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とある冒険者の手記

A.寝落ち

2021.04.11 21:36

アリスは、ウルダハのエーテライトプラザから、クイックサンドにある砂時計亭に向かって走っていた。

それは数分前。ラノシア方面で用事をこなしていた時に、突然リンクパールの着信が響いた。

発信元は一ヶ月前にパートナーとなったヘリオからだった。

時間が出来たから会わないか?と聞かれ、行きます!と即答し、テレポでウルダハへ来たのだった。

ヘリオと顔を合わせるのはエタバン以来。はやる気持ちを抑えきれず走る。

受付でチェックインを済ませ、部屋に荷物を投げ込み、教えて貰っていた部屋番号の扉の前に辿り着く。

呼吸を整えるために深呼吸をし、ドアをノックする。


「はい」と言う声と共に、扉が開く。

「ヘリオさん!お久しぶりです!」

「アリスか。随分早かったな」

「はい!連絡来た時、丁度用事が終わった所だったんで!」

「そうか。まぁ、入れよ」

「お邪魔します!」


促されて部屋に入る。


「まさか、こんなに早く着くとは思わなくて、明日の予定の確認をしてたんだ」

「あ、そうだったんですね!確認の続きしてて良いですよ!俺、待ってますから」

「そうか?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらう」


ヘリオはそう言うと、ベッドに腰掛け、手帳に視線を落とす。

その横顔が、アリスには儚く消えてしまいそうに見えて、思わず手を伸ばす。

それに気がついたヘリオは顔を上げ、アリスを見た。


「どうした?」

「あっ、いえ!えっと…」

「?」

「あ、あのっ、ヘリオさん!」


アリスは顔を赤面させながら、意を決した。


「あのっ、後ろから抱きしめていいですか?」

「はい?」


予想外の言葉に、驚きを隠せないヘリオに、アリスは慌てた。


「あっ、嫌だったらいいんです!変なこと言ってすみません!」

「あ、いや、えっと…」


ヘリオは少し頬を赤らめながら、答えた。


「突然だから驚いたが…まぁ、その、なんだ…、好きにすればいい」

「え!いいんですか?」

「…あぁ」

「ありがとうございます!」


アリスはいそいそと靴を脱ぎ、ベッドに上がると、ヘリオの背後に回った。


「えっと…、失礼します」


そう言って、遠慮がちにヘリオの胴体に腕を回す。

そして、ヘリオの肩に顔を埋めた。

その状態に、ヘリオは恥ずかしい様な、照れくさい様な、慣れない感情を誤魔化すように黙々と手帳に視線を落とす。


「ヘリオさん」

「ん?」

「それが終わったら、散歩に行きませんか?」

「あぁ、いいぞ」

「それまで、こうしてていいですか?」


アリスの言葉に、ヘリオは思わず「ふっ」と笑いが零れた。


「仕方のないやつだな」

「すみません」


アリスの腕に少し力が籠る。

密着してる部分から伝わる温もり。

そして、ヘリオから香るほんのりと甘い香りに、アリスの瞼は重くなり、徐々に意識が遠くなっていった。



***********



パタンとヘリオは手帳を閉じた。


「終わったぞ、アリs…あれ?いない?」


肩口に目をやると、アリスの姿がなかった。

部屋の中を見渡すと、「すー…すー…」と言う呼吸音が聞こえ、そちらに振り向くと、寝息を立てるアリスの姿があった。


「寝てる…」


アリスの寝顔を見て、ヘリオは少し罪悪感を覚えた。


(悪いことしたな…、待たせすぎてしまった…)


来る前に用事をこなしていたと言っていた事を思い出す。

疲れていないわけがない。

しかも、部屋に来た時、呼吸はある程度整っていたが普段よりは上がっているのにも気がついていた。

おそらく、走ってきたのだろうと簡単に予測が出来た。

そんな状態で、長時間待たせれば寝てしまうのは仕方ないと、ヘリオはアリスに掛け布団を掛けた。

自分の寝床をアリスの取った部屋にする為、ヘリオは部屋をそっと出た。


「ヘリオ!」


部屋を出て扉を閉めた時に掛けられた声。

振り向くと、そこには姉の姿があった。


「姉さん。これからどこに行くんだ?」

「さっき、フレンドから近くに来てるって連絡があってね。一緒に出かけてくる」


嬉しそうに答えるガウラ。


「そう言うお前はどこに行くんだい?」

「あー…、アリスが俺の部屋で寝落ちしてな。仕方ないからアリスの部屋で寝ようかと…」


ヘリオの言葉にガウラはきょとんとしながら「なんで?」と返す。


「え?なんでって…」

「一緒に寝れば良いじゃないか、お前の部屋なんだし。別に仲が悪いわけじゃないだろ?」

「あー…、それはそうだが…」


思いもよらないガウラの言葉に、少し戸惑うヘリオ。

その様子を見て、ガウラは両手を頭の後ろで組んだ。


「まぁ、誰かと寝るのに抵抗があるってんなら仕方ないけどね」

「……」

「じゃ!フレンドを待たせてるから私は行くよ!またな!」


そう言って、右手をヒラヒラさせ、ガウラは立ち去った。

その後ろ姿をヘリオは呆然と見送る。

ハッ我に返り、ガウラの言っていたことを思い出す。


(一緒にって…、確かにエタバンもしてるし仲が悪い訳では無いから、おかしい事では無い…のか?)


直ぐに思い直す。


(いや、男が隣で寝てたら普通引くだろう。…だが、アリスなら大丈夫…なのか?)


珍しくうーんと唸るヘリオ。

しばらく宿の廊下で頭を悩ませていた。



***********



窓から射し込む朝日に当てられ、「眩し…っ」と目を覚ましたアリス。

光に目が暗み、目を擦りながら上半身を起こした。


「俺…いつの間にか寝て……ん?」


徐々に目が慣れ、視界に飛び込んできたのは、自分の隣で寝ているヘリオの姿だった。


「!?」


思わず背筋を伸ばす。


「うえ!?なんで!?ヘリオさん!?寝てっ!?」


後退りをしようと、後ろに手を伸ばす。

ベッドに手を着くはずだったが、手は空を切った。


「うわっ!!」


アリスの体はそのまま後ろへと倒れ、


ガンッ

「いってぇっ!!」

ドタンッ


床に後頭部を強く打ち、痛みにそのまま蹲る。

物凄い物音に、寝ていたヘリオもさすがに目を覚ました。


「う~ん…なんだ?騒がし…い?」


体を起こしたヘリオの視界に入ったのは、床で頭を抑えて蹲るアリスの姿。


「あんた…何やってるんだ?」

「…ベッドから落ちて、頭打ちました…痛っ…」


頭を擦りながら体を起こし、苦笑いをしながらアリスはヘリオを見た。


「あはは、カッコ悪いとこ見られちゃいましたね」

「………」


そんなアリスに、ヘリオは浮かない表情をした。

昨夜のアリスの寝相から、アリスが寝返りをしてベッドから落ちたのではないことは明らかだった。

となれば、アリスがベッドから落ちた理由は1つしかない。


「悪かったな…」

「え?」


突然の謝罪に、驚くアリス。


「どうしてヘリオさんが謝るんですか?」


アリスは何に謝られているのか分からず聞き返す。

するとヘリオは気まずそうに目線を逸らして口を開いた。


「俺が隣で寝てて驚いただろ?そのせいで頭を打って…すまなかった」


その言葉にアリスは思わずベッドの端に両手を着き、ヘリオに詰め寄った。


「ヘリオさんは何も悪くないです!!確かに驚きはしましたけど、俺は嬉しかったです!!」


アリスの勢いに、ヘリオは驚いて固まった。

だが、アリスは構わず続けた。


「むしろ、謝らなきゃいけないのは俺の方です!散歩に誘っといて寝落ちしてしまって…、しかも、ベッドも半分占領してしまって…っ!!」


さすがにヘリオも我に返り、少し焦った様子で口を開く。


「いや、それはあんたが疲れてるのに俺が待たせ過ぎたからで…」

「そんなことないですっ!」


ヘリオの言葉を遮るアリス。


「ヘリオさんだって、疲れてるのは一緒じゃないですかっ!!」


アリスは、真っ直ぐヘリオの目を見て必死に訴えた。


「忙しい中、俺との時間を作ってくれたのに寝てしまった俺が悪いんです!ヘリオさんは悪くない!!」


自分の非を訴える人間はそんなに居ない。それを必死に訴えてくるアリスに、ヘリオは思わず「ふっ」と笑みが零れた。


(まったく、あんたって人は…)


「あんたの言い分は分かった…」


その言葉にアリスの勢いが止まる。


「だが、俺も悪かったのは事実だ。だから、お互い様って事でこの事は終わりにしよう」


きょとんとしたアリスの頭をポンポンとすると、ヘリオはベッドから立ち上がった。


「さ、支度をして飯にしよう」


柔らかい笑顔を向けられ、それ以上何も言えなくなったアリスは、(敵わないな)と苦笑しながら立ち上がり、「はい!」と答えた。



***********



ヘリオが支度を終え、クイックサンドに出ると、そこには既に姉のガウラが席に座っていた。

ヘリオに気がついたガウラは小さく手を上げ「おはよう」と声をかける。


「おはよう姉さん」

「アリスはまだ寝てるのかい?」

「いや、起きてる。まだ支度をしてる」

「そうか」


ガウラはブラックコーヒーを口に運び、一口飲む。


「そうだ。姉さん、ポーションか何か持ってないか?」

「は?IDで拾ったのが鞄に入ってたと思うけど、なんでまた?」

「アリスがベッドから落ちて頭を打った」

「はい?」


コーヒーを飲みながら怪訝そうな顔をしているガウラに、ヘリオが経緯を説明すると、ガウラは飲んでいたコーヒーを吹き出した。

そして、肩を震わせながら笑いを堪え、震える声で「分かった、持ってけ」とヘリオにポーションを渡したのだった。