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山頭火の日記 ㉗

2018.03.25 02:50

https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1946211470&owner_id=7184021&org_id=1946220895 【山頭火の日記(昭和8年7月14日~、行乞記・大田)】より

『行乞記』(大田)

七月十四日

ずゐぶん早く起きて仕度をしたけれど、あれこれと手間取つて七時出立、小郡の街はづれから行乞しはじめる。大田への道は山にそうてまがり水にそうてまがる、分け入る気分があつてよい、心もかろく身もかろく歩いた。行乞はまことにむつかしい、自から省みて疚しくない境地へはなかなか達せない、三輪空寂はその理想だけれど、せめて乞食根性を脱したい、今日の行乞相は悪くなかつたけれど、第六感が無意識にはたらくので嫌になる。暑かつた、くらくらして眼がくらむやうだつた。林の中でお辨当を食べる、山苺がデザートだ。水を飲んだ、淡として水の如し、さういふ水を飲んだ、さういふ心境にはなれないが。蕨といふ地名はおもしろい。予定通り、二時には敬治居の客となつた、敬坊は早退して待つてゐてくれた、さつそく風呂を頂戴する、何よりの御馳走だつた、そして酒、これは御馳走といふよりも生命の糧だ。敬坊はよい夫、よい父となりつつある、それが最もうれしかつた、人間は落ちつかなければ人間を解し得ない、人間を解し得なければ人間の生活はない。おはぎ餅はおいしかつた、餅そのものもおいしかつたが、それを食べる気持、それを食べさせてくれる気持がとてもおいしかつた。生活の打開と共に句境も打開される、私も此頃多少の進展を持つたらしい。暑くて、腹がくちくて寝苦しかつた。

 朝月暈をきてゐる今日は逢へる

 朝風へ蝉の子見えなくなつた

 朝月にしたしく水車ならべてふむ

 水が米つく青葉ふかくもアンテナ

 夾竹桃赤く女はみごもつてゐた

 合歓の花おもひでが夢のやうに

 柳があつて柳屋といふ涼しい風

 汗はしたたる鉄鉢をささげ

 見まはせば山苺の三つ四つはあり

 鉄鉢の暑さをいただく

 蜩よ、私は私の寝床を持つてゐる

【行乞記(大田)】

『行乞記』(大田)には、昭和8年7月14日から昭和8年7月28日までの日記が収載されています。

【柳があつて柳屋といふ涼しい風】

この日の日記に、「柳があつて柳屋といふ涼しい風」の句があります。山口市小郡上郷の鍛冶畑治水緑地公園に、この句碑があります。

七月十六日

かなかな、かなかな、みんみん、みんみん。朝風はよかつた、朝飯はうまかつた。河原朝顔の一輪が私をすつかり楽天的にした。とめられたけれど七時出発、友情のありがたさ、人間性のよさをひしひしと感じながら。今日の道はよい、といふよりも好きな道だつた、山村の景趣を満喫した、青葉もうつくしいし、水音はむろんよかつた、虫の声もうれしいし、時々啼いてくれるほととぎすはありがたかつた。木部行乞、十一時から一時まで二時間。歩くために歩く、歩いて歩くことそのことを楽しむ。荒瀧山、ちよつとよい山だ。けふのおべんたうはおいしかつた、敬治君の奥さんにあつくお礼を申上げなければならない。けふぐらゐ水をたくさん飲んだことはあまりない、まことにうまい水だつた、山の水は尊し。米が重かつた、腰が痛むほどだつた、しかしこの米のおかげで暫らく休養することができるのだ。小野を通つて帰庵したら六時を過ぎてゐた、戻るより水を汲み火を熾し飯を炊いた、もちろん寝酒は買うて戻ることを忘れてゐない。(中略)此度の敬治居訪問はほんとうによかつた、敬治君にもよりよく触れたし、奥さんのよいところよくないところも解つた、敬坊万歳、どなたも幸福であれ。この旅中に私の不注意を実証する出来事が三つあつた、敬治居で眼鏡をこわしたことが一つ、途上辨当行李をなくしたことが一つ、そしてあとの一つは帰庵して、すこし酔うて茶碗を割つたことである、ここに記して自己省察の鍵とする。

 けふも暑からう草の葉のそよがうともしないかなかな

 山をまへに昼虫の石に腰かける

 山ほととぎす解けないものがある

 おのが影のまつすぐなるを踏んでゆく

 炎天の影の濃くして鉄鉢も

 石に腰かけて今日のおべんたう

 遠雷すふるさとのこひしく

 水音の青葉のいちにち歩いてきた

 けふいちにちの汗をながすや蜩のなくながれ

 雷鳴が追つかけてくる山を越える

 日照雨ふる旅の法衣がしめるほどの

 かげは松風のうまい水がふき

ぢつとしてゐることは――暑中閑坐は望ましくないこともないが――それは、今の私には、生活上で、また精神的にも許されない。一衣一鉢、へうへうとして炎天下を歩きまはるのである。

 山の鴉はけふも朝からないてゐる

 手紙焼き捨てるをお湯が沸いた

 風の枯木をひらふては一人

戻るなり、水を汲み胡瓜を切り御飯を炊く、いやはや忙しいことである、独居は好きだけれど寂しくないこともない、ただ酒があつて慰めてくれる、南無日本酒如来である。

水と酒と句(草本塔に題す)

     ――(山頭火第二句集自序)――

私は酒が好きなやうに水が好きである。これまでの私の句は酒(悪酒でないまでも良酒ではなかつた)のやうであつた、これからの私の句は水(れいろうとしてあふれなくてもせんせんとしてながれるほどの)のやうであらう、やうでありたい。この句集が私の生活と句境とを打開してくれることを信じてゐる、淡として水の如し、私はそこへ歩みつつあると思ふ。

 何か落ちたる音もしめやかな朝風

   追加二句

 なんとうつくしい日照雨ふるトマトの肌で

 夾竹桃さいて彼女はみごもつてゐる

【れいろうとして水鳥はつるむ】

この日の日記に、「これからの私の句は水(れいろうとしてあふれなくてもせんせんとしてながれるほどの)のやうであらう」とあります。山頭火の句に「れいろうとして水鳥はつるむ」があります。山頭火にとって、唯一といっていいほど性の表現の句です。「れいろうとして」とうたった時、二羽の鳥がつるむことによって、山頭火は性の悲しさとともに、その自然の営みを肯定し、賛美さえしています。

七月廿日 土用入。

快い朝明けだつたが、洋燈のホヤをこわして不快になつた、ホヤそのものはヒビがはいつてゐたぐらいだからちつとも惜しくはないけれども、それをこわすやうな自分を好かないのである、もつとくはしくいへば、こわす意志なくして物をこわすやうな、不注意な、落着のない心持が嫌なのである。夏草にまじつて、ここそこに咲きみだれてゐる鬼百合はまつたく炎天の花といひたい矜持をかがやかしてゐる。露草がぽつちりと咲いてゐる、これはまたしほらしい。晩飯はうどんですました、澄太さんのおみやげ。ヒビのいつたホヤだつたけれどこわれて困つた、新らしいホヤを買ふ銭がない、詮方なしに今夜は燈火なしで闇中思索だつた! 何とつつましい私の近来の生活だらう。夜が明けて起き、日が暮れて寝る、朝食六時、十二時昼食、夕食六時、すべてが正確で平静である。

    酒に関する覚書(一)

 酒は目的意識的に飲んではならない、酔は自然発生的でなければならない。酔ふことは飲む

 こ との結果であるが、いひかへれば、飲むことは酔ふことの源因であるが、酔ふことが飲むこ

 との目的であつてはならない。何物をも酒に代へて悔いることのない人が酒徒である。求むる

 ところなくして酒に遊ぶ、これを酒仙といふ。悠然として山を観る、悠然として酒を味ふ、悠然と

 して生死を明らめるのである。

【酒に関する覚書(一)】

この日の日記に、「酒に関する覚書(一)」があり、「飲むことは酔ふことの源因であるが、酔ふことが飲むことの目的であつてはならない。何物をも酒に代へて悔いることのない人が酒徒である。求むるところなくして酒に遊ぶ、これを酒仙といふ」とあります。

七月廿一日

早く眼はさめたけれど、あたりが明るくなつてから起きた、燈火がないのだから、くらがりでは御飯の仕度も出来ないといふ訳で。朝ぐもり、日中はさぞ暑からう。此頃は夜よりも昼を、ことに朝が好きになつた。郵便を待つ、新聞を待つ、それから、誰か来さうなものだと待つ、樹明君はたしかに今晩来るだらうと待つてゐる。郵便局へ出かけたついでに、冬村君の仕事場に立ち寄る、君はもう快くなつて金網機をセツセと織つてゐる、よかつたよかつた。とかげの木のぼりを初めて見た、蟻の敏活にさらに驚かされた、黒蜂(? 蜂蠅といつてもよからう)はまことにうるさい。ひとりこそこそ茄子を焼く、ほころびを縫ふ糸がなかなか針の穴に通らない、――人の知らない老境だ。青い風、涼しい風、吹きぬける風。四時すぎ、案の如く樹明君がやつてきてくれた、そして驚くべき悲報をもたらした。――緑石君の変死! 私は最初どうしても信じられなかつた、そして腹が立つてきた、そして悲痛のおもひがこみあげてきた。緑石君はまだ見ぬ友のなかでは最も親しい最も好きな友であつた、一度来訪してもらふ約束もあつたし、一度徃訪する心組でもあつた。それがすべて空になつてしまつた。海に溺れて死んだ緑石、――私はいつまでもねむれなかつた。樹明君とビールを飲みながら緑石君の事を話し合つた、どんなに惜しんでも惜しみきれない緑石君である、ああ。樹明君が帰つてから、ひとりでくらやみで、あれやこれやといつまでも考へてゐた、……寝苦しかつた。人生は笑へない喜劇か、笑へる悲劇か、泣笑の悲喜劇であるやうだ。

    酒に関する覚書(二)

 酒中逍遙、時間を絶し空間を超える。飲まずにはゐられない酒はしばしば飲んではならない酒

 であり、飲みたくない酒でもある、飲まなければならない酒はよくない酒である。飲みたい酒、

 それはわるくない。味ふ酒、よいかな、よいかな。酒好きと酒飲みとの別をはつきりさせる要が

 ある。酒好きで、しかも酒飲みは不幸な幸福人だ。

    酒に関する覚書(三)

 酒は酒嚢に盛れ、酒盃は小さいほど可。独酌三杯、天地洞然として天地なし。さしつ、さされ

 つ、お前が酔へば私が踊る。酒屋へ三里、求める苦しみが与へられる歓び。酒飲みは酒飲め

 よ、――酒好きに酒を与へよ。飲むほどに酔ふ、それが酒を味ふ境涯である。

 

 かどは食べものやで酒もある夾竹桃

 夜風ふけて笑ふ声を持つてくる

   悼 緑石二句

 波のうねりを影がおよぐよ

 夜蝉がぢいと暗い空

   追加数句

 日ざかりのながれで洗ふは旅のふんどし

 いろいろの事が考へられる螢とぶ

 なんといつてもわたしはあなたが好きな螢(ほうたる)

【波のうねりを影がおよぐよ】

この日の日記に、「波のうねりを影がおよぐよ」の句があります。鳥取県琴浦町のあじさい公園内に、この句と「夜蝉がぢいと暗い空」の句碑があります。

【酒に関する覚書(二)・(三)】

またこの日の日記に、「酒に関する覚書(二)・(三)」があります。

七月廿二日

昼も暑く夜も暑かつた、今日も我儘ながら休養。仕事をする人々――田草取り、行商人、等々――に対して、まことにすまないと思ふ。朝、手紙を二通書いて出す、一つは句稿を封入して白船老へ、一つは緑石君の遺族へお悔状。途上、運よく出逢つた屑屋さんを引張つてきて新聞紙を売る、代金弐十弐銭也、さつそく買物をする、――ホヤ八銭、タバコ六銭、シヨウチユウ四銭、そして入浴して、まだ一銭余つてゐる! 南無新聞紙菩薩、帰命頂礼。けふも漬茄子、やつぱりうまい、青紫蘇の香は何ともいへない。夜は寝苦しかつた。盆踊の稽古らしい音がきこえる、それは農村のヂヤズだ、老弱男女、みんないつしよに踊れ、踊れ。

 炎天の水のまう蛇のうねうねひかる

 炎天の下にして悶えつつ死ぬる蛇

 伸びて蔓草のとりつくものがない炎天

 晴れわたり青いひかりのとんぼとあるく

 いちにち黒蜂が羽ばたく音にとぢこもる

 すこし白んできた空から青柿

 青葉ふみわけてきてこの水のいろ

 蚊帳をふきまくる風の暮れると観てゐる

 すつかり暮れた障子をしめて寝る

 よるの青葉をぬけてきこえる声はジヤズ

 きりぎりすも更けたらしい風が出た

 なんぼたたいてもあけてやらないぞ灯取虫

 落ちたは柿か寝苦しい夜や

 死ぬる声の蝉の夜風が吹きだした

 あちらで鳴くよりこちらでも鳴く夜の雨蛙

 空のふかさは木が茂り蜘蛛の網張るゆふべ

 とんぼつるんで風のある空

   追加

 あの山こえて雷鳴が私もこえる

【空のふかさは木が茂り蜘蛛の網張るゆふべ】

この日の日記に、「空のふかさは木が茂り蜘蛛の網張るゆふべ」の句があります。山頭火の有名な句に、「蜘蛛が網張る私は私を肯定する」があります。蜘蛛の巣は住処であると同時に、食物を得るための道具であり、しかもそれは蜘蛛自身の体から紡ぎ出されたものです。山頭火が、「私は私を肯定する」といったことと蜘蛛の行為を並列させたことには、これらにある種の共通なものを感じとったに違いありません。自分を肯定することは、他人や世間といった外的なことから自分を遮断し、自らの信念をよすがにして生きていこうという自立的なイメージがある反面、自己に篭もってあらゆる変化を拒もうとする頑迷さも伴ってしまう可能性があります。

七月廿八日

ねた、ねた、とてもようねた。オミキ! 昨夜の残りの焼酎一杯! 今日からまた行乞の旅へ出る、歩け、歩け、ただ歩け、歩くことが一切を解決してくれる。……

七月のはじめに、――

 葉の青さに青蛙ひつそり

七月のをはりに、――

 草も蛙もあをあをとしてひつそり

自然の推敲改作とでもいはうか。

 酒飲めば谷の枯木も仏なり(連句)(芭蕉)

┌こんな一句がたしかにあつたと思ふ。

└酒好きに痴人は多いが悪人は少ない。

七月廿九日

曇、六時から行乞、ずゐぶん暑い、流れに汗を洗ふ、山がちかく蝉がつよく、片隅の幸福とでもいふべきものを味ふ。今日の道はよかつた、山百合、もう女郎花が咲いてゐる、にいにい蝉、老鶯、水音がたえない、佐波川はなつかしかつた。あの無限者のうちへはおいでなさい、なかなかの善根家で、たくさんくれますよと教へて下さつた深切な人もあつた。河鹿がそこらでかすかに鳴いてくれてゐた。労れて、四時すぎには小古祖の宿屋で特に木賃で泊めて貰つた、おばあさん一人のきれい好きで、まことによい宿だつた。同宿四人、みんな愚劣な人ばかりだつた(現代の悪弊だけを持つて天真を失つてゐる)。今日の所得は銭二十銭と米四升。行程七里。河野屋の木賃は三十銭。夕食(ちくわ一皿、ぢやがいも一皿、沢庵漬)うるかをよばれた。朝食(味噌汁、漬物) 宿の前にある水は自慢の水だけあつてうまかつた、つめたすぎないで、何ともいへない味はひがあつた、むろん二度も三度も腹いつぱい飲んだ。どこへいつても、どんなをんなでも(一部の老人と田草取とをのぞけば)アツパツパを着てゐる、簡単服、家庭服として悪くはないが、どうぞヅロース一番せられよ(天声子の語を借る)。

 楮にこんにやくが青葉に青葉

 ふるさとのながれや河鹿また鳴いてくれる

 ふるさとの水をのみ水をあび

 長い橋それをわたればふるさとの街で

 おばあさんはひとりものでつんばくろ四羽

 つゆのつゆくさのはなひらく

 水音のよいここでけふは早泊り

 炎天、蟻が大きな獲物をはこぶ

 炎天の鴉の啼きさわぐなり

 石にとまつて蝉よ鳴くか

 山の青さへつくりざかやの店が閉めてある

 そこから青田のほんによい湯加減

 おそい飯たべてゐる夕月が出た

 暮れてまだ働らいてゐる夕月

 ぐつすり寝て覚めて青い山

 よい寝覚のよい水音

 炎天のした蚯蚓はのたうちまはるばかり

 ことわられたが青楓の大きな日かげ

 けふはプラタナスの広い葉かげで昼寝

 岩水に口づけて腹いつぱいのすずしさ

 ふるさとのながれにそうて去るや炎天

 逢ひたいが逢へない伯母の家が青葉がくれ

 ふるさとは暑苦しい墓だけは残つてゐる

 ふるさとや尾花いちめんそよいではゐれど

 笹にもたれて河原朝顔の咲いてゆらいで

 はるかに夕立雲がふるさとの空

【ふるさとの水をのみ水をあび】

この日の日記に、「ふるさとの水をのみ水をあび」の句があります。山口県防府駅前にこの句碑があり、山頭火の銅像の下に「故郷忘れがたし、しかも留まりがたし」の句碑があります。各地の山野を放浪する山頭火にとって、水はその流転の象徴であったに違いありません。しだれとなってふりつける水、湧き出る水、酒となり寒い体内を駆け抜ける水、そして老いた肉体を温かく包んだ温泉・・・・山頭火は水と共に流転しました。そして、その源に、産まれ育った防府の水があった、と素直に頷けます。山頭火の句に「へうへうとして水を味ふ」「腹いっぱい水を飲んで来てから寝る」「岩かげまさしく水が湧いている」があり、故郷の水を源に山頭火の旅は常に水と共にありました。