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Extra5:それは未だ誰も知らない

2021.03.05 09:00

“あんた、死ぬ気だったろ”


そんな珍しい声と見たことのない彼女の表情に、遠目から見ていた名もなきレジスタンスは見入ってしまった。


——


今から数時間前、再度攻城戦を仕掛けるという話を聞きつけ南方ボズヤ戦線に解放者が訪れた。

普段人と話しているような優しそうな表情などどこにもなく、真剣な顔でレジスタンスと作戦を練っている。

ロストホルダーの準備と詰めるシャードを持ち運んでいた名もなきレジスタンス…ルマも今回の作戦に参加する。

解放者の勇姿に感化され自身も実績を稼ぎこうして作戦に参加していく…という流れは彼に留まらず他のレジスタンス達にもあった。

中には実績に目が行き、まともに戦えず離脱した者もいるらしい。

解放者はそれを聞く度に力のないため息をつく。


“か、解放者さん”

“私のことですか?”

“はい。

ロストホルダーの準備ができたので、届けに”

“あぁ、任せてしまってたのか…準備をしてくれてありがとうございます”

“いえ、これくらいは。

今回は俺も参加させていただくことになりました、よろしくお願いします”

“よろしくお願いします。

あぁそれと…‘解放者’は正直慣れないんでね、名前で呼んでほしいのだが”

“失礼しました”

“構わないさ。

…ガウラ・リガンです”

“ルマです、占星術師として参加させていただきます”


だがこの後攻城戦にて惨事が待ち受けていることには、誰も気づかないのだった。

タロットで占っておけばよかったかもしれない。


——


“無事に到着しました!

これより作戦を決行する!”

“はい!”

“では前線を行かせてもらいます。作戦通りにメンバーの分岐、討滅後は合流を!”

“了解です!”

“…ガウラさん、無事で”

“ルマさんも、また再会できることを”


珍しく大剣を抱える解放者。

その戦う姿も勇ましいもので、見る者は士気が上がっていく。

出発前にルマは聞いた。‘なぜ前線に出るのか’と。

‘守りたいものがあるから’と、たった一言しか彼女は答えなかった。

何となく意味は分かる。そして自分たちはまだ守られている側だというのも分かる。


“───!!?”


何かの叫び声が聞こえた瞬間、前線で爆発したような音が聞こえた。


——


“何事ですか!?”

“分からない、前線で何かが起きている!”

“これより後方の者は一時撤退!

回復職、及び守備職の者は前線まで出ます!

前線の無事を確認次第、アラムート城下まで全軍撤退!作戦を一時中断します!”

“持ち場につけー!”

“後方の怪我人は私の所へ!”

“リーダー、俺は占星術師です。前線への出陣に参加させてください”

“ルマ殿か、わかりました。

共に生きて向かいましょう!”


それから後方陣営は再編成し、ルマをはじめとした数人のレジスタンスが前線へ向かった。

前線からは怪我人を連れたレジスタンスが撤退を始めている。

通り際に回復を処置し、最前線まで走っていった。

そこで見たのはレジスタンスの1人を庇い倒れている解放者と、庇われたレジスタンスが彼女を回復している姿、無闇矢鱈に魔法を暴発させていたであろうレジスタンスがいた。

暴走したレジスタンスは力尽きているようで項垂れているのが見える。


“なんですかこれは”

“あの人、魔力の制限ができていない様子です”

“まずは解放者殿達の安全確保をしましょう”

“はい!”


——


“一体何が起きたのです?”

“彼が急に暴れたんです!

まるで作戦を利用し自滅を図ろうとしていたような…魔力の方が反発したのか、自滅はせず暴れてしまってますが”

“かいh…ガウラさんは?”

“回復はできました”

“っつぅ…!

ルマ?それにバイシャーエンさん?後方にいたはずでは”

“流石に前線の様子がおかしかったので、後方を一時撤退させ向かえる者だけでこちらまで来ました。

彼、大丈夫でしょうか?”

“どうだか”


それからは意外と早く事が進み、全員何とか撤退を成功させた。

最初はテンパード化かと思われたが、何とか話を聞き出したところそうではないらしい。

暴走したレジスタンスには、病弱の夫人がいた。

だが彼がボズヤに来ている最中に持病が悪化…そのまま亡くなったという。

彼は彼女の姿を見れないまま別れてしまった。

看取れなかったことを後悔し、自暴自棄になっていたのが今回の件だ。


“……これは、申し訳ないことをしました”

“バイシャーエンさん…”

“最期を看取ることさえできていれば…何かが変わっていただろう…”


レジスタンスらがそう話しているのを他所に、解放者は静かに立ち暴走したレジスタンス…タキラの所へ向かう。


——


“……少しは落ち着いたかい”

“…”

“大事な人という事は理解できる。失うことの恐ろしさも知っている。

だが、その失望に押されて周りを巻き込むのはどうかと思うよ”

“すまない…”

そんな話し声がルマの耳に入る。

“……けど、周りをそうして巻き込むほどの失望があることも知っている”

“…?”

“私もそうなったことがあったからだ”

“貴女のような人でもか?”

“あぁそうだよ。それでも決定的な違いがあった。

……あんた、死ぬ気だったろ”

“!”

“僕は、周りのニンゲンに生きろと言った。

僕も生きることを選んだ。

生きるという願いを押し付け、巻き込んだ。

あんたはどうだ?自分が死ぬことを望み、結果はこれだった。

喰らった腹がまだ痛むよ、あんたも心が痛むだろう。

生きてるからだよ、心のどこかでまだ生きたいことを望んだからだよ”

“私は、まだ妻の元へ行けないというのか?”

“あぁそうだよ、行けないし行かせるものか。

ふざけるな、ニンゲンがそう簡単に死ねると思うな”


まるで見たことのないような彼女の姿。

聞いた事のないような声色。

自分の知らない、誰かがいる。

そう感じたのはルマだけではなく隣にいたバイシャーエンもだった。


“確かに奥さんは病気を持ち、結果死を迎えただろう。

それでもなぜ頑張って生きていたか。

それはあんたが1番知っていることだろう、だから僕は答えを言わないし言えない”

“……”

“死んでくれるなよ。

あんな死に方は、あんたの心が否定したし、奥さんが望むものでも無いはずだ”

“彼女は…この戦いの終わりを望んだ”

“よく知ってるじゃないか。

そのためにはどうするか、今一度考え直すことだ”

“……そうさせていただく”


そうして静かに燃えるような会話は終わった。

彼女が振り向きこちらの様子に気づくと、少し困ったような笑みを浮かべた。


——


“そういえば、何だかガウラさんの様子も変わってたな…”

“私は時々見たことがあります。

まるで彼女じゃない誰かが喋っているような…そんな雰囲気で、何度見かけても不思議に感じるものです”

“どうなんですか…”

“貴方には、彼女がどう見えました?”

“……すごく、不安定に見えました…いや、違うな…。

俺は、‘本物の彼女’を見た気分です”

“‘本物の彼女’ですか?”


この言葉が何故かしっくり来た。

人の内面というよりも、彼女そのものの姿。

真剣な眼差しは変わっていない。

姿も変わっていない。

声も変わっていない。

ただ違うように見えたのは、口調と一瞬だけ見えた膨大な量のエーテル。

今回の作戦の後に‘なぜ魔法をあまり扱わないのか’と問うた。

彼女は‘エーテル量が少ないから、上手く扱えない’と答えた。

確かに彼女のエーテルは不格好に見えていた。

それがなんだ、あの一瞬だけは輝いたではないか。


“彼女の真相は彼女のみぞ知る。

今はまだ私達は知るものではないのでしょう”

“そうですね。

…それじゃ、俺はガンゴッシュに戻り報告してきます”

“よろしくお願いしますよ”

今やっと、彼女という解放者に憧れを抱いた理由が分かった気がした。

俺は…俺たちは、あの膨大な輝きに魅入られたからなのだと。


——


“はぁぁぁ"……”

“珍しいな、そんなため息をつくなんて”

“いや、なんというか…慣れたジョブで作戦に参加すれば良かったなと…”

“あぁ、報告を見させてもらったが…なぜ大剣を持っていったんだ?”

“……お前の代わり?”

“なんだそれは”

“いやー、でもお前のようには戦えなかったよ”

“それはそうだろう。暗黒騎士の技は大半が魔法のはずだ”

“だよな…”

“それにしても…あんた、あの時何をした?”

“へ?”

“とぼけるな。

今回の暴走したレジスタンスを鎮めるにはそれなりの魔力、エーテルが必須だった。

流石に超える力じゃあるまい。

…どこからその膨大なエーテルを引き出した?”

“………”

“まぁいい。

あんたも無理をするなよ、時々様子がおかしいからな”

“あ、あぁ”


これは無自覚で起きている事象だ、そう判断したヘリオは任務の為にと荷物を持って出ていった。

取り残されたガウラは、それからしばらくの間目の前のグラスに入っている氷が溶けるのをじっと見つめていた。