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Pink Rebooorn Story

第3章 その3:「投与前日」

2016.11.10 10:55




 抗がん剤投与前日、その日は、ランチに「丸亀製麺」でうどんを食べた。これまでいろいろなことがあったけれど、ようやく「治療」といえる段階までたどり着いた。意外と冷静にこれから病院へ行くことを受け止めていた私は、釜揚げうどんを全部美味しくいただいた。

が会社を休み、付き添いできてくれた。




 夫はいつもと変わらなかった。病院に着いたとたん、「少し時間があるからコーヒーショップへ行こう」と言い、大好物の甘いコーヒーを美味しそうに飲んでいた。

 こうして付き添ってくれる夫は、心からありがたい存在だった。ついでに入院手続きも夫がサクッと済ませてくれて、ありがたいやら情けないやら…夫がいなくなったら、果たして生きていけるのだろうか、私。




 いよいよ明日、投与第一日目だ。

 入院なんて何年ぶりだろう?子どもの頃は、わりと体が弱くて、母親とよく病院通いをしたり入院したりしていたなんて聞いたけれど、物心がついてからは一度も入院した記憶はない。

 ナースステーションのにぎわいや、歓談室、パイプベッドやプライベート空間用のカーテン、あらゆるものが新鮮だった。




 看護士さんたちは本当に尊い仕事をされる方々だ。病室からの音、カウンター越しの患者さんやその家族、全方位に意識を配り、きびきびと動き回っている。

 夫は一通りの設備や入院のルールを確認し、夕方には帰宅した。







 病院を新鮮に感じたのはつかの間、夫がいなくなってからは本当に本当に本当にすることがなかった。

 10分も経たないうちに時計の針を見ては、「こんなに一日って長かったっけ?」と思った。




(超ヒマだなあ…。本日のメインイベントは、血圧測定…?)




 何かに熱中するときと、そうでないときは、時間の進み方がまったく異なっているのだと実感。

 投与日当日からの入院でもよかったのではないだろうか。時間がもったいない気がした。

 「22時に消灯」と聞いたときは、そんなに早く寝るの!?と思ったけれど、確かにそれでちょうどよいのかもしれない。さっさと健康的に眠ってしまった方が、夜中に明日のことを考えて不安になることもないだろうから。

 ベッドに座り、リラックスしていると、いろいろな人が挨拶に来てくださった。







 それぞれ業務の合間に来てくださった。次から次へと「初めまして」が続いたので、正直、顔とお名前が全然わからなくなってしまった。(ごめんなさい)




 そんな中、主治医の尾田平先生が、ひょっこり顔を出した。

「入院した?」

 と彼は言った。

「は、はい。よろしくお願いします。」

 突然のことに驚くひまもなかった。

「じゃ、入院したということで。では。」

 挨拶はそれだけだった。全部で10秒もたたないうちに、視界から消えていなくなった。







 尾田平先生が、日々、相当な業務をこなされるために、分刻みのスケジュールで動いているということは聞いていたけれど、それでも拍子抜けするくらいあっけなかった。

 いつもひな壇の一番上から、他のドクターやナースに威厳をふりまいている(ようなイメージの)尾田平先生が、こんなところにひとりでふらっとやって来ることが意外だった。

 知っている人の顔を見ることができて、少しホッとしている自分がいた。

 ドSで強烈に怖い尾田平先生(←失礼)だけれども、やっぱりこの病院で、私にとっては、絶対的に「信頼できる人」なんだなあ、と実感した。




 それにしても病院ってやっぱり独特な習慣があるなあ…。

 このときはまだ、その「独特な習慣」が、あんなことを引き起こすとは、全く思っていなかった。




 学校給食のような、なつかしい雰囲気の食事を終え、このあと消灯時間まではテレビを観ようかなと、のんびり和んでいるときのことだった。

 カーテン越しに、女性のヒソヒソ声が聞こえてきた。同時に、複数人そこに居るような気配がした。