「慰安婦=性奴隷」説はもはや教条主義的イデオロギー
<慰安婦は性奴隷ではないという証明 その③>
ハーバード大学のラムザイヤー教授の論文について、学術誌に掲載するために「査読」という学術界の良心を示す厳正な学問的検証を受けた論文であるにもかかわらず、未だに掲載を中止しろという声が韓国だけでなく米国のアカデミズムの中からも上がり、論文を無きものにしようとする運動が、韓国内の活動家だけでなく、韓国や米国の大手メディアでも執拗に行なわれているということは、どういうことなのだろうか?これだけを見ただけで、慰安婦問題が中世の魔女狩りと同様に欺瞞に満ちた陰謀であり、韓国という国が近代合理性からはほど遠い、中世の落後した暗黒社会にいまだに沈潜していることを示している。
~国会でまっとうに議論されたラムザイヤー論文問題~
この問題について、日本の国会では以下のような質疑があり、日本政府としての明確で、まさに正鵠を射た立場の表明があった。令和3年3月22日の参議院文教科学委員会で自民党の有村治子参議院議員は以下のように質問した。「学問的探求や学術的成果の発表方法や表現は、法律や公序良俗に反しない限り最大限尊重されるべきであり、根拠のない係争や感情論ではなく、論拠を明示しなければならない学術論文に対する反論や批評は(暴力や脅迫ではなく)言論においてなされるべきだと考えます。様々な視点をもつ人々がそれぞれフェアプレイの精神で論陣を張り、複眼的な検討を経て、より説得力のある真実を見いだしていくことこそ学問や研究の強靱さであり、民主主義の発展につながる尊い対話だと考えます。日本の文部科学行政を司るトップとしての文部科学大臣のご所見を伺います」。
これに対して萩生田文部科学大臣は以下のように答弁した。
「研究者が外部から干渉されることなく自発的かつ自由に研究活動を行い、その成果を自由に発表することは尊重されるべきと考えています。なぜなら、それぞれの研究者が自発的かつ自由に研究活動を行い、互いに競い合うことで真理に近づくことができるということを私たちは歴史から学んできたと思うからです。したがって、ある研究者の研究成果に対する批判は、他の研究者の別の研究成果によって行われてこそ意義があるものになると思っております」
ひとつの研究論文への批判や反論があれば、それに対する論理と証拠を積み上げて別の論文として発表すればよく、それこそが学問の健全な発展というものだ、という趣旨である。さすが近代国家として科学と学問の発展をリードしてきた日本の文化と伝統を背負う文部科学大臣の答弁だと感じ入った。
(関連の国会質疑のすべては「ありむら治子チャンネル」の公式Youtube動画で確認できる)
ところで、慰安婦問題に関するこの日の有馬議員の国会質疑では、ほかにも政府側の重要な答弁のいくつかを引き出している。
河野談話が発表される前の平成4年(1992年)、加藤紘一官房長官談話が出され、慰安婦問題については「強制連行を示す資料はなかった」と明言している。同じ宮沢内閣において官房長官談話という極めて重い政府声明が、慰安婦という同じテーマで、なぜ2年連続で出されなければならなかったのか。平成4年の加藤談話、平成5年の河野談話発表までの1年間、目新しい物的証拠の発見など歴史認識を揺るがすような事件はなかったにも関わらず、なぜ河野談話では強制性を認めるに至ったのか?
これについて2014(平成26)年6月20日公表の「河野談話に関する検証チーム」による報告書「河野談話作成過程検討報告(慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯)2014年」に、強制連行を認定し言及することを執拗なまでに日本政府に求めてきた韓国とのやりとりが赤裸々に書かれている。平成3年12月から平成5年8月の河野談話の発表まで関係資料の調査および関係者からの聞き取りを行った結果、<全体として判断した結果>として強制性を認める河野談話が発表されたが、実は河野談話発表の半年前から、韓国側からの要求ですでに日本政府が慰安婦の強制連行に言及する方針を決めていたことが、読売新聞93・2・11「韓国人慰安『強制連行』言及を検討」、日経新聞「強制連行の可能性政府調査で言及へ」、毎日新聞93・3・16「政府、早期決着へ動く、強制連行認める方向」で報道されていた。これはソウルで行なうことになる元慰安婦の聞き取り調査のはるか前のことで、これらの新聞記事からは<歴史的事実の検証>というよりも、まさに<政治的決着を図った>ことが伝わってくる。
河野談話が発表されてから28年経過したが、その後も「日本政府が発見した資料には軍や官憲による強制連行を直接示すような記述は見つかっていない」し、「この間、強制性を裏付けるような文書・証文等が<韓国から>提示されたことはあるか」との問いにも「日本政府がこれまで確認した資料には強制連行を直接示す記述は見つかっていないので、そういうことだ」(安中内閣参事官)と答弁している。つまり「終戦から75年、河野談話から28年以上経った今でも日韓両国において強制連行を示す物証は出てきていない」(有村議員)のである。
さらに、1965年の日韓請求権・経済協力協定で慰安婦問題はどう論じられ、対応されてきたのかという質問に対し、「日韓国交正常化交渉関連文書のなかに<南方占領地域慰安婦の預金・残置財産>との記述が存在することは承知している。いずれにしても慰安婦問題を含め日韓間の財産請求権の問題は、この交渉の結果締結された1965年の日韓請求権協定において完全かつ最終的に解決済みだ」(石月参事官)と答弁している。つまり1965年の請求権協定でも慰安婦の財産請求権の問題は議論されていて、その慰安婦の問題を含めて完全かつ最終的に解決したとしているのだ。また、ことし1月の韓国ソウル中央地裁による慰安婦賠償判決についても、「国と国との間の問題として日韓間では個人の請求権を含め完全かつ最終的に解決済みというのは明確」だとしている。
~「慰安婦=性奴隷」の否定に反論できるのか~
ところで、当ブログでは、ラムザイヤー論文に絡み、これまで3回にわたって拙論を投稿してきた。
「ラムザイヤー教授があぶり出した『慰安婦』の真実」では、慰安婦や娼妓・酌婦が中国や海外に渡航しようとする場合、当時の内務省が定めた手続き書類として、地元の警察署が発行した身分証明書や酌婦の仕事をしようとする女性と抱え主が連名で申請した「臨時酌婦営業許可願」、女性とその戸主・親権者が酌婦の仕事にするという意思を示した承諾書などが必要だったことを論じた。つまり強制的な拉致・誘拐では慰安婦として海外渡航することはできなかった。
「ラムザイヤー教授への迫害はもはや国際的政治犯罪だ」では、女性の親や親権者に前借金を与え、女性を養女などとして譲り受けるとき「白紙委任状」という契約の形態があることを論じた。そしてこの白紙委任状こそが、当時、大規模で組織的な連続女性誘拐事件が頻発する温床となった。白紙委任状に限らず、女性を親から引き離す手段としては、前借金と引き換えに戸籍謄本や印鑑証明を受け取るなど、口頭での契約があったのである。
そして「人身売買された朝鮮人娼妓・酌婦こそ「性奴隷」だった」では、白紙委任状で娼妓・酌婦となって売春宿や料理屋に転売される女性こそ、慰安所の慰安婦のように国家や官憲の管理が届かなかった分、その後、悲惨な運命をたどることになり、それこそが「性奴隷」というに等しく、韓国の慰安婦支援団体や女性人権活動家はそうした白紙委任状で連続誘拐事件の犠牲者になった女性の問題こそ扱うべきだと論じた。
そして、これらの論考を通して、問題提起し続けてきたのは、ラムザイヤー論文を批判する人や、韓国の慰安婦支援団体や慰安婦問題活動家たちは、「慰安婦は性奴隷」ということになぜそれほどまでにこだわるのか、という疑問だった。これらの論考で提起した問題に対して、ラムザイヤー論文を批判する人たちは、まず答えるべきであろうと思うが、「慰安婦は性奴隷」という言説から外れた議論はいっさい認めないという彼らの硬直化した思考法を見る限り、期待しても無駄かもしれない。
~アメリカ・アカデミズムの硬直化した閉鎖性~
ところで、ラムザイヤー論文を批判して、同じハーバード大学ロースクールの教授で韓国系のジニー・ソク・ガーセンJeannie Suk Gersenという女性がThe New Yorker2021年2月25日に掲載した「慰安婦の真実を追い求めて」(Seeking the True Story of the Comfort Women)という論文をとおして彼らの思考法を検証してみたい。
体裁はアカデミズムを装っているものの、基本的には韓国の左派政権と慰安婦支援団体の考え方と同じで、「慰安婦=性奴隷」という思考から外れたものはいっさい認めないと言う立場だ。
彼女はこの論考を書いた動機について「私自身がハーバード・ロースクールでアジア系アメリカ人の女性として初めて、そして韓国系としては唯一テニュア(終身在職権)を授与されてる人物」だと紹介し、「ラムザイヤー氏の件について沈黙を保つことは彼と「共犯関係」を持つことだ」と知人から言われたことが契機だという。
彼女は、ラムザイヤー論文の欠陥について「契約分析は自由に行動できる当事者間の自発的な交渉を前提としており、性行為が義務付けられ、それを拒否したり立ち去るという選択肢が存在しない状況は、公平に見て契約下にあるものであるとは言えない」と批判している。しかし、私のブログ記事でも何度も言及しているように、契約の主体は、あくまでも慰安婦本人ではなく、その親や親権者だったのである。あるいは知っていながら知らないふりをしているのか、勘違いしているのかは知らないが、ここでいう「性行為が義務付けられ、それを拒否したり立ち去ることができない状況」というのは、何百キロも移動し、海を渡ったあと、慰安所に到着したあとの状況のことで、そこで初めて契約書を交わすことなどあり得ない話だ。
慰安婦を募集した朝鮮人周旋業者の存在については、以下のように言及している。「研究者の間では、女性たちを確保する過程で日本軍や民間の周旋業者が果たした役割についても議論されてきた。韓国では朝鮮人周旋業者が同胞たちを陥れることに果たした役割や、貧困に苦しむ家族が娘たちが連れて行かれることを許したことについての歴史的清算は、控えめに言っても困難であり続けている」。ここでいう「歴史的清算は困難であり続けた」とは、だから同胞の責任は追及しないという意味なのか?しかし、彼ら朝鮮人周旋業者・募集業者がどのように慰安婦を集め、どのようにして慰安婦に慰安所を斡旋し、引率していったのか、その実態を解明せずに、「強制連行」の真実など解明できるはずがない。同胞の責任を追及する役割は同胞にしかできない。そこをしっかりと検証しないで日本にだけ責任をかぶせるのは無責任、非道徳の極みだ。
また「性奴隷」という言葉について、「『性奴隷制』という言葉が人間を動産として売買した奴隷制度(chattel slavery)を想起させるため、動産としては扱われないまでも残虐な監禁状態の中で起こった虐待やレイプなどの状況を捉えるものとして、最適なのかについても議論されている。ここ数十年の間、歴史家たちは従軍慰安婦に対しての暴力やその強制力は多義に渡ると認めていたが、同時に暴力行為や脅しは常態化していたことを突き止めてきた)と書いている。
ここでいう「残虐な監禁状態の中で起こった虐待やレイプ」「暴力行為や脅しは常態化していた」というのは、元慰安婦の一方的な証言でしかない。それこそ慰安所という密室のなかでの行為を客観的に証明し、実証的に検証することができるのか、疑問だ。裁判において一方的な証言だけで、客観的な証拠がないのに、どうして犯罪が実証できるのか?何より「慰安婦は性奴隷」だという時のイメージは、20世紀初めまで奴隷制度があった朝鮮特有の歴史的・文化的な背景による類推・想像でしかないのではないか。
~アレクシス・ダデン教授という「反日活動家」~
ソク・ガーセン女史は、ラムザイヤー論文を批判するよう依頼された学者の一人としてコネチカット大学の近代日本史・韓国史を専攻する歴史学者アレクシス・ダデンAlexis Dudden氏を取り上げ、彼女が2000年に東京で開かれた「女性国際戦犯法廷」で出会った韓国人元慰安婦から聞いた話だとして以下のような証言を紹介している。
曰く「一人の女性は舌を切られており、もう一人は私の前で韓服をまくり上げて、彼女の乳房の一つが切り落とされていたところを私に見せた」。その上でダデン氏は、ラムザイヤー論文に対するコメントの中で、過去の残虐行為について研究する目的は、同様のことが将来繰り返されることを防ぐためであり、「歴史を現代の目的のために武器化し、乱用することであってはならない」と述べているという。極端だろう、今の世の中に、女性の舌を切ったり乳房を切断したりする狂気の世界がどこに存在するというのか?そんなものは朝鮮時代の刑罰のなかにしか存在しない。そんな極端なありもしない過去を掘り起こすより、アメリカ社会の中で、いま現在行なわれているアジア人に対する暴力や暴言、ヘイトクライムをなくすために立ち上がったらいかがか?
そもそも慰安婦の舌を切ったり、乳房を切断することに、どういう意味があり、いかなる目的でそんなことをしたというのか。仮にそうした犯罪行為が行なわれたとするなら、どういう経緯でそうなったのか、前後の状況証拠とともに、現代の我々にもなぜそんなことが起きたのか、理解し納得できるように説明すべきである。ただそういう慰安婦証言があったから、それが唯一の真実で、それを否定することはできないなどといたったら、法と証拠によって人を裁く裁判など最初から成立しない。そもそも舌を切られ、乳房を切断された女性がなぜ生き残ることができたのか、状況がよく理解できない。
アレクシス・ダデン教授といえば、2000年の「女性国際戦犯法廷」で中心的役割を果たし、慰安婦問題で昭和天皇が有罪だとする“判決”を出したエキセントリックな「活動家」として知られる。慰安婦問題では「強制連行」や「性奴隷」説を一貫して主張し、慰安婦問題で日本側から事実に立脚する主張が出て、自分たちの主張が否定されそうになると、米欧の多数の関係者の署名を集めて日本側の主張を攻撃するという手法をこれまでにも何回もとってきたといわれる。
例えばアメリカの教育出版大手マグロウヒル社が出した歴史教科書で「慰安婦は天皇の下賜品」などとする記述があったことに対し、日本の外務省が訂正を求めて抗議した際に、安倍政権を「歴史修正主義者」だとレッテルを貼り、日本の抗議に対して反対運動を主導した1人だった。「慰安婦が天皇の下賜品」などという記述のどこに真実性があるのか、プロパガンダでしかないことを、まっとうな歴史学者ならすぐに分るはずである。
慰安婦問題に関する「河野談話」について、見直しを求めたり否定する動きを彼らはすぐに「歴史修正主義」だと批判するが、従来の見方・考え方から外れたものをすべて異端だと断罪していたら、歴史学を含めてすべての学問において新たな発見や新しい概念の発掘、新たな視点の提供といったブレークスルー、学問の発展は生まれない。「慰安婦は性奴隷でなければならない」という彼らの主張は、もはや教条主義的イデオロギーそのものであり、盲目的信仰の世界に入り込んでいると言わなければならない。