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Adolescence

明星 ひな(2話)

2021.03.11 14:10

翌日の昼休み。ひなが図書室で借りた本を読んでいると、後ろの席の女の子二人がひなのもとへやって来た。ひなは読んでいた本を閉じ、目線をあげた。うるうるとした四つの瞳がこちらを見ている。

「どしたの?」

「あのね…」二人は目を合わせながら頷きこう言った。


「お願いっ!」

「明星さんに勉強教えてもらいたくて!」


ひなはまたか、と苦笑いした。中学校に入ってからは初めてだが、小学校の頃も同じようなことが何回もあった。


「明星さん、チョー頭いいじゃん。きっと自己流の勉強法とかあるんじゃないかなって」

「ワークのここの問題とかホントわかんなくて。ねぇ、どうやって解くの?」

「あ、あのね…」

落ち着いて、と言うようにひなは二人の肩をポンポンと叩いた。


「ほんっとに申し訳ないんだけどね、ひな、勉強教えられないんだぁ」


「えっ!?」

二人が声をあげる。ひなはへへ、と笑いながら頬をかく。


「昔も同じようなことあったから教えようとしたんだけど全然上手く説明できなくて。なんかね、ひなは全部感覚なんだ。だからこうやるああやるって人に教えられないの。ホントにごめんね」


ひなは二人の前で手を合わせる。こう謝るのは何度目だろう。こうして人と気まずくなることを何回経験してきただろう。


しばらくの沈黙を破ったのは相手の方だった。


「…ほんとの天才なんだぁ」


二人のうちの一人のボブの女の子が感心したように腕を組む。もう一人のポニーテールの女の子が前屈みになり、椅子に座っているひなに目線を合わせる。


「わかった、こっちこそゴメンね。自分でもう1回解いたり他の人に聞いたりしてみるよ。ありがとうね!」


ひなは少し驚いた。今までは断ると嫌味だと言われたり本当なのかと疑われたりなど、マイナスな返答しか返ってこなかったからだ。


「え…うん」


小さく返事をし、ぱたぱたと走っていく二人をぼーっと眺める。

やっぱり中学生って、小学校の頃より大人になるんだなぁ、と考えながら。




「ねぇひなちゃん?ママね〜昨日考えたんだけどぉ」

夕方、ソファに寝転んでテレビを見ていたひなに、母親が夕飯の調理をしながら話しかけてきた。野菜を洗う水の音で聞き取りづらいが声が大きく通るのでリビングまで声が届いた。さすがはひなの親だ。


「えー?なーにー?」

ひなが見ているのは夕方のニュース番組。SNSで話題のかわいい猫の赤ちゃんの動画を紹介している。猫好きのひなは口角をあげながら見ていた。


「あのねぇ、学校のお勉強とか運動がすぐできちゃってつまらないなら、新しく趣味を見つけたらいいと思うのよ〜!」

「趣味ぃ?」母親に負けないくらい大きな声でそう返した。6時になったのでニュース番組が終わり、歌番組が始まる。


「そうよぉ」

「でもひな、ゲームとかすぐクリアしちゃうし」

「それだったら絵とか写真とかぁ」

「絵は小学校の頃の作品展で賞取ったし、写真だってコンクールに応募したら最優秀賞取ったよ。すぐ飽きちゃうって」

「えー?じゃあ何でもダメじゃなぁい」

「そう言ってるじゃんー!」


言い合いをしているうちに、歌番組のトップバッターの曲披露が終わった。昔から愛されている演歌歌手がお辞儀をしている。


「も〜どうにもならないことにあれこれ言ってこないでよ〜っ」


母親のいる方に向けていた体をテレビの方へ戻すと、ちょうど今話題のアイドルの出番になっていた。曲披露の前に、ブレイクまでを簡単にまとめたVTRが流れる。


『やっぱりブレイクするまでは大変でしたか?』

男の司会がセンターの女の子にそう尋ねる。


『はい、すごく大変でした』

テレビの中の女の子が深く頷く。



『アイドルってゴールがないんです。

素人からデビューして、CDを出して、ライブをして、大きなステージに立って。それでもまだ世間で言う有名なグループにはなれないし、次のステップが山ほどある。辛くて苦しくて泣いちゃう時もやめたくなる時もあるけどそれ以上に楽しいし、応援してくれるファンの方もいる。

次のステップを通過した後の景色を応援してくれるファンの皆さんと一緒に見たいって思うんです。その思いが原動力になって、私はここまで頑張ってこれました』


他のメンバーも皆うんうんと頷く。


『ありがとうございます。ファンの方と次に見たい景色があるから辛いことも乗り越えられるんですね。素敵です。…さて、そんな皆さんが歌う曲は…』

司会者の隣に座る女性アナウンサーがコメントをし、曲紹介に入った。


ひなはすっかりそのアイドルに釘付けだった。曲披露が始まるとさらに音量を大きくし、寝転んでいた体を起こし座り直した。


王道アイドルソングを歌う彼女たちは、確かにキラキラしたいた。


「ひなちゃんもうすぐご飯だから手伝って…あら、アイドル?この子たち最近よく見るわぁ、今年のレコード大賞絶対この子たちよぉ」


ひなを呼びにリビングに来た母親がテレビを見てそう言った。

しかし、ひなは母親など見向きもせずテレビに夢中だ。母親は眉をひそめてソファの後ろまで歩み寄る。


「ひなちゃん?聞こえてる?お手伝いして〜!…ちょっと音量大きすぎるんじゃなぁい?」


ひなは反応しない。


テレビのアイドルは曲披露を終え、ありがとうございました!とお辞儀をした。


母親がひなの耳元でもう1度呼びかけようとすると、


「これだ!」


突然ひなが立ち上がり、大声でそう叫んだ。母親は思わず耳を塞ぐ。


「これだよ!ねえママ!ひなアイドルになる!」


「えぇっ?」


あまりの唐突さに、母親の声が裏返る。


自分の娘には驚かされることばかりだったが、この時ほど驚いたことはないだろう。