ア-キア(古細菌)が作る南関東のガス田
東京都や千葉県、埼玉県、神奈川県、茨城県などの南関東にお住まいの方は、油田ならぬガス田の上で暮らしていることを御存じでしょうか。図に示したように、一都四県にまたがってメタンガスを埋蔵した南関東ガス田が地下に広がっています(図はウイキペデイアより)。実際、地下から噴出したメタンガスによって、千葉県では時々爆発事故が起きていますし、少し前には東京の北区や渋谷区でも死傷者が出る爆発事故が起きました。大げさに言えば、首都圏の住民は、メタンガスという地雷の上で生活していることになります。
現在、都市ガス(例えば東京ガス、大阪ガス)のほとんどは、輸入した液化天然ガス(LNG)から作られています(メタンガス約90%、エタンガス約5%)。一方、この南関東ガス田由来のメタンガスは、都市ガスとして現在千葉県の約55万もの世帯で使われています。東京の江東区、江戸川区でもかつてはメタンガスの採掘が行われていましたが、地盤沈下により1972年に禁止されました。南関東ガス田のメタンガスは、水溶性ガスとして存在しているため、地下水と共に採取されていたからです。
では一体どのようにしてこのメタンガスはできたのでしょうか。近年の研究により、海底下での地下生命圏の状態や微生物が関与するメタン生成機構が急速に明らかになってきました。最近、国立研究開発法人海洋研究開発機構、信州大学大学院、東京大学大気海洋研究所などの研究者達は、南関東一帯に分布する南関東ガス田から採取された試料を分析し、深部水層に棲息する古細菌(アーキア)が、今もメタンを生成し続けていることを明らかにしました。
古細菌(ア-キア)は、通常の生命体が生きられないような過酷な環境、たとえば高熱の温泉、深海の熱水噴出口、酸性やアルカリ性の湖、高塩濃度などの場所で生息できる特殊な構造、機能を持っており、メタン生成菌、高度好塩菌、好熱菌など100種類以上が知られています。通常の細菌(たとえば大腸菌や肺炎球菌など)は、真正細菌と呼ばれる原核生物(核構造がない)ですが、古細菌(ア-キア)は原核生物でありながら、動植物細胞や真菌などの真核生物(核構造を持つ)に近い生物であり、第3の独立した生物群として扱われています。
研究では、メタン生成古細菌(アーキア)だけが持つ機能性分子(補酵素F430)の定量的な有機分析と遺伝子解析を行うことで、深部地下水の中に棲息するメタン生成古細菌(アーキア)の存在量を評価しました。その結果、千葉県茂原市の調査地点の深部地下水層には、メタン生成古細菌(アーキア)だけが持つ機能性分子(補酵素F430)が高濃度含まれていることが明らかになりました。また、RNA遺伝子の解析を行った結果、メタノミクロビウム目などに属するメタン生成古細菌(アーキア)が存在し、高いメタン生成活性を有することも明らかにしました。
このように南関東ガス田のメタンガスは、約300~40万年前の海底堆積物でできた地層の有機物が、メタン生成古細菌(アーキア)よって分解されたものと思われます。埋蔵量は少なくとも600年はあるそうです。(by Mashi)
・一茶坊に過ぎたるものや炭一俵(小林一茶)
都市ガス(メタンガス)のなかった時代、炭は重要な熱源。自分には過分だが、一俵の炭があれば厳しい信濃の冬も越せる。
参考文献:Atsushi Urai et al., Origin of Deep Methane Associated with a Unique Community of Microorganisms in an Organic- and Iodine-Rich Aquifer. ACS Earth Space Chem. (2021) https://doi.org/10.1021/acsearthspacechem.0c00204