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A recollection with you

靴紐を結び直して編 さき

2016.11.15 15:58

あの日も、たしか月の綺麗な夜だった。

いつもそんな日に、彼女は来る。今夜は晴れて満月だから、間違いないだろう。そう思っていたら、ドアが開いた。


チリンチリン


「いらっしゃい。ああ」

「こんばんは、マスター」

「こんばんは。ここ、どうぞ」


そう言って、カウンター席に座るように促す。この店に来る常連客の中でも、僕を“マスター”と呼ぶのは彼女くらいだ。普段は、名前で呼ばれることが多い。だから、そういう心づもりなんだと思っている。


「うーん…、よし。ティーラテにする」

「うん。少し待っててね」


コトコトコト


「はい、どうぞ」

「いただきます。うんー、あったまる」

「それは良かった。

 ああ、そうだ。今夜は満月だったね」

「そうだよ、だからマスターに会いに来たんだ」


改めて言われると、照れくさい気がしてしまう。ところで、今日もきっと話があるんだよね、と聴いてみる。


「うん、あるよ。なくても来るけどね」


さらっと言ってしまうあたり、やっぱり、不思議な子だと思う。


「何か分からないんだけど、靴紐が上手く結べないんだ。マスター、どうしてかなあ」

「難しいお題だね」


と言うと、お題じゃなくて悩みです、と真面目に返されてしまった。少し置いてから僕は話してみる。


「結ぶのって、そもそも大変だよね」

「うん」

「焦れば焦るほど絡まるし、きっとそれはどうしようもないんだと思う」

「うん」

「だけど、僕らはもう既に結び方を知ってるんだ」

「え?そうなの」

「うん、知ってるんだよ。誰かにいつか教えてもらってて、何度も自分でやって来たことだからさ。

 分からなくなったら、もう一度結んでもらったら良いんだよ。こんな風に」


そう言って僕は、靴紐を結び直すジェスチャーをする。目の前の彼女は難しい顔をしている。難題だから、仕方ない。ゆっくり、解いていくしかないのだ。


【続く】