるッコ!」
「今日はいいことがありそう」
オレンジのタバスキーが、わくわくして体を振るわせました。
「ごめん、待たせたね」
ともちゃんが、お店から出てきました。
「ううん、今来たところだッコ」
しばっこくんが答えました。
「君たちはどこ行ってたの?」
「すぐ近くの、大胡ぐりーんふらわー牧場っていうところだよ」
「大きな風車があって、広々して眺めがよかったよ!」
「直売所があるから、お買い物しにもう一回一緒に行こうよ!」
タバスキーたちが答えました。
「いいね。れんが蔵のイベントまでちょっと時間があるから、行こうか」
牧場の広々とした草原の傍らに、大きな風車が立っています。
「佐倉のふるさと広場もそうだけど、風車を見上げると、なんだか安心感があるんだよね」
ともちゃんはそう言って、辺りを見渡しました。風車の後ろには山々が広がり、振り返ると草原の向こうに山の下の町が遠く見えます。ともちゃんは、思いきり伸びをしました。
「芝山町とはまた違う、素敵な場所だなあ~」
ともちゃんは、直売所で新鮮な群馬県産の野菜をたくさん買い、れんが蔵目指して山を降りていきました。
前橋芸術文化れんが蔵は、もとは酒造蔵でした。天井の高い広々とした空間で、今では物販や展示など様々なイベントが行われています。今日を入れて4日間、アメリカやカナダで暮らすアーミッシュというクリスチャンの集団についての展示や、アーミッシュの着るワンピースなどの販売が行われています。
「こんにちは!」
ともちゃんは、イベントを主催するお姉さんに声をかけました。
「おー、ともちゃん!来てくれたんだね。遠くからようこそ!まあ、かわいいお客さんたち」
ともちゃんは、これまでも色々な場所でお姉さんが主催するアーミッシュのイベントに参加していました。
「ありがとうございます。芝山町のしばっこくんと、丹波山村のタバスキーたちです」
「芝山町の!かわい~い」
お姉さんは、しばっこくんの顔をのぞきこみました。
「うふふ、よろしくお願いします」
しばっこくんは、ぺこっと頭を下げました。
「見てください。はにわに、ひこうきの翼がついてるんですよ」
ともちゃんはそう言って、しばっこくんの後ろ姿も見せてあげました。
「え、ほんとだ。すごーい!てか、マスクも古墳の形だし~、おもしろい!」
「えへへ。マスクはともちゃんが作ってくれたんだッコ」
「私たちのマスクもだよ!」
オレンジのタバスキーが言いました。
「そうなんだー。ともちゃん、こんなに大きなマスク作ったのはじめてでしょ」
「はい、ちょっと大変でしたけど…4人とも気に入ってくれてすっごくうれしいです!」
お姉さんは、タバスキーたちの方を見ました。
「カラフルなお客さんたち、名前なんだっけ。タバ…なんとか?」
「丹波山村から来た、タバスキーです!」
青いタバスキーが、はりきりました。
「丹波山村っていうのは、奥多摩のすぐ隣にある山梨県の村なんです。去年私がそこに遊びにいったときに、この子たちがついて来て。そのまま芝山で一緒に暮らしてます」
ともちゃんがお姉さんに説明しました。
「そうなんだ~。ともちゃんたち、今日は旅行で?」
「そうです」
「GoToトラベルね」
「うーん、まあ…」
ともちゃんはあまり考えずに宿をとり、たまたまGoToトラベル割を使っていたのでした。
「あれも色々言われてますよね。“GoToトラブル”とか、“強盗トラベル”とか」
ともちゃんがお姉さんに言いました。
「あはは」
「その分使っている税金を将来私たちが払うんだとかも……」
「あ~」
「…まあまあまあまあ、ゆっくりしていきます」
「まあまあまあ、楽しんでってね」
「は~い」
「ともちゃんが今着ている服、アーミッシュのワンピースだったんだね。私の色にも似てる!」
オレンジのタバスキーが、ともちゃんのワンピースの裾をつかんで言いました。
「そうなの。これは、はじめてアーミッシュのイベントに来た時に買ったんだ。その頃は学生だったから、大奮発だったよ~」
「そんなにほしかったんだあ。さては、はにわの色だから?」
青いタバスキーがにこにこして言いました。
「さすが!その通り。まだ東京にいた頃、これ来てよく芝山町に遊びに来てたんだ」
「アーミッシュの女の人たち、とってもカラフルなワンピースを着ているんだね~」
緑のタバスキーが、上を見あげて言いました。天井近くに、いろんな色のワンピースがぶらさげられています。これは、アーミッシュの人たちが洗濯物を干しているところを再現しているそうです。
「新作が次々と出てますね!いつもメルマガもチェックしてます」
ともちゃんは、展示販売されているワンピースを一枚一枚見ながらお姉さんに言いました。
「ありがとう!」
「もう一着くらいほしいんだよな~」
ともちゃんは、真っ赤なワンピースがアメリカの童話っぽくて気になっています。でも、それよりまずベージュのワンピースがほしいなと思っています。
「だって、古代人の服の色だもん」
ともちゃんは、ベージュのワンピースを持ちながら言いました。
「ともちゃん、何でもかんでも芝山のことばっかり!」
オレンジのタバスキーが、ともちゃんをちょいとつつきました。
「芝山引っ越してから、オレンジやベージュ系の色にとにかく敏感でさ」
「もう少し丹波山村のことも思ってほしいな~」
緑のタバスキーが言いました。
「もちろん思っているさ。緑と青のワンピースも買おうかな~」
ワンピースなどの服を始め、アーミッシュの人たちが一つ一つ丁寧に作ったおもちゃなどの工芸品、洗濯風景をイメージしたカラフルなネイルアート、写真展…アーミッシュ尽くしの世界で、ともちゃんたちにはどれもこれも目を見張るものばかりです。さらに、地元のカフェなどからの出店もあり、アーミッシュが作るお菓子を再現したものも販売されています。
ワンピースを着ての撮影会もあり、ともちゃんはもちろん着てきたワンピースで参加しました。ピースしたり、スカートをつまんでみたり、はにわのポーズも決めてみました。
れんが蔵の外には2つのキッチンカーが来ていて、飲み物を売っているお店と、焼きいもを売っているお店がありました。
「どれにしよう…」
1つ目のキッチンカーで売っているのはめずらしい飲み物ばかりで、ともちゃんはとても迷っています。
「とりあえず豆乳甘酒にして、後でマヤナッツ茶にします」
ともちゃんは、キッチンカーの中のお兄さんに声をかけました。
「はーい」
お兄さんは、飲み物を作り始めました。
「お姉さんは、アーミッシュに興味があって来たの?」
「そうです。私自身がクリスチャンで。ワンピースも結構好きです」
「そうなんだー。男性の服も出してほしいなあ」
「男性服も作る計画があるとか聞いてますよ。ワンピースも着ればいいじゃないですか。今ジェンダーフリーとか盛んになってきてるし」
「あ~、そういうのあるよね」
「私はジェンダーのことも色々と学んだり活動したりしているので。女性解放ばかり叫ばれていて、男性を『男らしさ』から解放する動きがまだまだないんですよね」
「あー…そうだよねえ」
「私も精一杯がんばっていきたいけど、やはり男性の解放は男性が先頭に立ってやってくれないと、って思います」
「うーん。そうだなあ…」
ともちゃんの思うところ、アーミッシュコミュニティーは古くからの性役割が根強く
残っているという感じです。アーミッシュのようなライフスタイルやコミュニティを日本でも取り入れていく中で、いかに平等や多様性を実現していくか…ともちゃんは、そんなことを考えています。
「お待たせしました。楽しんでいってね」
「ありがとうございます!」
ともちゃんは、もう一つのお店に向かっていきました。焼きいもの他にも、色々なものを売っています。「トゥルシー」というハーブ、最近ところどころで見る「東袋」というエコバッグのようなものなどの雑貨があります。ともちゃんは、焼きいもとトゥルシーを買うことにしました。
「かわいいお友達連れて、旅行に来たの?」
お店のお姉さんがともちゃんに聞きました。
「そうです。埼玉の古墳群を見てから、このイベントに来ました」
「へえ、そうなんだ~。このおいもは、古墳でとれたんだよ」
「え!?」
「古墳だったところを畑にしてるの」
「じゃあ、耕作してるときに…」
「よく言われるのよ。はにわとか出てきませんかって。でも、発掘が全部終わった後で畑にしてるから、なんにも出てこない」
「そうですかあ~…でも、“古墳いも”ですね!」
「そうだね、あはは」
おいもと飲み物をもってテーブルのあるところに座ると、イベントを主催しているお姉さん、そして他のスタッフの人たちも休憩をしていました。
スタッフの人たちは群馬県が地元の人が多く、千葉から来たともちゃんに芝山町のことを色々と聞きました。ともちゃんは、町のおもしろいところ、自分でしている町おこしの活動、自分の趣味など、様々なことをみんなに話しました。そして、「丹波山×芝山」の名刺も何人かの人に渡しました。
「料理が好きだから、今日イベントを見ていてアーミッシュのお菓子を色々作ってみたくなってきました。町おこしの要素も入れて、たとえば古代米でタルトとか作れちゃうかも」
自分の住む町以外のところで様々なものに出会い、そこで町おこしの新たなアイデアが浮かぶことを、ともちゃんはとてもうれしく思い、わくわくしました。
「ほんっとにいい旅だった。ほんの3日間で、これだけのことが学べて、こんなにたくさんの出会いがあるなんて」
れんが蔵から少し離れたオーガニックカフェで、ともちゃんは紫いものポタージュを飲みながら言いました。
「僕たちも色々なものが見られたし、すごくのびのびできたよ」
「連れてきてくれて、本当にありがとう!」
「お金出してもらったり、運転してもらったりばかりで…何もお返しできてないなあ」
タバスキーたちが言いました。
「いいのいいの。君たちが一緒にいてくれるだけで。大変な生活の中で、みんなの幸せそうな顔を久しぶりに見ることができて、それだけですごくうれしいよ」
ともちゃんは、タバスキーたちとしばっこくんを見て言いました。
「芝山町じゃないところで、町おこしのアイデアが得られるのは、なんだか不思議だッコ」
しばっこくんがココアを飲みながらつぶやきました。
「だね~。やっぱりアイデアって意外なところで浮かぶものだしさ。飛び出す、ってことは、とっても大事だと思うよ」
ともちゃんが答えました。
「これから冬になったら、またコロナが増えて、こうして出かけるのがもっと難しくなってくるのかな…」
緑のタバスキーが、ちょっと下を向きました。
「どうだろうね~。そうならないといいけど」
ともちゃんが腕を組みました。
「今回の旅は、こういう世の中だからこそ、本当に貴重だったッコ。早く元の生活に戻れることを祈りながら、この旅で得たものを持ち帰って、おうちでじっくり練って、新たなものを生み出してね、ともちゃん!」
しばっこくんが、ともちゃんににっこりしました。
「君たちもよ。これからも、協力よろしくね」
「うん!」
「もちろん!」
タバスキーたちも、しばっこくんも、にっこりしてうなずきました。
ともちゃんは伊勢崎にある温泉でお風呂とごはんを済ませて、みんなで帰路につきました。
古墳、インディアン、アーミッシュ…形は違っても、人の望むものはただ一つ。
たとえいくらかは不便でも、自然と共に丁寧に暮らし、どんなときでも自分の周りにいる人たちと支え合うことを大切にして生きていこう。そして、自分たちの住むまちをもっと元気に、もっと幸せな場所にしていこう。ともちゃんは、そう思いました。
「どれだけ大きなまちかではない。どれだけ人口が多いか、どれだけ立派な文化財があるか、どれだけ自然が豊かか、どれだけ栄えているかではない。
それぞれのまちに住む人が、自分のまちにあるものを大切にし、それを最大限に生かし、絆を大切に明るく生きていくことだ。
私の願いは、日本中のすべてのまちで、自分のまちを愛する人たちがまちおこしに情熱を注ぐこと。日本中のまちの力を受けて、私たちのまちも、もっともっと素晴らしくなれるはず。」
あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
私は前橋れんが蔵で開催されるアーミッシュのイベントに興味を持っていましたが、仕事がちょっと忙しいし、行こうかどうか迷っていました。一方、埼玉県行田市の「忍城おもてなし隊」という観光PR団体を見ていて、何となく行田に興味がありました。そういえば千葉から群馬に行くと行田あたりを通ると思って行田を地図で見ていると、「埼玉古墳群」が出てきたのです。はにわの町に住む私は、もう行くしかない!と思い立って旅行を企画したのでした。
正直、「このご時世に旅行なんてしていて、行く先々で敬遠されたりしないだろうか?」と少し心配な気持ちもありました。しかし、どの場所でも遠くから来た私のことを喜んで歓迎してくださり、町おこしのことを中心に様々なお話をすることができました。わくわくするような出会いがあり、町おこしのひらめきがあり、新しいつながりがたくさんできた、とても素晴らしい旅でした。出会ってくださり、お話ししてくださったお一人お一人に、心から感謝申し上げます。私にも、タバスキーたちにも、しばっこくんにも良い気分転換になったし、旅に出て本当に良かったなと思っています。
それから3ヶ月たった現在も、コロナ渦はまだまだ続いています。ワクチンの接種が始まったと聞きますが、どうなることやら?
「このご時世だから」といって何もしないのではなく、今までにない事態だからこそ、まちとまちが手をつないで、アイデアを出しあって、今でも・今だからこそできるまちおこしを考えていきたいですね。