この夏、「第七の大陸」実在の証拠が掘削される可能性
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/52335 【この夏、「第七の大陸」実在の証拠が掘削される可能性】 より
海底地質学者が真面目に語る 佐野 貴司地質学者 プロフィール
海に沈んだ大陸の伝説。人々を魅了してやまないこのテーマに今年、新たな結論が出ようとしているのをご存知か。発売されたばかりの注目の書・『海に沈んだ大陸の謎』の著者である佐野貴司博士が、「第七の大陸」の可能性を徹底解説!
伝説の「ムー大陸」と「アトランティス大陸」
「ムー大陸伝説」を、一度は耳にしたことがあるだろう。
地球に存在する大陸は、ユーラシア、北アメリカ、南アメリカ、アフリカ、オーストラリア、そして南極の6つだ。もしムー大陸が存在したのならば、これは海に沈んだ「第七の大陸」と呼べる。
だがじつは、海に沈んだ「第七の大陸」の候補は、ムーだけではない。地質学者の間では、かつて太平洋に存在したといわれる「パシフィカ大陸」や、94%が海の下にある「ジーランディア大陸」が注目を集め、実際に研究対象となってきた。海底地質の研究に携わる立場から、こうした「第七の大陸」を科学者たちが研究した結果、これまでにどのような成果が得られたかをご紹介しよう。
作家のジェームズ・チャーチワードは1931年に出版した『失われたムー大陸』という著書の中で、太平洋に沈んだ「ムー大陸」と、大西洋に沈んだ「アトランティス大陸」の伝説を紹介している。
2つの大陸には高度な文明が栄えたが、約1万2000年前に大陥没が起き、大洪水に飲まれて海へと消えたというのである。とくにムー大陸は広大だったとされ、太平洋の面積の半分以上を占めていたそうだ(図1)。
ムー大陸の概要チャーチワードの紹介したムー大陸とアトランティス大陸の想像図(チャーチワードの図を簡略化)
46億年間もの地球の歴史を扱う地質学の世界では、「1万2000年前」といえば「つい最近のこと」と受け止められる。10億年前の出来事を調べるのにくらべれば、1万2000年前の出来事を地質学的に検証するのは簡単だ。海底の地層を調べ、海に沈んだ大陸の痕跡を検出すればいい。
ただ、その検証のためには、「大陸」と通常の「海洋底」との違いを知っていなければならない。さらに、大陥没によりつくられる地層についての知識も必要となる。
「大陸」の特徴をひと言で表現すると「複雑」だ。一方の「海洋底」は「単純」だといえる。
海洋底の大部分は、玄武岩のみからできていて均質なのに対し、大陸は花崗岩、角閃岩、グラニュライトなどのさまざまな岩石が、複雑に積み重なった土台からつくられている。
もしムー大陸のように広大な大陸が陥没したのならば、複雑な土台がバラバラに割れて海底へ落ち込んだ地層が確認されるはずだ。
では、ムー大陸やアトランティス大陸があったとされる場所に、そうした痕跡はあるのだろうか? 残念ながら、いまのところ太平洋にも大西洋にも、大陸が大陥没してつくられた地層は発見されていない。ところが、「第七の大陸」を探す旅は、ここでは終わらないのだ。
地質学者を魅了した「パシフィカ大陸」
約1万2000年間という「つい最近」陥没した大陸は見つかっていないが、1億年以上前に目を向ければ、大陸が沈んでなくなったことは、実際にありえる話だ。
事実、海に沈んだ大陸を連想させる地形は、世界中の海底に存在する。これは「巨大海台」と呼ばれるもので、太平洋にとくに多く分布している。
巨大海台のひとつが、日本から約1500km東の太平洋に存在するシャツキー海台だ。
これは日本の国土とほぼ同じ面積を持つ台地で、もとは1億5000万~1億3000万年前の大規模噴火によってつくられた超巨大火山。最近の地質調査により、このシャツキー海台は、1億年以上前には海面から頭を出した「陸」であったことが明らかになってきた。
「シャツキー海台などの太平洋に散在する巨大海台は、もともとはすべて一ヵ所に集まって大陸を形成していた」と提案した地質学者らがいる。スタンフォード大学(アメリカ)のヌル教授とベン・アブラハム教授である。
彼らは1977年に、『失われたパシフィカ大陸』というタイトルの論文をイギリスの著名な科学雑誌に掲載した。タイトルはチャーチワードの『失われたムー大陸』にちなんだものだ。この説は多くの地質学者を魅了し、1980年代以降、パシフィカ大陸の存在を検証する研究がおこなわれてきた。
しかし、プレートテクトニクス理論にもとづく検証の結果、ヌル教授らの説は残念ながら否定されている。どういうシナリオを考えても、すべての巨大海台が都合よく一ヵ所に集まってはくれなかったのだ。
たとえばシャツキー海台は、ほかのおもな巨大海台よりもかなり早い時期に形成されていた。そのため、ほかの巨大海台が形成された時代には、プレート運動に伴い北半球へと移動していたらしい。このことから、すくなくとも、シャツキー海台がパシフィカ大陸の一部ではないことは明らかなのだ。
間もなく結論!?「 ジーランディア」が第七の大陸?
シャッキー海台を含むパシフィカ大陸説は否定された。だが実は、南半球に分布する4つの巨大海台、ロードハウ、ノーフォーク、キャンベル、チャタムが、かつてひとつの大地を形成し、海面から頭を出した「大陸」であった可能性はいまも否定されていない。
そして、ニュージーランドとこれらの4つの巨大海台を合わせた地域は「ジーランディア」と名づけられ、地質学の世界では「第七の大陸」とみなされるようになってきた(図2)。ジーランディアは、大陸であるにもかかわらず、その面積の94%が海面下という、変わった特徴を持つ。
ジーランディア面積の94%が海面下にある変わった大陸、ジーランディア(マシューズらの図を簡略化)
ジーランディアが大陸である証拠のひとつとして、海台の複数の地点(図2の白丸)から花崗岩が採取されたことがあげられる。花崗岩は大陸に特徴的な岩石なのだ。
さらにジーランディアが、長い年月をかけて「沈んだ」可能性も示唆されている。つまり、かつては全体が海面から頭を出した、通常の意味での「大陸」であったかもしれないということだ。
ジーランディアが本当に海面から頭を出していたかを調べる最もよい方法は、海底を掘削して地層を採取することだ。採取した地層を調べれば、大陸沈降の歴史を明らかにできる可能性が高い。
じつは、日本、オーストラリア、アメリカが主導して、2017年7月下旬からジーランディアを掘削する予定がある。この掘削の成果によっては、ジーランディアが「沈んだ第七の大陸」と言えるかどうかの結論が出るはず。結果が楽しみだ。
大陸沈没を超える天変地異
それにしても、なぜ、人は「消えた大陸」に興味を持つのだろうか。
おそらくそれは、大陸が沈没して巨大津波が襲うという、巨大災害への関心からだろう。
じつは、長い地球の歴史において大陸沈没を超える天変地異が幾度となく起きている。その原因は「巨大隕石の落下」と「超巨大火山の噴火」だ。どちらも生物の大量絶滅を引き起こしたらしい。
生物の大量絶滅の中で最も有名なのが、約6600万年前の白亜紀の終わりだろう。それまで地表の支配者として君臨した恐竜や、海に繁栄したアンモナイトが突如として消えてしまったからである。
この大量絶滅の原因として最も有力視されているのが、巨大隕石の落下だ。メキシコのユカタン半島付近に直径10kmもの隕石が衝突した結果、大量の塵が発生して地球を覆い、太陽光を遮断して寒冷化を引き起こしたと考えられている。
この説は、隕石に多く含まれる(そして、地球表層の岩石には、ほとんど含まれない)イリジウムという元素が、世界中の白亜紀末の地層から検出されたという事実にもとづき提案された。
ところが、約6600万年前には超巨大火山の噴火も起きている。インド半島を広く覆っている大量の溶岩は、このときに噴出したものだ。
この噴火により大気中へ放出された火山ガスには、水銀などの生物にとって有害な物質も含まれていたらしい。そのため、絶滅には超巨大火山の噴火も影響している、と主張する研究者もいる。
このように隕石衝突説と火山噴火説の主張は食い違うが、どちらの天変地異にも全地球規模で生物の大量絶滅を引き起こすだけの力がある。まだ詳細な研究は進んでいないが、白亜紀末以外にも大量絶滅が記録されている地層は数多く存在する。今後、これらの地層が丹念に調べられ、地球に起きた天変地異の様子が明らかになっていくはずだ。
激動の地球史を明らかにする地質学
多くの人にとって地質学はなじみがなく、地味なイメージだろう。しかし、大陸沈没や大量絶滅といった激動の地球史を明らかにする科学こそ、地質学だ。
このたび上梓した『海に沈んだ大陸の謎 最新科学が解き明かす激動の地球史』(講談社ブルーバックス)では、そんな地質学の魅力をお伝えするべく、「海に沈んだ大陸」について科学的に検証しながら、大陸に関する地質学的な知識をわかりやすく解説してみた。
さらに、大陸沈没を超える天変地異を起こした超巨大火山の噴火や巨大隕石の衝突について、生物の大量絶滅をめぐるさまざまな議論を紹介している。
地質学は古くからある学問だが、海底の掘削技術の向上によって、いままで手に入らなかった岩石試料を得られるようになり、近年大きな進歩を見せている。岩石の中の小さな鉱物に、ごく微量含まれる元素を分析できるようになったことも大きい。「失われた大陸」についての画期的な成果が、この夏の掘削で出るかもしれないことは上でも述べたが、今後、世界中の地質学者がおもしろい成果を報告してくれるはずだ。
地質学はいま、もっとも目が離せない学問のひとつだと言っていいだろう。