梅の句
http://www.okami-kumiko.com/2012/02/post_1098.html 【「梅」の三句 芭蕉・蕪村・一茶】 より
立春。
しかし、春とは名のみ・・・。まだまだここ福井では雪が続く日々ですが、二月の花といえばやっぱり「梅」ですよね。
「梅」の俳句について少し鑑賞してみたいと思います。
まず、芭蕉です。
人も見ぬ春や鏡の裏の梅 芭蕉
手鏡、多分漆塗りの鏡に梅の絵が描かれているのではないでしょうか。人は自分の顔を手鏡などを使って見ます。自分のことは見てるのですが、さて、その手鏡の裏の模様は見たことがあるのでしょうか?
自分が鏡に写っている時には見えない裏の柄に、「こんなところにも春が!」って思ったのかな。
次は、一茶です。
手をかけて人の顔見て梅の花 一茶
小林一茶の弟子で、花嬌さんという方がおられたそうです。その年上の女性、花嬌さんにひそかに一茶は恋心をいだいていたらしいですが、彼女は名家に嫁ぎ子供もいた。未亡人ではあるが、かなわぬ恋。なので、手折ってはならぬ花という・・・・。
優しさのある一茶らしい句だと思います。
そして、蕪村です。
しら梅に明る夜ばかりとなりにけり 蕉村
この句は、蕪村が死ぬ間際につくった句です。自分の命の惜しさを詠っているのでしょうか。二月下旬に詠まれたこの句ですが、もうすぐ白梅が咲くというのに自分のこの命の儚さとは・・・・というような。
さて、死ぬ間際にこのような句が詠めるのかどうか・・・。
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梅の句ですが、私の梅の句は
・凛として今昔伝へ梅一輪 花音 ・盗まれしくちびる渇き梅真白 花音
・早梅の枝たをやかに空へ伸び 花音 ・梅古木ねじれよじれて尚のびて 花音
・青空に吸はるる枝や梅真白 花音・梅の香といつしょに来たりランドセル 花音
・白梅や白無垢姿なほ白く 花音 ・梅一輪タルトに添へておもてなし 花音
こんな感じです。まだまだですね。頑張りまーす!
http://haikubasyou.uenotakako.com/2018/02/ 【芭蕉が詠んだ梅の句】 より
早春の声が聞こえる頃となりました。まだもう少し東京では寒い日が続きますが、例年通りなら、お雛祭りの頃には風も和らいでくるのですが、今年は果たしてどうなのかな?
そんな、早春の二月となるとやはり梅の咲き始める頃ですね。
此の梅の花は、万葉の頃には桜よりも好まれて多く歌にも詠まれていました。
芭蕉の江戸時代はどうなのでしょうか。今回は梅の句を探してみました。約21句見つかりました。
そして、最後に「むめ」として書き遺されている句を加えました。そうすると合わせて約22句となります。「むめ」の句は有名な句なので「梅」では無いのですが梅の事を詠んでいることに間違いないとします。
盛なる梅にす手引風も哉 降る音や耳もすふ成梅の雨
我も神のひさうやあふぐ梅の花 るすにきて梅さへよそのかきほかな
初春先酒に梅賣にほひかな 世にゝほへ梅花一枝のみそさゞい
梅白し昨日ふや鶴を盗れし 梅こひて卯花拜むなみだ哉
忘るなよ藪の中なる梅の花 さとのこよ梅おりのこせうしのむち
梅つばき早咲ほめむ保美の里 先祝へ梅を心の冬籠り
あこくその心もしらず梅の花 香にゝほへうにほる岡の梅のはな
手鼻かむをとさへ梅の盛哉 梅の木に猶やどり木や梅の花
御子良子の一もと床し梅の花 紅梅や見ぬ戀つくる玉すだれ
梅若菜まりこの宿のとろゝ汁 梅が香やしらゝおちくぼ京太郎
かぞへ来ぬ屋敷~の梅やなぎ むめがゝにのつと日の出る山路かな
やはり梅の句は風流ですね。芭蕉にとっても梅は美しくて香りの良い春の花だったようです。
芭蕉は、梅の花を白梅と紅梅に分けて詠んでいる句はあまり無いようですね。江戸時代にはどちらが多かったのでしょうか?白梅は、わざわざ白いと詠まなくても梅と言えば白梅だったのかもしれません。けれども「梅白し」という句もあるので、どちらとも言い難く、庭に咲く姿は見事だったようです。
そして、自然に咲いている姿も詠んでいます。白い梅か紅い梅か、想像してみるのも面白いですね。
最近では品種も多く、白梅が早く咲くと言いますが、寒紅梅などの種類もあり、庭園などではまさにどちらが先か解らないようです。
最後の「むめがゝ」の句は、この中では一番の代表句です。芭蕉の時代には立春がお正月ですから日の出と梅はちょうど良い取り合わせの季節だったに違いありません。梅はお正月と共にやって来て美しく香るお目出度い花だったようです。
https://haiku-textbook.com/umegakani/ 【【梅が香にのつと日の出る山路哉】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞・作者など徹底解説!!】 より
「俳句」と聞くと、敷居が高く、気後れしてしまう方も少なくありません。しかし、「俳句」はもともと庶民の生活に密着し、人々にとても身近に親しまれていた文芸の一つです。
今回は、日本人であれば誰もが知っている松尾芭蕉の作、「梅が香にのつと日の出る山路哉」という句をご紹介します。
本記事では、「梅が香にのつと日の出る山路哉」の季語や意味・表現技法・鑑賞などについて徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。
「梅が香にのつと日の出る山路哉」の作者や季語・意味・詠まれた背景
梅が香に のつと日の出る 山路哉(読み方:うめがかに のつとひのでる やまじかな)
作者 この句の作者は、「松尾芭蕉」です。
芭蕉は江戸時代前期に活躍した俳諧師で、「小林一茶」「与謝蕪村」とともに「江戸時代の三大俳人」と称される人物です。
美しい日本の風景に侘びやさびを詠みこむ作風は「蕉風」とも呼ばれ、独自の世界を切り開いていきました。
この句は1694年、芭蕉が亡くなるその年に詠まれた句になります。
季語
こちらの句の季語は「梅」で、季節は「春」を表します。
時期としては、立春を過ぎたあたりの頃を指します。ちなみに、梅は梅でも「早梅」「寒梅」などは晩冬の季語になります。
意味
この句の現代語訳は・・・
「早春、明け方山道を歩いていると、梅の香りに誘われたのか、山並みの向こうから朝日がのっと顔を出したよ。」といった意味になります。
この句が詠まれた背景
この句は「松尾芭蕉」が最後の春に詠んだ句です。
肌寒さがまだ残る春の朝、朝日が梅の香りに誘われて、ひょっこり昇ってきた様子を「のつと」という口語を使って表現しています。春の訪れを喜んでいる気持ちが伝わってくる一句です。
晩年、芭蕉が提唱した「軽み(=平明な言葉で、日常のさりげない事象を描写すること)」の実践句といえます。
「梅が香にのつと日の出る山路哉」の表現技法
この句で使われている表現技法は・・・
切れ字「哉(かな)」「のつと」という表現(擬態語)になります。
切れ字「哉(かな)」
「切れ字」は俳句でよく使われる技法で、感動の中心を表します。代表的な「切れ字」には、「かな」「けり」「ぞ」「や」などがあります。
この句は「山路哉(かな)」の「哉(かな)」が切れ字に当たります。
この句を詠んだとき、芭蕉は山道を歩いており、起伏によって視点が変わり、太陽が山の端から突然現れたり隠れたりする(ように見える)ことを、驚きを交えてこのように表現しています。
擬態語「のつと」
芭蕉は、突然太陽が出たように見える様子と感動を表すために、「のつと」という感覚的な言葉を使っていると考えられます。
自然界におけるさまざまな状態を言語音で模写した言葉を「擬態語」といい、音と意味とが直接的に結びついているため、理性というよりも、感情に訴えかけます。そのため、擬態語は、相手に強く印象づけたいときに使うと効果的です。
この句では、薄暗い山道を歩いていて、突然明るくなる感覚を「のつと」という擬態語が巧みに表現しています。
「梅が香にのつと日の出る山路哉」の鑑賞
「梅が香にのつと日の出る山路哉」は句碑にもなっているほどの名句で、夜明け前の薄暗い中、山道を歩いているときを詠んだ句です。
日の出がいつなのか分からない中、梅の香りに誘われるがまま、薄暗い山道を歩いています。
薄暗く、足元もおぼつかない中、太陽が「のっと」突然顔を出し、薄暗くてよく見えなかった梅の花もパッとあたりに見えるようになった瞬間が見事に表現されています。
太陽が現れ、周囲が明るくなったときの安心感が伝わってきます。
また、「梅の香」で嗅覚を「のっと」という表現で視覚を刺激する読んでいて楽しい一句です。