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サンカ(山窩)を考える

2018.03.17 07:36

http://www.kumanolife.com/History/kenshi1.html#Anchoryoshitume 【サンカ(山窩)を考える】より抜粋

義経サンカ説

テレビを観ていたら歴史番組で義経のことをやっていました。しかし、なぜ義経が異種異形といわれた人たちを味方につけ、腹違いの兄である頼朝に追われる身になったかを納得できる内容ではありませんでした。そこで義経サンカ(系)説を書くことにしました。 義経にサンカの血が流れ、又、義経を支えた人たちが極めてサンカに近い人たちであったことは、サンカマニア(贔屓)でなくても、「義経記」を少しでも知っている方には充分理解して頂ける話しだと思います。義経の生母は常盤御前で、傀儡(サンカ系)でもとは遊女であったといわれ、頼朝の父である義朝の妾となり義経を生んでいます。そして間もなく平治の乱により源義朝が平清盛に破れて逃れた時に、常盤御前とその幼子たちは置き去りにされています。それは常盤御前が卑しい身分であったからではとの話しもあります。置き去りにされた常盤御前は幼子三人を連れて逃げおおせますが、結局は清盛に捕らえられ、子供たちを出家させるという条件で清盛の妾となり殺害を免れることになりました。(常盤御前は大変な美女であったといわれています)その後、牛若丸(義経)は四歳まで母のもとに育ち、七歳頃から鞍馬寺で修行し、鞍馬寺の後継者となるところでありましたが、武芸の師ともいえる鞍馬天狗(これぞサンカであり修験道者)があらわれて、サンカ(忍者)の軽身の術等を教えられることになります。それからは御存じの通 り、弁慶や金売吉次等のサンカ(山の民)と思しき者等を味方につけて活躍をすることになります。又、恋人の静御前は白拍子であり、静御前の母はサンカの本拠地である丹波の生まれであり、歌と舞いにすぐれた人であったとされていることから、静御前もサンカではなかったかと思われます。その他にも歴史上の人物でサンカ系の人は大勢いたと思われますが、例えば同じように母親がサンカといわれる徳川吉宗や父の代まで瀬降りをしていたと伝承される豊臣秀吉や祖父位 がサンカだと思しき徳川家康、そのものずばりサンカの親分のような楠正成などが思いつきますが、そんなことは決して表の歴史には出てこないのが、この国のタブーといいますか、不思議なところであります。近代になってからも、この国を代表する人たちの中にサンカ系の人が大勢いるのだと思いますが、(なんとなく知っていたりしますが)決してそんなことは表に出ないし出せないところにサンカというもが、この国の最後の隠し玉 のような気をさせたりします。なんだか書いている自分でも、何を書きたいのよく分かりませんです。 参考文献『義経と山の民の陰謀』佐治芳彦著

サンカと楊水尺・白丁

朝鮮半島にはサンカと同じように竹細工を作り漂泊の生活を営んでいた楊水尺・白丁(ペクチョン)と呼ばれる人たちがいる(いた?)そうで、そのルーツを辿ると中国や場合によってはインドまで遡れるのだそうです。そのことから傀儡子やサンカのルーツを朝鮮半島・中国、さらにインドにまで求める研究家がいるようです。例えば喜田貞吉博士は今西龍博士の『朝鮮白丁考』を読み、「傀儡子記に見えるクグツ、クグツの婦女より出る遊女および大正時代にはまだ所在の山地に漂泊生活を営んでいたサンカ(山窩)が、古く有史時代以前に日本に渡来してきた白丁族ではなかろうかという意見を『朝鮮の白丁と我が傀儡子』にて発表しています。また隼人族のルーツを白丁(ペクチョン)とする意見もあり、サンカのルーツを隼人族に求める研究家もいます。そこでかねてから疑問に思っていたことに、自分自身ではサンカを始めとした被差別 民のルーツを縄文に求めたい思いがあり、その反面大陸からの影響も感じるという矛盾したものがありました。もっとも、この国は中国、朝鮮半島にあった国家の植民地としてか、または 亡命してきた人たちによって成立し支配されてきたということを考えると、やはり大陸からやってきた人たちに追いやられ賎視された原住民・先住民の人たちがサンカを始めとした被差別 民のルーツと考えても良いと思います。柳田国男氏も被差別民の民俗は、日本列島の文化の古層に属する重要な残留物を表示していると重要な指摘していることからもルーツを縄文に求めても良い気がします。では中国・朝鮮半島の楊水尺・白丁と呼ばれた人たちとサンカとの間に何の関係もなかったかというと、やはり彼等もルーツの一つではなかったのかとも思うのです。そして彼等、楊水尺・白丁のルーツもまた縄文(もしくは古い層の人間)に繋がるように思うのです。以前掲示板にて、【隼人族の理解を困難にしているのは、薩摩の隼人族とは別 系統の隼人族の存在ではないでしょうか。例えば白丁隼人は白丁をさしていると考えられます。白丁とは韓国の被差別 民で、日本でいう山窩のような存在なのだそうです。高麗時代に「我々も倭人である」として契丹軍と共に、高麗と戦ったと言われていますので、ますます混乱します。】との書き込みがありましたが、彼等に縄文の末裔としての意識があれば、縄文の国であるこの国の人間だとの思いも納得できる話しだと思います。そもそも縄文時代には国境などなく、中国大陸や朝鮮半島にも縄文人がいたと考えるのが自然なことであり、縄文をルーツに持つ楊水尺・白丁が大陸から渡来し、この国の縄文の末裔と融合したとしてもごく自然なことだと思います。倭寇には、済州島などを含む現地勢力の参加もあり、 半島の住民、「禾尺」「白丁」と呼ばれる賤民階層が 参加していたという研究も増えてきているとのことです。古い層の人たちは、例えばヨーロッパにおけるケルト(アイリッシュ)もそうですが、自然と共に生きることを尊んだり芸能に長けていたり(ビートルズもアイリッシュ系です)排他的でないなど共通 したものがあります。ここでは詳しくは書きませんが、両親が在日である某歌手がサンカに惹かれ、またサンカの末裔を強く意識したTさんを始めとした人達が、その歌手の歌に惹かれサンカの世界をイメージしても不思議ではないのかも知れません。それは大陸から渡ってきた一部(古代は一部だけど近代は多数の気がしますが)の人たちと日本の縄文系の人たちは同じルーツを持つ遺伝子学的にも民族(民俗)学的にも近い人たちのような気がするからです。また日本において頑に諸々の差別 をする人たちと韓国や中国において頑に日本を嫌う人たちも遺伝子学的にも民族(民俗)学的にも近い人たちのような気がするのです。入院中のストレスにより少し暴走してしまいました。  参考資料 【遺伝子・DNAから日本人のルーツを考える】

サンカと縄文スピリット

少し前までのこの国の歴史は、せいぜい弥生時代か、大陸から稲作などの文明が入ってきた頃からが始まりであるかのようなとらえかたをしていたように思います。弥生時代の前には一万年も続いた縄文時代がありながら、まるで故意に縄文を封印しようとしているかのように、野蛮で薄っぺらな文明しかなかったように思い込まされてきました。日本各地に残る謎の巨石遺跡や、最近になって発掘され始めた縄文時代の遺跡などにより、決して縄文時代が野蛮な時代ではなく、高度な精神性を持った豊かな時代であったことが知られるようになってきました。その縄文の精神を頑なに継承してきたのがサンカではなかったのかと考えています。勿論、縄文人がそのままサンカとなったということではなく、精神を受け継いだということです。参照【サンカの源流と起源】さて、その精神とは如何なるものだったのでしょうか。まず第一にいえることは、自然と人とを差別 し、人を奴隷として使役し、この国の支配者となった渡来者集団に対して服従しなかったことであり、そのために土蜘蛛、国栖、後に蝦夷などと蔑まれ、また畏れられてもきたということです。「夷をもって夷を征す」とは、自らの手を汚さず、上手く懐柔した縄文系(蝦夷と彼らと融合した渡来系の人たち)の成り上がりを利用して、支配体制を維持しようとした渡来者集団の人たちが考えたものでした。渡来者集団の巧妙な手段により、自分たちを追いやったのに服従して体制に組み込まれたり、また俘囚となった縄文系の人たちが大勢いたことだと思います。そんな中でサンカと呼ばれた人たちが最後まで縄文の魂を守り、独自の生き方を貫いてきた人たちだと思います。服従した縄文系の人たちもサンカを差別 してきたのは、服従してしまったことへのコンプレックスと憧れにもにた嫉妬心によるもののような気がします。(悪く言えば奴隷根性でしょうか)それは差別 されながらも、この国の人気者(歴史上の人物から芸能人まで)と呼ばれる人の多くがサンカを始めとした被差別 民から出ているということに現れているように思います。話しが少し脱線してしましました。その縄文の精神ですが、自然と共に生きることであり、自然の声を聞き、自分の魂の声を聞き、自分が何をしたいのか、何をすれば細胞の一つ一つが喜ぶのかを知り、それを自分で決めて、自分の責任で行動できる精神だと思います。まさにサンカのいうメンメシノギの生き方であり中央集権国家にとって都合の悪い生き方でもあります。参照【サンカの組織性】それに対して服従してしまった者の精神とは、自然からの声を遮断し、うちなる魂の声を無視し(それに従うのが怖いから)、上の者が決めてくれたことや大勢の人がやっていることしか安心して行動できないというものです。今地球に求められているのは、人や自然を差別 し、自分の行動に責任を持てない無責任な人たちではなく、自然の声を聞き、自分の責任を自覚し、環境のことや弱者のことを考えて行動できる人たちなのです。そのような人たちの群れない繋がりが地球を救うことになるような気がします。