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THE 抱きしめるズ / ラブレター

2016.11.03 13:03

今日も聴こえる。

おかえりなさいの代わりに、心地いい音楽が仕事を終えた私を迎えてくれる。

そのことに気づいたのは、私じゃなく元彼だった。

「何この音」

私の部屋へ向かう途中、どこからか音楽が漏れてきていた。時刻はもうすぐ20時、目覚ましにはまだ早い。

「部屋で大音量で聞いているのかな、迷惑だよね」

優しい元彼は私にそう言ってくれた。

そうだね、とは言ったが、本当は私は迷惑とは思っていなかった。

知らない曲だったけどすごく好きな感じの音楽で、不思議と心が安らいだ。違和感というものが去り、ずっと前から好きな曲だったような気さえした。


その曲は思いの外私のツボに入ったらしく、暫く私の脳内トップチャートの上位に居続けた。

私はふと思い出してはその音源を探そうとしたが、見つけることは出来なかった。




それから何日かして、再び音楽が漏れている時があった。

以前とは違う曲だがやはり耳馴染みのいい歌だった。

耳をそばだててその音の主を探った。

どの部屋から漏れてるのか突き止め、こう言ってやりたかった。

その歌が好きなので、音源をください。

野良猫に心配されるまでそうしていたが、ついに部屋は分からなかった。


諦めた私は、その突然の歌のプレゼントを楽しみに帰るようになった。意識してみると、ほぼ毎日それは聞こえてきた。

言い回しや使用楽器が特徴的なため、歌のジャンルはだいたい絞れてきた。

まだ流れてきたことはないが、きっとこの音の主は抱きしめるズあたりが好きなのだろう。

またごく稀に音の主自身が歌っていることもあった。

相変わらず知らない曲だったが、その歌声はお世辞抜きに上手かった。




帰省から帰ってくると、その音がパタリと止んでしまっていた。

幾日待っても、以前のあの音楽が流れてこない。私がどんなに疲れて帰って知らんぷりで、私は酷く落ち込んだ。

部屋には似た音楽が沢山集まっていたが、それらを聴いても私の悲しみが埋まることはなく、心が欠けたまま、また朝が来た。


私は自棄になり、集めたCDを窓から投げ捨てた。カラカラと音を立ててマンションの駐輪場に散らばった。幸い通りがかった人はいなかったようだった。


面白みのない一日を過ごし帰ると、流石に多少の後ろめたさを感じていた私は駐輪場に向かった。しかしCDは無く、誰かが片付けた後だった。

全くどうかしている。これであの音楽だけじゃなく、その代替品も失ってしまった。




きみがいてくれるなら、この世界がぶっ壊れても構わない


すぐ後ろの公園のベンチの辺りから聴こえてくる。

一言一言確かめるように、私の落書きの入った歌詞カードをささやかに読み上げていく。

ずっと待ち焦がれた、あの声で。

彼の脇には、私が投げたCDが積み上げられ、彼はそれを一つ一つウォークマンで聞いていた。

反対側には、1枚の白いCD-ROMがあった。

私はそれが欲しいと思った。

なんと言えば貰えるか、分からないまま言葉が口をついて出た。

 

 

 

あなたの歌が好きなので、そのCDをください。