梅咲いて庭中に青鮫が来ている
http://nanakusanome.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/no-437f.html 【金子兜太の梅咲いての句】 より
宇多喜代子の金子兜太への追悼文が新聞に掲載されていました。
兜太は、折あるたびに、かつて第2次世界大戦前夜の日々、戦争に突入してからの日々、多くの人間が受けてきた理不尽な悲劇を語り、自らの俳句の主題の根幹にしてきた。おおくに知られている
梅咲いて庭中に青鮫がきている
も、兵士として過ごしたトラック島での体験がその句の根底にある。梅が咲いている庭が太平洋の波間に果てた兵士たちの屍にむらがる鮫の海となってひろがってゆくんだ、晩年の金子兜太がつぶやくように言った言葉である。
私としては「青鮫」の意味が解りましたので、書き抜きました。
https://sectpoclit.com/tsukino-20/ 【梅咲いて庭中に青鮫が来ている金子兜太】 より
2018年2月20日、98歳にて他界された金子兜太師。もうすぐ4回目の命日を迎えるにあたり、この場をお借りして、師の俳句に向かい合い、師のご冥福をお祈りしたい。いつもよりも長くなることをご海容いただきたい。
日頃自分と意識している自分、である顕在意識または表層意識(文章中では単に「自分」とする)が、俳句作りに入るとき、「自分」には意識されない自分、である潜在意識、深層意識または無意識の領域(文章中では「内なる自分」とする)との対話がすでに始まっている。
「内なる自分」は身体(五感)と心を入り口としていて、「自分」にあるような言語も時間概念も持たず、「自分」が体験する外界の出来事と「自分」が想像することとの区別をせず、個人の存在の記憶や知情意(個人的無意識)のみならず全ての存在の記憶や知情意(集合的無意識)およびその彼方の根元的なエネルギーに繋がる途方もなく豊かで深遠な領域だ。
「自分」と「内なる自分」の対話による創造活動は、「自分」と「内なる自分」との共同作業。その対話は、頭ではなく心にて、理屈ではなく感覚的に、考えるのではなく感じるやり方で、起こる。
「内なる自分」は全ての創造の源泉であり、俳句でいうならば、「自分」との対話において「内なる自分」から「自分」に返事が届き、作品を成し、その作品が「内なる自分」の、その個人ならではの独創性と、もっと深いところにある存在全体であるがゆえの普遍性を得ている場合、その作品は「理屈でなくて感覚的にわかる」「言葉ではうまく説明できないけれどとても惹かれる」といった印象を読者に与える。そしてその作品は「読者に読者それぞれの自由な解釈(読者にとっての「自分」と「内なる自分」との対話)を許す」という自由を獲得する。詩の誕生である。
筆者は、掲句が作者にとっての「自分」と「内なる自分」との深い対話によって成された詩の一つと直感する。
梅咲いて庭中に青鮫が来ている
掲句の伝える風景は、「〈梅〉が〈咲いて〉その〈庭中に青鮫が来ている〉」と具体的で明快かつ極めて独創的。
修辞法でいうとすると、〈梅〉が〈咲い〉たときの様子を、中七下五は暗喩しているということができるだろうか。それを明喩にほどいてみると「〈梅〉が〈咲い〉て〈庭中に青鮫がきている〉ようだ」。作者は「梅が咲いている、その庭中に青鮫がきているように感じ」ている。
たとえば、梅が咲く頃の春だけれどまだ寒い空気の感触。光、それによる陰影の具合。梅の花が風に揺れる様子。それらが渾然と溶け合うほとりに明滅する「内なる自分」の領域特有の「うめ」から「うみ」への戯れも誘い込み、海のゆらめきのような感じが体験される。その海に青鮫。冴え切った青い大気のシャープさ、梅の花の凜然とした佇まいと、青鮫の鋭さは、感覚を介して通じ合っている。
さらにこの〈梅の花〉と〈青鮫〉の出会いは鮮烈で印象的で、一見、静的な〈梅の花〉に内包されている動的なエネルギーが〈青鮫〉によって表に押し出されてくるような不思議な感覚に漂っているうちに、〈梅〉と〈青鮫〉、植物と動物と種類は違ってもその奥に爛爛と脈を打っている一つの生命が想起され、掲句自体が全ての生きものの奥底に、永遠に続く普遍の命のエネルギーの比喩のように思えてくるのだ。
それと同時に、まだ「自分」が掬いきれない「内なる自分」が伝えようとする何かが予感される。それがまた掲句の魅力であり、これからも筆者を何回も掲句に惹き寄せることだろう。
「海程」2018年7月「最終号」にて「金子先生と海程から得たもの」というテーマにて寄稿する機会をいただいた。筆者が挙げた「俳句は詩」と「俳諧自由」とは、掲句の中に存分に見られると信じる。皆さんに寄稿文を紹介させていただこうと思う。
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ありのままを探求 月野ぽぽな
海程入会に至る直接の理由は、俳句を始めて二年の独学の後、結社を探す中でみつけた金子兜太著『今日の俳句』に感銘を受けたこと、更にウェブサイト「兜太ワールド」に見る東京例会の模様が気に入ってのことだが、今思い返すと、俳句との出会いによって救われ息づき始めた私の源泉つまり魂が、小さい器である俳句が成しうる大きな救済の力を、戦時中における師自らの体験や、故皆子夫人が病床にあった時の句作活動を通して深く知る、金子兜太という深遠な源泉に強く引き寄せられらたのだと思う。このご縁に感謝して止まない。
具体的に師から何を得たか。まずは「俳句は詩」であるということ。『今日の俳句』の中で師は、それを、身体をくぐった自分の言葉で語っている。「<詩>とは理知の根にあって、やがて理知を燃え立たせる力となる<感情>に根拠を置くということ・・・その言うに言われぬもの、それが人を動かし、表現への意欲をかきたてる、目に見えぬエネルギーであって、これをしも、感情の純粋衝動という」「感情という言葉を<存在感>という言葉に置き換えたいのである。<存在>という概念が強く求められるのは、まさに<詩>においてであると私は思うからだ」「<詩>の本質は、<叙情>であるが、その<情>つまり<感情の純粋衝動>とは、<存在感>への純粋反応である・・・感情が、つまり心的機能が生地のままであればあるほど、その反応は<存在>に向かって深く行われる」師の声が聞こえてきそうだ。作品から<存在感の純粋衝動>つまり<詩>を鋭く感知する師の目を私は信頼し句作してきた。
そして「俳諧自由」。最短定型を母体とする他は、季語に囚われず、特定の題材に囚われず、俳句を成す言葉はすべて「詩の言葉」になり得ると心して発想も措辞も自由に作ること。これを師は実作や選によって、また海程の仲間の個性溢れる作品によって俳壇に発信してきた。過去からの恵み豊かな俳句への絶対的な信頼と絶大なる愛情があるからこそ、師はその恵みを尊びながらもそこに安住することなく、さらに豊かな未来への可能性を意識的に、積極的に開拓してきたのだと、そしてその可能性の種を持っているのは俳句に魅せられた仲間の一人一人であると師は確信していたのだと思う。一人一人がそれぞれの<存在>つまり、その人の<ありのまま>に向けて、心を凝らし、肉体を凝らし、その人でなければ通れない道筋で近づいてゆくことが、あらかじめ何かは説明できないが、見ればそれとわかる新しい何かを含む<詩>の生成を可能にする。ありのままの自分の探求は、人類の普遍的な<存在>に通じ、終にはその最も深くにある万物共通の源泉、アニミズムに至る。師が信じた、一人一人の中にある俳句の可能性が私の中にもあることを信じて、地道に句作を続けてゆきたい。
「海程」2018年7月 544号(最終号)より
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師が他界された日のおよそ1ヶ月前にあたる2018年1月26日、角川俳句賞贈呈式のご報告のため初めてご自宅を訪ね、笑顔の先生と幸せな時間をご一緒した。
ふと師の庭に目をやると梅の樹に花が一輪咲いているではないか。この日の熊谷はよく晴れそしてよく冷え込んだ。庭に満ちる空の青さと光に映える花の赤。きりりとくる体感。庭の土や樹々から滲み出る、爆発のときを待つかのように蠢うごめく生命のエネルギー。
そのとき、庭に、青鮫を、見た。
「遊牧集」(1981年)
(月野ぽぽな)
【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。