(3)「自分のなかにどれだけ多様性を持てるか」。JT 執行役員 妹川 久人さん
「個人の物語」と「会社の物語」が響きあう。自己を改革することで働く環境をも変化させることができる。大企業とそこで働く個人との新しい関係を学ぶ。最終回
(1)「いっぱいケガさせてもらって、メチャメチャへこんだ」。JT 執行役員 妹川 久人さん
(2)「組織に個人を合わせる時代は既に終わっている」。JT 執行役員 妹川 久人さん
PROFILE
妹川 久人さん 日本たばこ産業株式会社 執行役員 サステナビリティマネジメント担当。1995年入社。物流、営業を経験した後、財務省出向。その後、経営企画、事業企画などで国内たばこ事業の中長期戦略策定・実現の一端を担う。2015年より人事部、人事部長として新たなHR戦略を率いた後、2020年より執行役員サステナビリティマネジメント担当。
「善いこと」の潮流から取り残されていく存在へ目を向ける
厳しい社会変化の只中でグローバル化と事業領域の “選択と集中” によって独自の進化をしてきたJT。だからこそ目指すべき地平があり、それこそが妹川 久人さん率いるサステナビリティマネジメントだろう。「世界的に “善いこと” をやっているぞ、という潮流のなかで違う形で取り残されていく人たちもたくさん出てくる。それは看過できない」。チーム内で日々の議論は尽きなく、「今日(こんにち)的な共通善、善という言葉を使う時点で立ち止まるものがある」と言う。たとえば美意識。そこにある豊かさはどう考えるべきなのか。「そこに行き着く前の段階で課題が手一杯だから、と気づかなかったことにしていいのか」という想いが、JTを主語に置き換えて生きてきた妹川さんらしい。
個が個であるために、自分が自分らしくあるために、“真善美” のうち “善” において一定以上の充足が求められているのが現在であるが、“美” の領域で個性の色が開花するものなのではないか。あるいは他者にとっては美醜でも本人にとっては真なのかもしれない。「だから僕らが目指すのは、そこに光を充てて課題感を持ち、新たなテーゼを唱え、かつそれに真摯に取り組むことだと考えています」としながら、「でも、人類の責務、まだそこに至る手前で手一杯ではなかろうか」と付け加えた。本当はみんな、気づいていながらもここに触れることの厄介さを予感するから話題にすることを避けているテーマに思える。だからこそ妹川さんをして「まあまあ破壊力をもって可視化される課題がそこには存在している」と言わしめるのだろう。さらに妹川さんは、別の見方から解説してくれた。
JTが着手することの意味。手がかりは「人」
「世の中は便利になる。人によってはその便利さに追いつけなかったとしても。ただ、便利さと豊かさがイコールでないことはもうみんなわかっている。豊かさの定義も人や時代、環境によって変わるものだし。豊かさ、あるいは自然科学的な観点、人文学的観点での美しさが、ここ20~30年で隅に追いやられてやしないか」と警鐘を鳴らしつつ、ふと微笑んでつづけた。「でも本当は、人ってそこで生きているはずなんですよね」。
例えばSDGsもいわば “共通善” であろうが、ヒューマニティーに依拠した概念が罪深きものとして追いやられてしまってはいけない。「僕はもう少し、ヒューマニティーに重きを置いた解釈をしたいと思っているし、不足しているのであれば、今後そういうところに光が当たると信じています」。サステナビリティマネジメントの担当になって1年が経つ。“真善美” の見極め 、“共通善の改革” 、JTという企業が着手することに意味があると言えよう。妹川さんの、“人” に焦点を充てた考え方に、人事部時代の影響は大きい。そしてそのとき、『WaLaの哲学』と出逢っている。
「自分自身をえぐる」プログラムでの化学反応
屬 健太郎が主宰する社会人のためのアカデミア『WaLaの哲学』を人事部長時代に知る。プログラムを聞いて好感触を得た妹川さんは、通常の講義と別にインハウス型での開講も並行して試すこととした。本当に、お試し、が好きらしい。インハウス型は、JTの3部署連合で行い、「それぞれの良さがあった」とのことで、自身でも実際に受講をしてみると「知のシャワーを浴びることの心地よさ。また、単なる講座ではなく、“自分自身をえぐる” こと、壊して再構築するプログラムに共鳴しました」と言う。日頃から、「ちょうど僕らが置かれた環境、シチュエーションにおいては一回リビルドする局面というのは、ほとんどの人間に必要なこと。そのためのひとつの手段として意味がありそうだ」と思ったと言う。現職に就いても社員に声がけしているそうだが、その際、妹川さんは次の3つのレイヤーの人財に声掛けしてみた。「部長などシニアレイヤー」、「マネジメント職に至る前後世代」、そして「社歴の浅い層」である。
「社会人経験のバックボーンも違う、三者三様の背景を持った人たちに体験してもらい、その個々人の組み合わせで、どんな化学変化が出るか楽しみにしている」と語る。
25年に渡り、そのときそのとき、不器用であれ徹底的にやり抜いた姿を、会社は本人に気づかれなくても寄り添い続けてくれた。会社を主語に置き換え、いつしか自分事と捉えるようになると会社の外へと意識が拡大されていった。そこで得る気づきや問題意識を自己改革のごとく取り込むことで、今後に活かす。妹川さんの歩みからは、大企業と個人の新しい関係が見えてくる。
自分のなかにどれだけ多様性を持てるか
「例えば、似た者同士のタレントが揃う組織は一見すると強くて生産性も高く、馬力も出せるかもしれないが長続きはしないでしょう。強み弱みがあって違うもの同士で補完しあえる組織の方が、結果として長く続いてバリューも出せるはずです」。そのためにも、「早く同質性から卒業しないと。『WaLaの哲学』 で僕が気づいたのは、“個が本来持つ個” であり続ければ同質の中においても多様性の一翼を担うかもしれない。けれどもうひとつ、自分のなかに多様性をどれだけ持てるかが大事なことでしょう」と語る。妹川さんは他人から見た自身のペルソナを否定せずに受け入れ、自己に統合していくことにしている。
「僕が大事にする僕のペルソナ以外に、例えば部下から見た僕のペルソナは部下の数だけ存在する。それらを統合するだけでなく、使い分けることも必要」。なぜなら、自分という存在は、自分が認識できるレベルで完結していないからだ。生きるための目標を聞いても「結局は誰かに存在を求められ続けることに尽きます。“冥利” というやつでしょうか」とする妹川さん、信託しあえる存在と共にシステムの一部であり続ける限りにおいては「自分がどう思おうが、人が創ってくれたペルソナが存在しているのであれば、そこに意味はある。そのペルソナを否定しない方が、選択肢が増えるでしょう?」と締めくくってくれた。
「気持ちは32歳のまま」と笑う妹川さん、「楽しいことがあったら教えてほしい!」とのこと。普段から誰とでも活発なディスカッションをし、人も自分も社会をも固定しない柔軟さが印象的でした。