山頭火の日記 ㉓
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1946119089&owner_id=7184021&org_id=1946130168 【山頭火の日記(昭和8年3月20日~、其中日記三)】より
『其中日記』(三)
かうして 山頭火
ここにわたしのかげ
昭和八年三月二十日ヨリ
同年七月十日マデ
三月二十日 初雷。
また雨だ、うそ寒い、何だか陰惨である、しかし庵は物資豊富だ。春来、客来、物資来だ。けふもよい手紙は来なかつた。風がふいて煤がふる、さみしくないことはない。ちしやにこやしをやる。樹明君の事が何となく気にかかる。野韮、これは一年食べつづけても食べきれないほど生えてゐる。笹鳴、夕霧。……よく寝られた、よすぎる食慾とよい睡眠。
【其中日記(三)】
『其中日記』(三)には、昭和8年3月20日から昭和8年5月12日までの日記が収載されています。
四月二十一日
曇、平静な身心、晴。樹明君がきまりわるさうな顔をしてゐる、昨夜は脱線しないでよかつた、酔うて苦しみをごまかすのは卑怯だ。小鳥の声がいらだたしくなつた、恋、交接、繁殖。蕗がだいぶ伸びたので摘む、蛇がのろのろして驚かす。雑草を活けかへる、いいなあとばかり見惚れる。山東菜を播いた。ランプのあかりで読書。
梨の花の明けてくる
咲いてゐる白げんげも摘んだこともあつたが
竹藪のしづもりを咲いてゐるもの
蕗をつみ蕗を煮てけさは
麦笛ふく子もほがらかな里
雑草ゆたかな春が来て逝く
播いてあたたかな土にだかせる
おもひではあまずつぱいなつめの実
いらだたしい小鳥のうたの暮れてゆく
ぬいてもぬいても草の執着をぬく
昨夜はとうとう徹夜、それだのに今夜も睡れさうにない。性慾をなくしたノンキなおぢいさん! 私もどうやらそこまで来たやうだ(去年は性慾整理で時々苦しんだが)。
【ぬいてもぬいても草の執着をぬく】
この日の日記に、「ぬいてもぬいても草の執着をぬく」の句があります。家の周囲の草でさえ、すべてを抜き取ることは容易ではありません。山頭火は、そうした草を抜きながら、自分の内なる執着を思ったことでしょう。山頭火は、酒に執着し、句に執着し、ひとりになることに執着し、歩くことに執着し、自ら「ホイトウ(乞食のこと)」と呼び、そのホイトウであることに執着しました。
五月八日
曇、暑くもなく寒くもない、まさに行乞日和。草花を見まはる、やつぱり秋田蕗がよいな。九時頃から四時頃まで嘉川行乞、まことに久しぶりの行乞だつた、行乞相も悪くなかつた。嘉川は折からお釈迦様の縁日、たいへんな人出、活動写真、節劇、見世物、食堂出張店、露店がずらりと並んでゐた、どの家でも御馳走をこしらへてお客がゐた、朝から風呂も沸いてゐた、着飾つた娘さん、気取つた青年が右徃左徃してゐた、その間を私と、そしてオイチ薬売とが通るのは時代逆行的景観であつた、そして空腹へ焼酎一杯は私をほろほろさせるに十分だつた、何とまあ自動車の埃、まつたく貧乏人はみじめですね。帰庵して冷飯を詰め込んだところへ、ひようぜんとして樹明来、そして私もひようぜんとして、いつしよにまたお釈迦様へ、おかげで人、人、埃、埃、その中をくぐつていつて、腰掛で飲む、一杯二杯三杯、十杯二十杯三十杯、――自動車で小郡駅へ、それから窟へ、おばさんのところへ、それでも庵へもどつて雑魚寝、少し金を費はせすぎて気の毒でもあり相済まなかつた。今夜は窟で大にうたつた、樹明君も私も調子を合せて、隣室の若衆を沈黙さしたほどうたつた、身心がすうとした。
村はおまつり家から家へ若葉のくもり(行乞)
蕗の葉のまんなかまさしく青蛙
若葉、高圧線がはしる
水底の月のたたへてゐる
麦の穂、ごたごた店をならべて(釈迦市)
やつぱり私は月がある路を私の寝床まで
【村はおまつり家から家へ若葉のくもり】
この日の日記に、「嘉川は折からお釈迦様の縁日、たいへんな人出、活動写真、節劇、見世物、食堂出張店、露店がずらりと並んで・・(中略)・・おかげで人、人、埃、埃、その中をくぐつていつて」とあり、「村はおまつり家から家へ若葉のくもり」の句があります。山口市嘉川宮の原の萬福寺境内に、この句碑があります。
五月十二日
晴、上々吉の天候でもあり気分でもあつた。旅立の用意いろいろ、これも身心整理の一端だ。八時頃から行乞と出かける、山口まで急行、四時間あまり行乞、帰庵の途中――農学校附近で、六時のサイレンを聞いた。新聞も今日限りで一時購読中止。行乞は自他を省察せしめる、人さまざまの心かな。空腹(昼食ぬきなので)へ焼酎一杯はうまかつた、うまかつた。
本日の行乞所得
米 一升二合
銭 四十七銭
黎々火さんの手紙はあたたかだつた、樹明さんはどんな様子か、血族と絶縁してしまつた私には友がなつかしくてならない。
雀したしや若葉のひかりも
若葉はればれと雀の親子
いちにち石をきざむや葉ざくらのかげ
ツルバシぶちこんで熱い息はいて