「日曜小説」 マンホールの中で 4 第二章 1
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第二章 1
「まさかこんなところに、こんな都市があったなんて」
戸田は、それ以上の言葉を繋ぐことができなかった。マンホールを抜けた先に、まさか都市があり、多くの人がその中で暮らしているなどとは全く思わなかったのである。まさに「地底都市」である。
「ようこそ、鼠の国へ」
「あ、あなたは」
「はい、時田です。東山の所ではお世話になりました」
先頭に出てきた時田は恭しく頭を下げた。
「すごいですね。ここは何ですか」
小林婆は、息子が口を開きそうになったので、慌てて失礼の無いように自分が先に口を開いた。
時田は、皆を鼠の国の入り口の建物、なんと三階建てのホテルのような建物の一階にある広めの応接室のようなところに案内をするために、歩きながらゆっくりと口を開いた。
「いやいや、もうこの時代だからお話ししますが、昔、私の祖父の時代、この日本には戦争がありまして、御多分に漏れずこの町にも空襲を避けるための防空壕のような所ができたのです。ちょうど、この町の川の下流には小さいながらも海軍の補給基地があり、ここがその上流に当たることから、戦争中早くからこの町には秘密の資源倉庫や武器倉庫ができていたのです。」
「はいはい、結婚してここに来た時に、義理の父にそのような話を聞いたことがあります」
小林は、そのような相槌を打った。しかし、戸田や斎藤、ましてや次郎吉にとっても全く初めての話である。このようなことまで話すことができるのかと、意外と驚いていた。善之助だけは、目が見えないので、斎藤と戸田に手を取られながら、場違いなほどの落ち着きを払って歩いていた。
「戦争も終盤になりまして、陸軍の偉い人が東山少将という人をこの地に派遣しました。歴史に詳しくない人も御存じのように、戦争も末期になれば、既に空襲があり、それに対抗するために海軍は必死の抵抗を繰り返していましたが、それでも力叶わず、若者が飛行機に乗って体当たり攻撃をしていたころでございます。敵軍がいつ上陸してくるかわからず、当時の日本の軍部は日本の本土を戦場とし、国土を要塞化して迎え撃つことを考えていたのです。東山少将は、この地区の責任者であったので、この街の地下に眠る地下補給倉庫に目を付け、近に要塞を気付き、街の機能そのものを地下に引越しし、軍や戦う人、まあ、変な言い方ですが、実際は男性は皆戦うという前提でしたから、一部の町を守る人々以外はすべて軍隊の訓練を受けていなくても戦うことになっていたようですが、その人々は別な要塞化したところに入り、一方で、街の人々は分散して非難しながら、その都市機能、病院や学校、工場、商店といったものを全てこの地下に築き上げたのです。たまたま私の祖父が、この地の小学校の校長をしていたことから、小学校の卒業生を組織し、この地の掘削や都市計画を行い、小林さんのおじいさまは、非難する人々の分散した避難所、そして郷田さん、今はちょっと街の嫌われ者をしていますが、その郷田さんの曾祖父に当たる方が、街の顔役として、軍が立てこもる要塞を作っていたのです」
「そうだったのか。それが、時田・小林・郷田という三人の東山少将の部下ということになるのか」
善之助は、ため息交じりに言った。なぜ時田・小林・郷田の三人なのか、などもこれでやっと氷解したのである。次郎吉にしてみれば、何故、郷田が「ピンクの煙」について資料を持っていたのかもなんとなく分かった。要するに軍の機密に関しては、軍隊の要塞を作っていた郷田が、その機密文書の場所を知っていることから、最もよくわかるような形になっていたのである。
「それで、三つの宝石が無ければ資金が出てこないようになっていたのですね」
東山資金という、都市伝説にまでなった資金や武器、食糧倉庫を、この人々が皆で探し出し、そしてそこに郷田やその手下の正木が入ってきて、混乱をした。そのときに洞窟を壊して何とか逃げたが、時田はこの都市機能を作るときに、その資金や隠れ家からの地下の迷宮を知っていたということになる。
要するに、この町に地下の全体像は、三人が集まらなければ解明できないし、また、最後の資源や資金の隠し場所であった朝日岳は、東山少将が連れてきた軍人が最後に造ったので、三人が集まっても全てをわかるわけではなかったのだ。
「何でそんなようにしたのだろうな」
善之助は、そのように疑問を呈した。
「善之助さん。私みたいにその地下都市を引き継いでみるとわかるのですが、いくら信用している部下でも、いざ、命の危機、目の前に敵が迫っているというような状況になった場合は、いつ裏切るかわかりません。当時敵国を目の前にした日本人が裏切るとは考えなかったと思いますが、どこか一角が崩れて、敵の手に落ち、捕虜となって内容を話してしまった場合は、全体が崩れてしまうでしょう。当時の東山少将は、情報機関、当時の特務機関のエリートであったと聞きますから、そのような情報の混乱を起こさないように、最後の手段は自分一人が見えているようにし、そして権限を分散して、全てを形にしていたのではないでしょうか」
「なるほど、裏切りとまではいわないまでも、何かあって機密が漏れた場合の話ということであれば、なんとなく納得ができますな」
「そうですね」
応接セットの前には温かいお茶が運ばれてきた。一緒に来た他の老人会の人々は、同じ建物の二階や三階に部屋を与えられて、そちらに案内されているようである。
「ですから、ここは、水も電気も、戦時中くらいつまり70年前の生活に戻ってしまうかもしれませんが、数週間ここで生活するくらいの食料などもすべてそろっていますので、贅沢はできませんが・・・。」
「いやいや、そもそもここは、今何に使っているのですか」
斎藤が、普通に聞いた。もちろん、次郎吉などは知っているが、突然ゾンビが出たなどといわれ、何だかわからずに地下の要塞に避難させられた人々にとっては、この場所が何だか全くわからないというのは当然である。
「ここは、今は鼠の国といいまして、様々な事情で日の当たるところに住むことができなかったり、または太陽がまぶしすぎると感じたり、そんな人々のために住む場所、安心して自分の居場所として使っていただけるような場所として、東山氏と私の祖父が作り出したこの場所を有効利用させていただいているということです。」
「日の当たるところに住むことのできない人ですか」
「はい、もちろん犯罪をして逃げている人ということもいるかもしれません。しかし、保証人をして本人は悪くないのに、 借金に追われてしまっている人、家庭内暴力で帰ることができない人、ストーカーに追われて安心して暮らすことのできない人、そのような被害者もいます。それに、昔は犯罪を犯しましたが、罪を償ったのに、昔のイメージが残ってしまって働く場所がない人、そんな人も、今は何もないのに、太陽がまぶしすぎると感じるようです。そのような人々をここに来ていただき、そして仕事などを与えて働いていただく、そんな感じでしょうか。もちろん、あまり広く言ってしまえば、ここの定員を超えてしまいますので、口コミで噂を聞き、ご縁のあった人だけというように限定していますので、広く知られることはあまりないかもしれません」
「なるほど」
「今回は、外の世界がおかしくなってしまったということなので、今までこの鼠の国で世話になった人々が、この地下の町を守ってくれるということになっております。皆さんは、大変失礼ながら逃げ足も遅しですし、市役所や警察も対策が後回しになってしまいますので、普段は公開しない鼠の国の一部を、皆さんにだけはお知らせし、一時的に非難していただいたということにさせていただきました。」
時田は、まるでこのようになることを予測し、そして何回も練習したかのように話をしていた。
「ところで、外の世界はどうなっているのかな」
善之助は当然の疑問を投げかけた。時田は頷くと、近くのボタンを押した。壁の一部が自動で開き、そこに9画面に分割された街の防犯カメラと思われる映像が見えた。6箇所の画面は、今までと全く同じ町の様子が映し出されていたが、中の三か所のカメラは、人が人を襲い、ちょうど、暴走族の幸宏が幸三を襲ったときのような悲惨な内容が繰り広げられていた。
「何だあれば」
「警察がジェラルミンの盾で防いでいるではないか」
「それにしても、本当にゾンビ映画みたいだ」
そこにいる人々は口々に言った。
そして一つの画面には、ただ動かなくなった死体だけが移されていた。
「あれは、幸宏」
その画面の端の方に、全く動かなくなった幸宏を見つけた次郎吉は、呻くように言った。
「あまり見ない方がよさそうですね」
次郎吉だけではなく、まるで映画を見ているような顔を見せた人々の表情を確認すると、時田はもう一度ボタンを押して、画面を隠した。
「ここはあのようにならないようにしますので、ご安心を。少しお休みください」
時田はそういうと、次郎吉を呼び出して部屋の外に出て行った」