明星 ひな(1話)
数学の定期テストの答案返却の時間。三星ひなが教卓の前に立つと、クラスからわっと歓声があがった。
「すごいわ明星さん、また100点よ」
先生がニコニコと微笑みながら答案用紙の花丸を指差す。
「ありがとうございますっ」
ひなはそれに負けないくらいの笑顔で答案用紙を受け取る。
「すごいね、明星さんまた100点だって」
「さっきの国語もだったよね。やっぱり天才だね!」
自分の席に戻ると、後ろの席の女の子たちがひそひそと話す声が耳に入った。
「きっと普段からたくさん勉強してるんだろうなぁ」
「今度勉強教えてもらおうよっ」
その会話を聞いて、ひなは心の中で苦笑いをする。
「ひなに聞いたって上手く教えられないよ…」
ひなの小さなつぶやきは、テスト返しでざわめいている教室の皆には聞こえなかった。
ひなは昔から何でもできてしまう子だった。
最初は4歳頃。
まだ習っていないはずのひらがながほぼ正しく書けていたのだ。
その後、習い事のピアノやスイミングスクールでもその才能を発揮させていった。
小学校に入ると難しい本も読めたり、テストも100点続きになったりとどんどんその「天才」ぶりを見せていった。
それは中学校に入った今でも同じなのだ。
「ただいまぁ」
家に帰ると母親が台所から顔だけ出して出迎えた。
「おかえりひなちゃん、プリンあるわよぉ」
「やったー!ねえ買ってきたやつ?ママが作ったやつ?」
「ふふ、ママが作ったやつよぉ」
「わーい!ひなママのプリンが1番好きーっ!」
ひなは飛び跳ねて喜び、そのまま階段を駆け上って自分の部屋に向かった。
急いで制服から私服に着替え、また階段を駆け降りる。リビングのテーブルに着くと、美味しそうなプルプルのプリンが待っていた。
「いっただっき…」
目をキラキラさせてスプーンを持つと、母親が手をひなの目の前にかざした。
「待って、手洗ってないでしょ。ダメよぉ、帰ったら着替える前に手を洗わなきゃ…」「あーもー!」
ひなはもどかしい気持ちを抑えながら洗面所に向かい、15秒ほどで戻ってきた。母親がよし、と頷く。
「いっただっきまーす!」
ようやくプリンがひなの口に入る。
「ん〜!おいし〜!」
「そう?よかったわぁ」
母親も一緒にプリンを食べながら微笑む。
「ところでひなちゃん、テスト返ってきたんじゃない?」
「そうだけど、見なくてもわかるでしょ。いつもと同じだよ」
美味しいプリンを食べている最中にテストの話をされたからだろうか、ひなは若干不機嫌そうに答えた。
「あらそう?なんでかしらねぇ、ほんとにひなちゃんは100点以外とらないわねぇ…」
母親が目を丸くする。ひなはこのやりとりを小学校から何回もしている。
「ねぇ〜苦手な教科とかないの?これじゃあ逆にお勉強も楽しくないんじゃないのぉ?」
その言葉を聞き、ひなは思わず最後の一口のプリンを噛まずに飲み込んでしまった。
慌てて水を飲む。
「そ、そうに決まってるじゃんっ」
「あらほんとにそうなのぉ?」
母親がすっとんきょうな声をあげる。
「ママはわかんないと思うけど、何でもできてもそんなに楽しくないんだよっ、ごちそうさま!」
ひなは皿とプリンを洗い桶につけると、少し怒ったようにドタドタと音を鳴らしながら自分の部屋に戻った。
部屋のドアを開け、ベッドにぼんっとダイブし、
「ひなだってそんなんわかってるよーっ!!勉強なんて授業を1回聞いたらわかるし体育だってお手本見ればできちゃうしーーっ!!みんなは羨ましいって言うけどひなはみんなの方が羨ましいのーーっ!!」
とゴロゴロ転がりながら叫ぶ。ひなは自分の思いを声に出して発散することが多いのだ。
「ひなだってひなだって…一生懸命努力して何かを成し遂げたいよ」
そして枕に顔をうずめて、ぽつりとそう呟いたのだった。