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「日曜小説」 マンホールの中で 4 第二章 3

2021.04.03 22:00


「日曜小説」 マンホールの中で 4

第二章 3


「街の中どうなってる」

 街の郊外にあるバス会社では、郷田が正木や和人を三階の会議室に集めていた。自衛の策をとっているつもりなのか、バス会社の塀は高くなっており、一口にはバスが横付けされていて、誰も入れないようになっていた。そしてその後ろには、銃を構えた男が数人立っていた。郷田は、彼らに人間であろうと何だろうと入って来るものはすべて撃ち殺して構わないと命令していた。何か外に買い物などがある場合は他の出入り口を使っていたのである。

「いや、大混乱ですよ」

「まあ、そうだろうな。いきなり死んだはずの血だらけの人が、その辺歩いているんだから」

「それも、ゾンビ映画みたいに襲ってくるんだから大変だよ」

 郷田と正木はそう言うと下品に笑った。様々な事件を起こしている二人にとって、何しろ町が混乱するということは、自分たちが逮捕される可能性が限りなくゼロに近くなるということを意味している。

そもそも、追われているのであれば街から出ればよいのであるが、様々な財宝があるこの町から、財宝を持たずに出るわけにはいかないのである。

「しかし、和人のおかげだよ。なあ、和人」

「ど、どういう意味ですか」

 和人は、何かびくびくしながら郷田の方に向いた。幸宏がゾンビのように変わってしまい、そしてその幸宏や数名のゾンビに、一緒に逃げてきた幸三が、その幸宏に襲われ、目の前でいきなりかじられたのである。

目の前で飛び散る幸三の血液、そして、全く感情の無くなった幸宏の目。そして断末魔の幸三の悲鳴。和人は、あれからまだ二日しかたっていない事もあって、とても忘れられるようなものではなかったのである。郷田に声をかけられるまで、ずっと窓から外を見ていて、ゾンビが、いや、ゾンビに代わってしまった幸宏や幸三がここに来るのではないかという恐怖に駆られていたのである。

 そんな和人に、郷田は笑顔で話しかけたのである。

「そりゃ決まってんだろ。お前らが持っていたあのボンベみたいな。あれの中に寄生虫が入っていたんだ。何も言わずにわざとそれを持たせておいた。いつか、絶対にお前らはあれを作動させると思っていたが、こんなに早くするとは思っていなかったな。隆二はかわいそうだが、まあ、あいつのおかげで、郷田も逃げられるようになったし、宝石や資産を取りに行くことができるというもんだ」

「郷田さんは、あれが何か知っていたのですか」

「ああ、知ってたよ」

「何で止めてくれなかったんですか」

 急に怒気を含んだ声になった和人を、近くの若い衆が二人くらいで止めた。そのままにしておけば、郷田に殴り掛からないとも限らない。殴るだけならばよいが、この会議室には銃器がたくさんあるのだ。まあ、郷田が撃たれるということはないが、郷田が和人を撃ち殺してしまう可能性は少なくない。その場合、この若い衆たちの仕事が増えるのである。

「中身を言えば、どこかに隠して使わないようにするだろう。銃とか爆弾ならば使い方わかるから何とかするが、あんなわけの分からないものは、警戒するからな。だから何も教えなかったんだ」

「それで隆二も幸宏も幸三も・・・・・・」

 和人は悔しそうにした唇をかんだ。

「まあ、仕方ない犠牲だよ。それにしても和人はよく生き残ったもんだ。これで幹部への道が開かれるな」

「良かったな和人」

 和人が何か言う前に、正木が先に言うと、和人に近寄って和人の肩に手を置いた。和人は不満そうな顔から上目遣いで正木を不満そうににらんだが、それ以上何も言わなかった。

 和人にすれば、この二人が全てを知りながら、和人の仲間を全て「殺した」のである。いや、ゾンビが殺したことになるかどうかはわからないが、それでも、この二人に全く原因が無い訳ではないのである。

「で、郷田さん。この後はどんな」

「そりゃ、街がゾンビだらけになったら、ゾンビを全部殺して記録をすべて消し、財宝をいただく。それまではここで高みの見物よ」

 次郎吉は、この会話をずっと屋根裏で聞いていた。

「郷田はそんなことを考えていたのか」

 自分の事件記録を消すことまですべて計算に入っている。そのためには、警察署や裁判所などをすべて消さなければならない。しかし、そんなことはできないと思った郷田は、戦中の寄生虫兵器で街を壊滅させ、そのうえで全てを奪うつもりなのである。

「郷田さん。うまくいかなかったら」

「ここには走行を付けたバスもあるからな。それで逃げればいいんだよ」

 郷田は余裕の表情であった。

「それまでは守りだけ固めればよい」

 次郎吉は、一応複数個所に盗聴器を付けると、そのまま屋根裏を去った。そしてその後街の中心部に戻った。

 次郎吉の見た街はあまりにも悲惨な状況であった。

 ゾンビの数は増えていた。小さな子供までゾンビになっているのは、見るに堪えない。犬や猫までゾンビのようになっている。映画のゾンビと違うのは、しっかりと普通に歩いていることだ。また映画と異なるのは、自衛隊が道路沿いに大きな壁を立て、防いでいたのである。銃で撃つなど武器を使ってゾンビを排除することはしていなかった。壁の内側に入ってきた場合だけ、仕方なく排除するということであった。

 ここも日本の警察のまじめで、なおかつ勤勉なところである。日本の警察も自衛隊も「人間」に対して銃を撃つということはしない。そのために、ゾンビであっても人間の形をしている以上は、武器を向けることすらしない。正気を完全に失い、人間の動きをしていない元人間に対して、警棒と体術で何とかするというようなことをしており、それで警察官に犠牲が出てきて初めて対処を考えるということになっている。

「こりゃひどいな」

 かなりの広さを取っているものの、壁で囲われた町は、まさに陸の孤島であった。

「そのうち補給がなくなっておかしくなるぞ」

 次郎吉はマンホールの中から壁の内側に入ると、様々なところで噂を流し始めた。

「ねえねえ、聞いた?壁の外のゾンビって、中に寄生虫が入っているんだって」

「寄生虫を殺せば、人を殺す必要はないみたいよ」

「ゾンビにかまれると、寄生虫が体内に入っちゃうんだって」

 あっという間に街の中に寄生虫の噂が流れた。

「あの寄生虫は、郷田がばら撒いたらしい」

「郷田って、あの郷田連合の」

「そうそう」

「裁判所は壊すし、いったい何をするつもりなのかしらね」

 次郎吉はあえて東山ではなく郷田に責任を転嫁して流した。もちろん東山でもよいのであるが、それでは何かが違う気がした。やはり悪者は郷田にしなければならなかったのである。次郎吉は、それだけ噂を流すと、マンホールの中に消えた。

「さすがに次郎吉さんだね。噂を流してわからせるというのは、次郎吉さんじゃなきゃ考え付かないよ」

 時田と、善之助は、その噂の広がりを見て、そういった。まさに、その広が利から、市役所と、警察と自衛隊は、ゾンビを捕獲し、そしてそのゾンビを解体して寄生虫を取り出すというプロジェクトを始動させたのである。

「いや、さすが次郎吉さんだ」

 善之助も手放しで喜んだ」

「ところで、このマンホールの中は大丈夫なのでしょうか」

「ああ、端の方はわからないが、マンホールというのは要所要所に、人などが出入りしないようにしっかりと柵があったり、段差があったりして、人が移動できないようになっているんだ。もちろん、鼠の国の人々は、その移動の方法を知っているんだけどね。でも、さすがにゾンビにはその方法はわからないだろうから、あのゾンビが突然変異で運動能力が急に高くなるとかがない限りは大丈夫だ」

「逆に言えば、突然変異があったらだめということですか」

「その時はその時で、何か考えるしかないな」

 時田は笑うと、次郎吉の肩を叩いた。

「さて、善之助さん。今度は日の当たる国の人々がどのようにするのか、あの自衛隊の壁が寄生虫の正体を見破るまで大丈夫かという勝負ですね」

「何とか助けないとな」

「はい。今考えています」

 時田は腕を組んで考え始めた。