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こどもはみんな『ちいさなへーヴェルマン』

2015.09.06 13:33

アンデルセングリムホフマンオスカー・ワイルドオー・ヘンリーなど、様々な作家の物語に絵を添えてきたオーストリアの画家リスベート・ツヴェルガー。この『ちいさなへーヴェルマン』は、ドイツの作家シュトルムの書いたお話に、彼女が挿し絵を描いたものです。日本でも小説『みずうみ』などで広く知られているシュトルムですが、こちらはこどものために書いたメルヘン作品になっています。

へーヴェルマンとは、シュトルムの出身地の北ドイツ(低地ドイツ)の言葉で「甘えん坊の、少しわがままな子ども」という意味だそう。そのタイトルどおり、主人公の小さな男の子は甘えん坊。「いやだ」「もっと」とおかあさんを困らせるわがままな聞かん坊です。へーヴェルマンのわがままに付き合って疲れ果てた母親が眠ってしまうと、へーヴェルマンは自分の着ていたパジャマを脱いで、それを帆にして息を吹きかけ車のついたベッドで壁から天井へ部屋をぐるんぐるんと走り回ります。それを窓の外から覗いたやさしい、としよりのお月さまは見たことのない光景に驚きながらも、へーヴェルマンにやさしく声をかけ、眠らせようとします。

しかし、「いやだ」「もっと」のへーヴェルマンは、鍵穴から外へ出てお月さまを連れ回します。しかし、町へ出たものの誰もいなくてつまらない。お月さまに照らしてもらいながら、森の動物たちに自分の走るところを見てもらおうと向かいます。けれど森にも動物の姿はなく、ついにへーヴェルマンは夜の空にのぼっていき、沢山の星たちが起きて光っている場所へと走りこみます。しまいに「おい、ぼうや、君ったら」とやさしく声をかけるお月さまの鼻の上にまでベッドを走らせると、ついに月は光を消してしまいます。星もいっせいに目を閉じ、あたりは真っ暗。急に怖くなったへーヴェルマンは、ひとりぼっちでどうしていいかわからず闇の中を行ったり来たり。

ふと、空のはしに見つけた赤い、まるい顔に、月が戻ってきたと思ったへーヴェルマンは相変わらずの口調で言います。「照らすんだ、おいぼれお月さま」。しかし、それは月ではなく、海からのぼった太陽でした。「ここはわたしの空だ」と、太陽はへーヴェルマンをポーンと海へ放り込みます。

ツヴェルガーは、物語を自分の絵の色に引き寄せるような不思議な魅力を持つ画家ですが、この絵本ではもともとのお話ととても相性がいいように感じられます。平地から湿地帯、そのまま海へと続くシュトルムが生まれ育った北ドイツの情景に、ツヴェルガーの静謐な絵はとてもよく合っています。彼女の得意とする淡い、落ち着いたトーンの色彩がそう思わせるのでしょう。

そしてこの絵本で一際目を引くのは、擬人化して描かれたものたちの描写です。静かな夜の住人の月、厳格な太陽。 星たちは様々な姿で描かれ、夜を思い思いに楽しんでいます。そんな絵に、ふと夜空の星にも年齢があって、それぞれ特性があるのだなと気が付きます。物語から自分の絵にするときの、この変換能力の高さは、ツヴェルガーの才能や独創性を強く感じられる魅力のひとつと言えますね。

もう一つ特徴的なのは、右ページに一枚ずつ大きく描かれた絵を囲う、枠の美しさです。それぞれの絵に合わせ、丁寧に装飾の施された枠は、その絵を独立した芸術作品にする役割を果たし、またそれによって言葉と程よい距離感が生まれ、お話と挿し絵に絶妙な関係性を作り出しています。そして、 あとがき部分まで同様の枠がきちんと描き込まれていることに、本としての完成度の高さが窺えます。

この本の冒頭には、へーヴェルマンの父である作者が、わが子へ宛てたと思われる詩が添えられています。


わたしのへーヴェルマン、ちいさないたずらもの、おまえはわが家の太陽だ。

おまえのきらきらした目がめざめると、鳥がうたう、子どもたちがわらいだす。


この子どもへの愛情に溢れた詩を読むと、わがままに描かれたへーヴェルマンを、擁護する作者の姿勢が感じられます。お話の中では最後に太陽にお仕置きをされるへーヴェルマンですが、おかあさんを困らせ、みんなを振り回すその子どもらしさを、シュトルムはやさしいお月さまのような目で見守る人物だったのかもしれません。そんなへーヴェルマンを「ちょっぴりこらしめるために、こんなおはなしを考えたのではないだろうか。」と訳者の池内紀さんがあとがきで書いておられますが、きっと、振り回されて困っているおかあさんたちにも、やさしく寄り添う本になるのではないでしょうか。

これは画家の遊び心だと思うのですが、月が眠るシーンで、ツヴェルガーはへーヴェルマンと同じ様に人形と一緒にベッドで眠るお月さまを描いています。それは、やさしいとしよりの月もかつてはへーヴェルマンだったこと、あるいは怒って帰ってしまった月だけれど、へーヴェルマンのことをちゃんとわかっていること、などを連想させます。

それは、シュトルムがこの物語に込めたものと、同じ性質の愛情のようにも感じられるのです。

さて、海に落とされてしまったへーヴェルマン。彼を最後に助けたのは、意外な人物でした。それが誰なのかは、読んだ人にしかわからないので、是非最後のページまでへーヴェルマンのかわいいわがままに付き合ってあげてくださいね。

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