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人はみなストーリーを綴ってる

思考の外側へ

2016.11.15 03:41

『だから』という接続詞には気を付けた方がいいよ。

と言われたのは、私がその接続詞を使ったからではなくて

ある本について議論をしていた時のことだ。

 

『だから』という接続詞には気を付けた方がいいよ。

その後には肯定文しか来ない。

つまり、押し付けに近い状態になっている、と。

 

 

私の事を言われたのではないのに、

この話しを聞いたとき、体と心がギュッと萎縮した。

昔は多用していたな。もしかしたら今も気が付かずに…。

 

 

肯定文というのはやっかいだ。

私は「自分が肯定だと思っている内容の文章」の省略だと思っている。

 

そう思えるようになったのはほんのここ数カ月だ。

それまでは肯定否定を繰り返していたように思う。

今は、肯定も否定もこの世には存在していないのではないかと思う。

私にとっての肯定が相手にとっての肯定とは限らない。

 

どうして自分が肯定・否定をするようになったのか。

私の場合は自分を守るためだった。

逆説的にとらえるならば、どうやら私は正体不明なものに恐怖を感じるようだ。

自分が見聞きしたも、自分が受け入れたことがないことは怖い。

自分が今まで生きてきた経験・思い込みの枠以外のコトに恐怖を感じる。

それはまさしく、自分の思考の中でだけで生きてきたのだな、と今はしみじみ思う。

 

 

 

あれだけ、生まれ変わりたい・成長したいと思ってきたのに、ちょっと笑っちゃう。

ずっと自分に縛られているなと感じていて

自分の思考の枠から飛び出したいと思っていたのに。

 

 

 

『だから』と言いたくなった時にこそ、飲み込んで、相手の話を聞いてみよう。

ワクワクしながら。

 

 

そこはきっと新しい自分が待っている。

そこにあるものこそ自分の思考の外側だと、今は思っている。