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金子兜太 100句

2018.04.11 04:35

https://ameblo.jp/kirin819/entry-12538433223.html 【金子兜太(1919〜2018)100句(西村麒麟選)】 より

「少年」

日日いらだたし炎天の一角に喇叭鳴る     薔薇よりも淋しき色にマッチの焰

曼珠沙華どれも腹出し秩父の子        木曾のなあ木曾の炭馬並び糞る

水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る      死にし骨は海に捨つべし沢庵噛む

熊蜂とべど沼の青色を抜けきれず       子はゴムの樹が好き父は鼻毛むしり

白い人影はるばる田をゆく消えぬために    原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ

「生長」

バナナの葉へし折り焼夷弾叩く        スコールに濡れたるままの夕餉かな

海に青雲生き死に言わず生きんとのみ     葱畑の少年往きも帰りもいる

「金子兜太句集」

青年鹿を愛せり嵐の斜面にて         満月へ友去るどんどん空に浮き

朝はじまる海へ突込む鷗の死         銀行員等朝より螢光す烏賊のごとく

湾曲し火傷し爆心地のマラソン        森のおわり塀に球打つ少年いて

青く疲れて明るい魚をひたすら食う      果樹園がシャツ一枚の俺の孤島

家族病むテレビ白らけた信者映し

「蜿蜿」

青野に眠る黄金の疲労というもので      ウランが降るビルの裏側真つ蒼で

どれも口美し晩夏のジャズ一団        霧の村石を投(ほ)うらば父母散らん

がに股で夜へはりつく逃亡いま        波を食う巨人が歩く夜明けの浜

人体冷えて東北白い花盛り

「暗緑地誌」

朝すでに桜樹にすがる寝不足野郎       谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな

二十のテレビにスタートダッシュの黒人ばかり あらゆる金属に魅せられ街を旅のように

男も女も洗濯好きな飛鳥の村         暗黒や関東平野に火事一つ

みずみずしい電車を出れば月の山       両手挙げて人間美し野の投稿

「早春展墓」

あおい熊冷えた海には人の唄

「狡童」

黒猫あり麦秋の野には太蛇(ふとへび)   我や金ぶん穀象もくる底なし月夜

昼の僧白桃を抱き飛驒川上         龍になりそう雨に降られて梅干たべて

風の夜語り小豚のような猫をつまみ

「旅次抄録」

霧に白鳥白鳥に霧というべきか      しずくのように泡のように鳥たちの夜明け

杖作る夫婦善なる鬼の山         星がおちないおちないとおもう秋の宿

廃寺の娘猫のはなしでひとり笑い

「遊牧集」

梅咲いて庭中に青鮫が来ている      猪がきて空気を食べる春の峠

ほわーと欠伸の犬もいる猿梨捥ぐ

「猪羊集」

夏鴉鳴いてみな酔う海の宴       桃の里眼鏡をかけて人間さま

「詩經國風」

麒麟の脚のごとき恵みよ夏の人     人間に狐ぶつかる春の谷

市終るすこしも売れぬ曼珠沙華     朝寝して白波の夢ひとり旅

ひいーツと泣く女刻刻と飢饉      白椿老僧みずみずしく遊ぶ

どどどどと螢袋に蟻騒ぐぞ

「皆之」

雪の中で鯉が暴れる寒そうだ     牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ

鮫眠るそんなことにも驚く夏     冬眠の蝮のほかは寝息なし

「黄」

雪降るとき黄河黄濁を極めん

「両神」

白猫にやーと鳴けば厠の僧驚く    満月去り朝が無言で覗いていた

侠客の墓石欠いて合格す       旅を来てこんな元気な秋の蠅と

提灯下げ満月満月と歩く       小鳥来る全力疾走の小鳥も

滝澤馬琴も痛風と聞き微笑む夏    酒止めようかどの本能と遊ぼうか

熊ん蜂空気につまずき一回転     鬼やんま白さるすべりの村をゆく

かちかちと入歯で噛みし夏の夢

「東国抄」

よく眠る夢の枯野が青むまで      雨蛙退屈で死ぬことはない

寺の三男サッカーが好き走る走る    妻病みてそわそわとわが命あり

熊立ち上がる腹痛かもしれぬ      青い犀もりもりと雲の命よ

おおかみに螢が一つ付いていた    おおかみを龍神(りゅうかみ)と呼ぶ山の民

小鳥来て巨岩に一粒のことば      携帯電話鴉にとられそうになる

「日常」

夏遍路欲だらけなりとぼとぼとぼ     夏の猫ごぼろごぼろと鳴き歩く

長寿の母うんこのようにわれを産みぬ   うーうーと青年辛そう日向ぼこ

熊飢えたり柿がつがつと食うて撃たれ   合歓の花君と別れてうろつくよ

子馬が街を走つていたよ夜明けのこと   ふつくらと泳ぐジユゴンや春曙

今日までジユゴン明日は虎ふぐのわれか

「百年」

正面に白さるすべり曲れば人       春の駅一人の声が馬鹿でかい

僧ありて妻に恵まれ花片栗        津波のあとに老女生きてあり死なぬ

牡丹咲く黒犀が通り過ぎた        雛祭隕石がびゆーんととんだ

戦あるな人喰い鮫の宴あるな       河より掛け声さすらいの終るその日


https://ameblo.jp/kirin819/entry-12538345949.html 【金子兜太句集『百年』】より

金子兜太さんを生で拝見したのは、たった一度だけでした。何年も前の話ですが、友だちの楓子さんが海程の句会に連れて行ってくれた時が最初で最後の生兜太さんでした。

当日の句会は大変盛り上がっていて、兜太さんが「この句評が気に入らないってやつは後で殴りに来い」とか言っていたのを覚えています。わー、金子兜太だ、カッコいいなぁとか思いながら静かに兜太さんの発言を楽しんでいました。句会の後は次々とお弟子さんが兜太さんに挨拶に行き「先生っ!」と握手をして、兜太さんは「おぉ!」とかなんとか仰りながらかたい握手をして、綺麗な師弟関係だなと。

僕はちょこっとご挨拶したぐらいでしたが、すごく繊細で優しい人と言う印象でした。ごつくて強い俳人金子兜太でありながら、とても繊細な精神を抱えた作家だなと感じました。今日は兜太さんの遺句集『百年』を読んでみます。強い人は優しい。

金子兜太句集『百年』

梟鳴く猫とび上るただそれだけ みんな元気。梟も猫も私も。

小学六年尿瓶とわれを見くらぶる   初尿瓶。

春の駅一人の声が馬鹿でかい こういう景も春だなぁ。元気の出る下五。

津波のあとに老女生きてあり死なぬ それでも生きる。哀しみと怒りと、命と。

牡丹咲く黒犀が通りすぎたよ

すごく好きな句。黒犀は心の友か、それとも作者の分身か。

雛祭隕石がびゆーんととんだ 今日は楽しい雛祭。

父の放屁に谷の河鹿の一と騒ぎ 賑やかな命。河鹿の綺麗な声を想像すると楽しい。

河より掛け声さすらいの終るその日 おーい、おーい。

陽の柔わら歩ききれない遠い家

ぼんやりとしたあたたかな光を感じます。句集の最後にあるのが印象的でした。