昼からクラフトビール飲んでチルしない? リビングみたいなバー「ØL」
やってしまった。取材時間を間違えた。
予定よりも1時間以上遅刻している。
慌てていると、取材先からメールが届いた。
「来店はいつ頃になりそうでしょうか?」
ヤバい。お店へ猛ダッシュで駆け込むと、店長は買い出し中だった。
心もとない気持ちのまま店長を待つ。
僕の心情とは裏腹に、店内ではMariah Carey「Emotions」が爆音で流れていた。ノリノリのビートに合わせて店員が踊っている。曲につられてこちらのテンションもあがってきたのだろうか。なんだか申し訳ないと思っていた気持ちが和らいできた。
ちゃんと謝ったら許してくれるんじゃないか? そんな気がしてきた。いや、遅刻は遅刻か……。
しばらくすると、店長が戻ってきた。すかさず謝る。
「全然いいっすよ! 外で話しましょうか」
どうやら気さくな人らしい。良かった……。
僕らは大きく開かれた入り口を抜け、外の席で話を聞くことにした。
まだまだ暖かい10月の昼過ぎ。日差しの気持ちいい時間だった。
オスロ発スカナディナビアンスタイルの
クラフトビール専門店
気を取り直して、お店の紹介をしよう。
今回取材をさせてもらう渋谷区宇田川町にあるビアバー「ØL by OSLO BREWING CO.(オル バイ オスロ ブリューイング)」は、北欧クラフトビールをはじめ、日本のクラフトビールを提供する新店。富ヶ谷にある人気カフェ&バー「Fuglen Tokyo(フグレントーキョー)」の系列店だ。
2016年3月からオープンしていたものの、プレオープン期間が長く続き、オスロのブリューイングカンパニー「OSLO BREWING CO.」とのパートナーシップを機に、9月に正式オープンとなった。
今回、取材を申し込んだのは、お店的にタイミングがバッチリだったということもあるが、それだけじゃない。お店の前を通り過ぎるたび、気持ちよさそうにビールを飲むヒップな外国人たちの姿が目に入り、なんとなく気になっていたのだ。どうやらここが彼らの溜まり場になっているらしい。
この空間は、一体何なんだろう?
どこか日本離れした雰囲気を放つ、未知なる空間に飛び込んで、その実態を確かめることにした。
「今日は、ラフに行きましょう」
手製の紙巻きタバコに火を点けながら、そう切り出したのは、オーナーの川村雄介さんだ。
「Fuglen Tokyo」でバーテンダーを務めた後、ドイツ・ベルリンへと留学。日本に戻ってきたタイミングで、「ØL」の店長となった。
彼もまた海外の空気をまとっているような、そんな感じだ。お堅くなりすぎずに、フレンドリーに接してくれる。彼の調子に合わせて僕もタバコに火を点けた。
お店に入ってきたときは、周りを見る余裕なんてなかったが、あらためて見てみると、内装の雰囲気がすごくいいということに気付いた。
少し前に流行ったニューヨークスタイルとは違うらしい。装飾はシンプルながらも、どことなく温かみのある雰囲気を感じる。この空気感は、本拠地を置くノルウェーならではのものなのだろうか。
「内装は系列店の『Norwegian Icons』というノルウェーのヴィンテージ家具や、ノルウェーデザインを発信する会社が担当しています。このデザインは、いわゆるスカンディナビアンスタイルですね。Fuglenも同じスタイルの内装です」
なんでもノルウェーなどの北欧は日照時間が短く、室内で過ごす時間が必然的に多くなるそうだ。そんな時間を快適に過ごすために生まれたのがスカンディナビアンスタイルというわけだ。はじめに感じたリラックスしたくなるような空気は、そんなノルウェーの生活スタイルが関係しているのかもしれない。
初心者でもウェルカム
クラフトビールを楽しむ秘訣
正直なところ、僕はクラフトビールにあまり詳しくない。
小洒落たスーパーに行けば、日本人にとって馴染み深い発泡酒と並んで、センスのいいパッケージのクラフトビールを見かけることがあっても、わざわざクラフトビールを飲みに行こうと思ったことはあまりない。そもそも日本では、どのくらいクラフトビールが浸透しているのだろうか。
「日本にはまだ浸透していないと思いますね。クラフトビールの存在自体は認知されているけれど、たくさんの種類があるということはまだまだなんじゃないかな。今は『IPA』がようやく認知され始めているあたりだから。日本でよく飲まれるラガーだけではなく、セゾン、ヘレス、それに、ラガーに近いジャーマンスタイルのピルスナーなんかもあって、本当にたくさんあるんです」
店内に入るとまず目を引くのは、カウンターの背後にあるメニューボードだ。20種類ものクラフトビールのタイトルがズラリと並んでいる。僕みたいな初心者は、どうやって注文すればいいのだろうか。
「まずこちらからどんなテイストが好みなのかを尋ねるので、特にクラフトビールに詳しくなくても大丈夫ですよ。例えば、『フルーティーなやつで』と言われれば、飲みやすい甘めのフルーツビールなのか、それとも、ガツンと苦味がありつつも、フルーツの香りを感じられるものなのか、とか。お客さんに合った飲み方を相談しながら決めていただきます」
ボードを見上げながら注文する客の様子を見ていると、店員が気さくに声を掛け、会話を楽しむように、最初の一杯を決めていた。雑談混じりに注文する姿は、なんだか見ているこっちまで楽しくなってくる。バーと聞いていたから、格式高い雰囲気かと思いきや、かなりフレンドリーな雰囲気だった。
僕と編集者とカメラマンでそれぞれ違う種類のビールを頼むと、川村さんがタップから注いでくれた。すこし体調を崩していた僕は「さっぱりとした軽めのものを」というオーダーをすると、ペールエールをオススメされたので、素直に従ってみることにした。
実際に飲んでみると、たしかに今の自分の気分にぴったりとハマる味で、気持ちよく味わうことができた。他のふたりとも回し飲みしながら味を比べたりして、種類によって全然違う味になるんだということがよくわかったし、こうやって分け合いながらゆっくりと味わうのが妙に心地よかった。
昼からクラフトビールで
チルする文化は日本に生まれるか
昼夜問わず、ØLには外国人の客がとても多い。もしかすると、お店から異国の雰囲気を感じるのはスカンディナビアンスタイルの内装のせいだけではなく、ここに集まる外国人のコミュニティーによる部分も大きいかもしれない。では、僕ら日本人はどのようにこの空間を楽しめばいいのだろうか。
「例えば、昼からふらっとやってきて飲むスタイルとかですかね。向こうにもともとある文化だからなのか外国人の方たちは自然とやっていて。それに、カウンターで隣り合うと、見ず知らずのお客さん同士で会話がはじまったりして、そういうフランクなコミュニケーションが生まれるのはうちならではだと思います」
たしかに僕がここで見た光景は、日が高く昇る昼間から、まったりとビールを飲む外国人たちの姿だった。よくよく考えてみると、真面目な日本人にとっては、タブーとまでは言わないが、昼からカジュアルにお酒を飲むということ自体少しだけ後ろめたさを感じる行為なのかもしれない。
「一般的な居酒屋へ行くと『とりあえずビールで! 』と、ジョッキに注がれたラガーのビールをグビグビと飲むじゃないですか。それはそれで全然いいのですが、一方で、クラフトビールは少し値段があがる分、スペシャル感がありますよね。うちでは、そんなクラフトビールをあくまでもカジュアルに楽しんでもらいたいんです。
八海山の『バイツェン』って知ってますか? たぶん日本酒のイメージがあると思うのですが、実はビールも出してるんですよ。日本人にとっては『八海山=日本酒』というイメージがありますよね。そういうふうにお客さんのイメージを裏切るような意外性のあるメニューも用意しているんです」
さらに、クラフトビール以外にも、人が人を呼ぶような楽しい仕掛けを用意しているという。
「さっき内装のことを指摘してくれましたが、僕らはうまいクラフトビールを用意しているから、逆にそれ以外のきっかけで来てくれても全然いいと思っています。
例えば、これから店の奥にヴィンテージのテーブルサッカーゲームを置く予定で、ビールを飲みながら遊んでもらうのも楽しいかなって。ジャズミュージシャンの演奏も頻繁に開催しています。それに、少なくとも週一で何かしらのイベントを開催しているから、ビール以外にも楽しめるきっかけがきっと見つかると思う。間口は広く設定しておきたいんです」
お店に対して何を求めるかは、訪れる人によってさまざまに違うと思う。それを理解しているからか「ØL」という空間は、この場所に興味を抱く感度を持つ人ならば、だれでも温かく迎え入れるようだ。
そうこう取材を進めているうちにも、ジロジロと僕らの様子を見ていた外国人男性客ふたりが、一度通り過ぎたかと思うと引き返してお店に入ってきた。さっそく隣の客と『どこからきたのか? 』なんてやりとりもしている。
「とくに女性の方は店内の写真やビールを撮って、SNSにアップしてくれることがあるのですが、そういうのも是非という感じです。いわゆる専門的なバーに比べれば、うちは敷居が低いと思うんです。チャージもフリーだし、ちょっと背伸びをしたいという若い方にも来てもらうのもいいですね。そういう人たちも違和感なくフィットする空間だと思います。
うちにはフードがないのですが、お店の前の通りを歩く人にも、なんのお店だろう? と興味を持ってもらいたくて、週2でフードトラックを呼んでいます。例えば、ピザをお願いしたときは釜を積んだトラックが来て、それが軍用のトラックか?ってくらいデカかった(笑)。他にも、ヴェトナミーズや、アルゼンティナスタイルのチョリパンなんかも提供してもらう予定で、日によっていろんなフードを楽しめると思います」
クラフトビールをカジュアルに楽しむこと。それが「ØL」の目指しているスタイルだ。取材前は、いろいろと難しく考えて、クラフトビールの知識を詰め込んだりしたけれど、いざ取材を終えてみると、そんなことをしなくても十分に楽しめるきっかけが、「ØL」にはたくさん用意されているということがわかった。
結局、この「ØL」という空間の魅力は何なのだろうか? そのことについてまとめようと考えてみたけれど、川村さんがこぼしたこの言葉が一番しっくりときたのだった。
「見てもらえば、なんとなく分かるかもしれないけれど、ここは『リビング』なんですよね。壁や天井にウッドがあって、温かい雰囲気のなかでチルできるような設計になっているんです。
そういえば、オスロにいるボスが『どんなイベントをやりたいか』という提案のなかで『ニンテンドーのゲームをやりたい』と言っていたことがあって(笑)。よく考えてみたら、みんなでワイワイ楽しんでゲームをするのってたしかにリビングなんですよね。
そんなふうに、こちらが構えずにだれかをリビングに呼んで遊べるような懐の広さが、『ØL』という空間にはあると思います。これから寒くなってきますが、友達の家に遊びに行くような感じできてもらえたらなと思いますね」
僕がこの店に来てからずっと感じていた心地よさの正体は、どうやらこの空間が「リビング」だったからなのだった。どうりでくる人みんなが、この空間に身を任せてリラックスしているわけだ。
今なら昼からここで飲みたくなる気持ちも分かる気がする。
「ØL」にくればいつだって友達を迎え入れるように温かい空間が待ってくれているのだ。
Photographer:草野庸子 / YOKO KUSANO