メジロ
メジロはウグイスと混同されることがしばしばあるらしい、という説を耳にすることがあります。
テスト的にわざと「メジロをウグイスだと思っている人がいる」という話しをしかけると「そーだねぇ!」と同調する返答が帰ってくる確率が高いです。特にメジロとウグイスの見分けができる人ほどそう返答する人が多いみたい!?な気がします。
その背景にあるのは「うぐいす」という名曲がありまして、この歌詞内容がメジロとウグイスを混同している論がネットでも議論されていて、比較的バズっているのです。
歌詞にでてくる「うめの小枝で うぐいすは春が来たよと うたいますホウホウ ホケキョホウ ホケキョ♪」のウグイスだとされている鳥は、実はメジロだ!という説が有力視されていまして、これに反対する説もネットにあがっていて、両社互角といったところでしょうか。
なぜこんな激論が起きているのか? それは梅の花が咲くシーズン、つまり2月から3月の少し暖かくなった「早春:に梅の小枝にとまり花の蜜を吸う鳥はメジロが多く、ウグイスが梅の小枝に来ていることは滅多に見られないから、という観察からのようなのです。実際ウグイスの生態は森の鳥で、梅の花咲く春先にはまだヤブの中で虫か木の実を食べて暮らしているのがよくあるらしいです。
一方のメジロは花の蜜をよく吸いますから春先に梅に来る、ウグイス餅色の可愛い小鳥はメジロが多いのです。
うぐいすを作詞した林柳波という人はメジロをウグイスだと思い込んでこの歌詞を書いたのでしょうか?私はそれも違うと思います。この歌詞の二番は間違いなく早春を表しているので梅の花咲く季節は間違いないのですが、その頃にはまだウグイスはホウ ホケキョとは鳴かないです。まだチチチとかチャチャチャと鳴いているだけです。そこからホウ ホケキョを練習し始めて初夏になる頃に立派にホウ ホケキョと鳴けるようになります。
だから春先はホウ ホケキョと鳴かずにチチチです。言葉に表すとメジロもチーチーと似た表現になりますがメジロは少し響きのある奥深い声でチーチーと鳴きます。だから林柳波は薬剤師で理系人間だから間違わないと思うのですね。なぜそれでも梅の小枝でうぐいすがホウ ホケキョと鳴くと作詞したのでしょうか?
私はこのうぐいすという歌は、イメージ先行に徹して創作されたフィクション作品なのではないかと想像しています。
ウグイスという名前の方が日本人感覚で春と相性が強いから、どうしてもウグイスを歌詞に入れたかったし、メジロの3音に対してウグイスの4音の方が歌詞として収まりも良いからそうした。これは私の考察した持論に過ぎず仮説の域を出ませんが、この歌とメジロの関係を想像するだけで、ネットでかなり検索して考えることが多く見つかり、ウグイスとメジロの生態についても突っ込んで研究させられる、そういう好奇心を仕込まれた歌なのではないかと思います。
この歌詞について、こんど小学生に話してどう思うか聞いてみたくなりました。