怠け者の散歩
怠け者の散歩は、今日は散歩しようと思うけど、やっぱり止めようという決断をしてしまう人のようなものです。
今日みたいに雨降ってると・・・。
しかし、毎日思ってはいます。毎日思っていると、ちょっとぐらいの散歩なら行こうと思って、時々散歩するかもわかりません。
意外に怠け者の散歩の方が精神的に健康的だったりしませんか?
キチキチと決まった時間に決まっただけ散歩して休めない散歩より、やろうと思っていて、なかなかできないけど、たまに行く、という人の方が精神的には負担ではないように思います。
死んでも健康の為なら散歩するという気構えの人よりずっと精神的に健康的です。
もちろんプロのスポーツ選手になろうと思っていたら、そんなことではなれないかも知れませんけどね。一般の人は、日常生活を普通に送りたいと考えているだけだと思います。自分のことは自分ででき、ちょっと無理はしても普通に回復する。そしてどこも痛くもかゆくもない。
その人がどんな生活をして、どんな望みがあるのかによって違いがあるように思いますので健康って相対的な気がします。
それなら義務としての散歩は必要ないんじゃないかと思います。 治療も、この原理を利用すると意外な効果があります。動かそうと思うだけを繰り返す。そうすると代償運動をしない運動になります。そのかわり真剣に動かそうと思わないと駄目です。これが意外に難しい。というか、これを覚えていること自体がが難しい。何度も忘れてしまう。治療に来た時には私にも言われるので思い出しますが、一歩治療所から出ると忘れます。しかし、それで良いのではないかと最近思います。
それぐらいの方が義務感でやっているよりずっと良い気がします。そして精神的に健康です。 やりたくないことをやらされるという感覚があるより、思うだけで、時々はやるという方が健康的なように思います。
なんども忘れる人で、あっち痛い、こっち痛いと言いながら元気な人います。そういう人を30年以上、見続けている人がいますが、その人を見ていると健康ってなんなん?
ってよく思います。そんな人が90歳近くになるのに元気です。
健康って何?
寿命って何?
って思わされます。