明星 ひな(3話)
「ひなちゃん、本気で言ってるのぉ?」
数分後、夕飯のカレーライスを食べながら母が心配そうにひなを見た。
ひなはにんじんを噛みながらこくんと頷いた。
「ひなにはこれしかないって思ったの」
「でもねぇひなちゃん、アイドルってなろう!って言って簡単になれるものじゃないのよぉ、まずはオーディションを受けて合格しないと…」
母の話が終わる前にひなは「そっか!」と声をあげた。
「オーディション!ひなオーディション受けてみるよ!歌もダンスもちょっと練習すればできるし何よりひな、こんなにかわいいもん!絶対合格するよ〜!」
キラキラと目を輝かせながら大好きなお肉を頬張るひな。その自信はどこから湧いてくるのだろうか…でも間違ってはないな、と思う母もだいぶ親バカだった。
そっとスプーンを置き、母は向かい側に座っているひなを見つめた。
「でもねぇ、オーディションに応募するのは保護者の同意が必要よ。パパが帰って来たら、改めてママとパパにちゃんと話してね。ひなちゃんならできるでしょ」
ひなはぐっと唾を飲み込んだ。
「…うん」
ひなは静かに頷く。
皿とスプーンがぶつかったカチャ、という音が部屋に響き渡った。
「ひなちゃんがアイドルか…」
1時間後、会社から帰宅し夕飯を食べ終わった父がまいった、と言うように頭をポリポリとかいた。たった今、母から話を聞いて困惑しているようだ。
「そうなのよぉ、さっき急にねぇ…私はねぇ、ひなちゃんがようやくやりたいことが見つかったみたいだから、応援してあげたいんだけど…」
「うーん…」
二人は困ってうーーんと唸る。
そこに、キィ…とドアを開ける音が聞こえた。ひながドアから顔を覗かせ、丁寧に閉める。
「ひなちゃん」
「パパ、ママ、聞いて」
ひなはそう言いながら自分の椅子に座った。
「あのね、ひなね、アイドルになりたいの。オーディション受けさせてください!」
今まで見たことないくらいに真剣な面持ちだった。父の顔が強張る。
「ひなね、ほら、昔からなんでもできちゃうでしょ。周りはすごいすごいって褒めてくれるけど、ひなはそれがつまんなかったの。みんなみたいにできるようになるまで練習するとか、一生懸命何かに打ち込むとか、ひなはそういうことがやりたくてもできなかった。それがすごく嫌だったんだ」
ひなはそう言って少し俯いた。
「でもね!」
そしてすぐに顔を上げた。
「やっと見つけたの。さっきテレビで見たアイドルが言ってた。アイドルにはゴールがないって。次に見たい景色のために頑張れるって。そういうのってさ、何か1つのことをやって達成できることじゃないじゃん!歌だけを磨いたってダンスだけを頑張ったってダメ、色々頑張ったことが合わさって結果が生まれる!これって今までのひなにはできなかったことだよ!」
母が思わず、まぁ、と声を出す。父は表情を緩め、少し微笑んだ。
「だからひな、アイドルになりたい。たくさん努力して何かを成し遂げる、ひなもそれを経験したいの!」
ばん、とテーブルを叩いて立ち上がり、ぐいと顔を二人の前に突き出す。
ひなは少し泣きそうな顔だった。涙を堪えるために唇を噛んでいる。
しばらくの沈黙のあと、母がパチパチと手を叩いた。
「ひなちゃん、ママ感動しちゃったわぁ。その場のノリで言っちゃったわけじゃなくてちゃんとした理由があったのね」
「え、そ、そりゃそうだよ!失礼なっ!」
思いがけない言葉にひなは思わず赤面する。
憤慨するひなを目の前にして、父はぷっと吹き出した。
「ひなちゃんにも色々苦悩があったんだね。パパたち、今まで気づけなかったよ」
「そうねぇ。ひなちゃんの心をわかってあげられなかったわ。ごめんなさいねぇ」
そう言いながら頭を下げる二人を見て、ひなは慌てふためいた。
「ちょ、え、そういうのいいって!そりゃ本人以外はわからないよ!」
大きな二つの頭を手でなんとか起こさせ、座り直したひなは深呼吸して父と母の目をまっすぐ見つめた。
「改めてお願い。アイドルになるために、オーディションを受けさせてくださいっ!」
そう言って、深々と礼をする。
「…せっかくひなちゃんにやりたいことができたんだもの。ママは全力で応援するわよぉ」
母が立ち上がり、ひなの左肩に手を置く。
「パパも良いと思うよ。やりたいことは、思い立った時にやるのが1番だしね」
父も立ち上がり、右肩に手を置く。
ひなは驚いた顔をしてパッと顔をあげた。
目の前には優しく微笑む両親がいた。
堪えていた涙が一気に溢れ出す。
「ママ…パパ…うぅっ…ありがとう〜っ!」
わーんと泣きながら駆け寄ってくる娘を、両親は優しく抱きしめた。
「ひな…ひな、絶対絶対合格するからね!」
二人の腕の中で、ひなはそう誓ったのだった。