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私にとってのコーチング 

2021.03.16 15:33

今日からコーチングを受け始めた。


なぜコーチング??について

今自分が思うことを書きたい。


何でやっているのか、わからなくなったときはここに帰ってきたい。


コーチングをしてくれるコーチのみげるさんのnoteはこちら↓


なぜコーチングなのか?

「心と向き合って、それを外に出す」という機会をあえて作るため。


もともと自分が自分のことを知ることだったり、誰かと分かち合うということから逃げるクセがあるから。



外に出す=発信する

     心を言葉にする

     誰かに伝える


その先に…


1人の世界から抜け出す

自分から繋がりにいく

ような自分の姿のイメージがある。



(LDS オンライン8期Forum 全体発表にて)


「これは言うのやめておこう」



この声は人と話す時に必ず隣にいる。


なぜならそれによって相手が傷ついて、結果的に自分が傷つくのが怖いから。嫌われるのも怖い。人が離れていく。



・どうせ1人になるなら…

・悲しくて寂しくなるなら何もしない

・在るものはなくなってしまう

              という声。



この声が過去の経験と繋がるものもあるけど、つながらないものもある。


この声を聞いて、そんな思いはしたくないから、1人の世界を自分で作り出していくイメージ。自分という1つの個体に膜が張っていく感じ。


だから、

・自分は1人なんだと思い込む

・誰も信用できないような気分になる

・踏み込んだコミュニケーションをしない

・当たり障りないかんじを醸し出す

このような思い込みや行動がクセになっている。


こんなクセを持ってた私だけど、

LDSに入った理由の一つとして、



「想いを分かち合い、共に生きる喜びを感じられる」

ようなコミュニケーションがそこにはあって、

「怖いけど、めっちゃ素敵」
「自分の理想の世界がここにある」

って直感的に思ったから。



この直感が

「一人じゃない世界は怖いし、避けてはいるけど、私はこれを望んでいるよ」

という

もう一人の自分からのメッセージのような気もして、忘れられない。


LDSに入ってから、

心の深くに感じていることを共有するコミュニケーションにだいぶ抵抗は無くなったし、


自分が今「不安と恐怖」の世界にいるということも認識できるようになって、


じゃあ自分はどうしたいの?って自分の心に聞くことができるようになってきた。



でも

環境って怖いもので、そんな場所があって、仲間がいたからできていたんだなっていうことはLDSを終えてつくづく思う。


環境のせいにしてるけど、

本当に環境って大事だって感じる。

元々、潜在的に苦手で、できればしたくないことってやらないもんね…


特に私は何かあるとそこから逃避するクセがすごくて、自分でもびっくりするくらいブレーキがかかる時もある。


そのクセから逃げないためにも


あえて

心を言葉にする
誰かに伝える

という環境をつくることで、


一人の世界にいがちな自分を自分でそこから出してあげる。

不安や恐怖の世界にいる自分に
「大丈夫だよ」って声をかけてあげる。


こんなイメージ感のためにコーチングを受けている。


今の自分はこんな感じ。