恩讐を越えて 2016.11.05 07:59 その除幕式は この挨拶で始まった 会津藩にとって 長州は決して許すことの出来ない 仇でありその怨念は いまだに 受け継がれております 戊辰戦争(奥羽 北越戦争)鶴ヶ城が落城白虎隊は 飯盛山で集団自決でも一人だけ 急所を外し生き返った人物が居たその人物の名は 飯沼貞吉 14歳 会津攻め先鋒軍中隊長だった長州藩士 楢崎頼三は 飯沼貞吉を長州に連れ帰り何度も 自決しようとする彼を日本人として 結束する事の大切さを諭し現在の美祢市の 高見家に 彼を養育させた成長した飯沼貞吉は 日本陸軍技術部総督として日清戦争に出征77歳で生涯を終えたこの話は つい最近になって飯沼家の子孫達の 知るところとなった そして除幕式は この言葉で締めくくられた今日 飯沼家があるのもその時の この地での営みのおかげ歴史を遡って 心より御礼申し上げますこの碑には過去の恩讐に 拘るのではなく恩愛の絆によって新しい道を 切り開いて行く と言う普遍的な 願いが込められています 自分は 2014年に 会津に立寄った時鉄筋コンクリート造りになった鶴ヶ城を見てとても 後ろめたく申し訳なく感じたものでした