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NAPI's Journal Club Blog

創造性と臨床的交流におけるナラティヴの対話的性質

2021.04.11 03:12

【今回取り上げる著書】

Joseph D. Lichtenberg(2017)

“The dialogic nature of narrative in creativity and the clinical exchange”

In Joseph D. Lichtenberg, Frank M. Lachmann, James L. Fosshage. (Ed.), Narrative and Meaning (pp. 51-71)

ジョセフ・リヒテンバーグ 『創造性と臨床的交流におけるナラティヴの対話的性質』


【本文献を選んだ理由】

 以前に本書の第一章を紹介した。今回紹介する論文はその著書の第2章にあたり、著者も同一である。臨床事例 を通して、患者と治療者がナラティヴをどのように生成するのかを様々な創作活動のアナロジーで考察している。 前回の議論でも話題に挙がったナラティヴの美的達成に関連する考察もあろうとか思い、紹介に値すると考えた。本論文を現代精神分析でナラティヴはどのように捉えられているのかを考えたい。


【文献の内容】

 創造性(Creativity)には二種ある。大きな C(Big C)はシェークスピア、モーツァルト、ピカソらの残した完成度 や革新性において傑出した創造性を指す。一方で、小さな C(Little C)は、さほど有名ではないにしても詩人や 作曲家、画家、そして精神分析家が行っている作品・行為を指す。両者の創造性はプロセスとしてはそこまで差はない。しかし、そのプロセスがどのように生じるかについては明らかにされていない。創造性を語る時、創造的瞬間は「神(あるいは悪魔)からの贈り物」と言われることが多い。しかし、創造性はこのような受動的側面だけではない。心の中ではより動的なプロセスを辿っている側面もある。筆者は、画家、写真家、舞台監督とのアナロジーから精神分析における創造性の能動的・対話的性質を考察する。

 画家は、絵を描く時、自分の頭の中のイメージと対話をする。画材を媒介して自分の頭の中のイメージをキャンバスにダビングするのだ。画家の対話は自分の思い描くイメージとだけではない。鑑賞者と、これまでの師と、自 分の親や祖先と対話をする。それでは精神分析はどのように創造的な対話を行われるだろうか。分析家の画材は患者である。分析家の創造性とは、キャンバスに自分のイメージを描き出すのではなく、患者がすでに形成されている既存のナラティヴの風景を創造的に変容されることである。画家は心の中のひっかかり、「パズル」を持っており、これをいかに描き上げるかにその手腕が問われる。自分の内なるビジョンをどのようにしてキャンバスに描き出すかというパズルを持たない画家は生命力のない無個性な絵を描くことになる。分析家も同様で、既存の概念の ラベリングで患者のパズルを解くのではなく、パーソナルな創造的な解決をすることが必要となる。

 写真家が何をフレームに収め、何を伝えるかを選択する営みは、分析家が解釈を形成する行為と類似している。 解釈とは、患者に自分が撮影した写真を見せるような行為と言える。患者がある風景を描写する。分析家の解釈はその風景を別の角度から捉え、患者に提示し、その風景に新たな意味を与えることを意味する。写真家が被写体の本質を捉えるために、普段は隠されている自然体の場面を捉えようと試み、隠しカメラ(candid camera)を使うこともある。これは、分析家が患者の防衛機制を扱うことと同じである。

 精神分析で最も用いられるアートのメタファーは劇場である。この比喩でいえば、分析家は舞台監督である。脚本を書くのは患者である。監督/分析家の仕事は言葉で説明し、あるいは演技をして脚本を進めることである。監督は舞台上にはいないが、分析家は患者ともに常に舞台にいる。この分析家の存在感を表現する言葉として「抱え る環境」「作業同盟・治療同盟」「ミラーリングする自己対象」と呼んでいるのだ。分析家が機能的であるためには、 舞台に上がり、脚本に入る必要がある。そのためには、分析家は自分が何者であるか、つまり、現実的に、あるいは仮想的に患者に与えられた役割は何かを発見しなければならない。


【発表者の感想】

 本論文は創造性の対話的、関係論的側面に着目している点を興味深く感じた。静的な作品としてのメタファーや単なる行為の類似性だけでなく、患者と分析家両者の心的世界で生じる能動的動的な営みのあり方や共同生成側 面は芸術との類似性を確かに強く感じさせ、示唆的に感じた。臨床例が豊富な点も説得力を高めていた。しかし、論文タイトルのナラティヴに関してはいまいち理解できなかった。心理療法と芸術の論考は国内外問わずあるが、私は明るくない。NAPIメンバーの皆さんとのディスカッションを通して理解を深めたい。


小泉 誠(甲子園大学)