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虚栄の市〈一〉 (岩波文庫)本無料ダウンロードpdf

2020.12.18 18:57

虚栄の市〈一〉 (岩波文庫)

, サッカリー


によって サッカリー

3.8 5つ星のうち 5 人の読者

ファイルサイズ : 27.61 MB

内容紹介 19世紀初頭,ロンドン.上昇志向のベッキーと淑やかなアミーリアが女学校を終え世間へ踏み出す.大英帝国の上層社会,そこは物欲・肉欲・俗物根性うずまく〈虚栄の市〉.植民地経営とナポレオン戦争を背景に浮沈する,貴族,有産階級の人生模様.作者自身の挿絵でいろどるサッカリーの最高傑作.まっさらの新訳でお目見え! 内容(「BOOK」データベースより) 一九世紀初頭ロンドン。烈女ベッキーと淑女アミーリアが女学校を去る。渡る世間は物欲肉欲・俗物根性犇く「虚栄の市」。貴族や有産階級の姿を鏡にさらす英国版『戦争と平和』。作者の挿絵、筋運び、語り口―心憎いまで第一級のクラシック・エンタテインメント。

ファイル名 : 虚栄の市-一-岩波文庫.pdf

虚栄の市〈一〉 (岩波文庫)を読んだ後、読者のコメントの下に見つけるでしょう。 参考までにご検討ください。

「文学とは何か。何が文学を文学たらしめているのか」という問いをされた時、人は正確な返答をすることができるのだろうか。文学愛好者とて、完璧な返答をすることはできないだろう。いや、私とて精確で非の打ちどころのない答えを出すことは出来ない。とはいえ、文学の最大の魅力は結局は人間関係にあるのではないかと、考えている。なるほど空想力が高く飛翔する作品、舞台設定が凝った作品とかもあるが、作者による透徹した観察眼により描かれる人間模様、それこそが文学の何よりの魅力ではなかろうか。そしてそれに作者の逞しい空想力が加わればいうことはない。さて、この『虚栄の市』まぎれもない、人間関係を取扱った作品である。無数の人間が、多種多様な人間関係、それも毒を大いに含んだ人間関係を形成・構築していき、展開していく。純な恋愛もあれば、陰湿な確執もある。そしてその確執も金銭絡みのものに由来することが多い。実に現実世界と違わないものである、と言えよう。この作品の副題は”Novel without a hero"であるのだが、一般的に「主人公のいない小説」と訳される。確かに主人公はいないと言ってよい。一応二人の女性を軸にして話は展開されるのだが、片方は人一倍活動的で個性的ではあるがあまりにも俗っぽく、そしてもう片方は高徳ではあるが、おとなしめの性格であり物語を展開していくだけの力を秘めていない。しかしながら"hero"とう言葉は「主人公」の他「英雄」という意味もあるのは誰もが知っていることなのだが、この作品を確かに「英雄のいない物語」と呼称しても差し支えないだろう。作中においては浮世の波がどこまでも渦巻き、人々はそれに飲み込まれ翻弄されていく。それは身分の低い者は勿論のこと、身分の高い者、金持ちもまた決して例外ではない。事が思惑通りに運んだと思えば、突然思いがけない不意打ちを喰らう。そして一見社交界で成功していくレベッカも結局は翻弄されっぱなしであるといってもよい。もっとも彼女は単に波に翻弄されるだけではなく、波自体をつくったのだが。ともかくその世間の波に勝利したもの、更に言うならば「虚栄の市」を改革した者、それこそがまさに英雄の証なのだが、はいない。作中で死んだ人間が何人かいるが、彼らは波に翻弄されたまま舞台を去っていた、哀れな喜劇役者と解釈することができるのである。実を言うと私は最後の部分、アミーリアとドビンが結ばれる部分については、そこまでは好きではない。何というかやや平凡な恋愛小説に堕してしまっているような感がするからである。というか、全体的にアミーリアに対する作中での取り扱い方がどこか不自然に変化したような気がする。犬猿の仲であったオズボーン一家とは急に仲直りし、金も転がり込んできてかなり生活が持ち直すからである。作者が批評家や一般読者の意見に流されて後半創作したという話を聞いたことがあるが、確かに実際にそう納得してしまう。まあそれでも毒のある終わり方で、この作品の魅力が大きく削がれている、という訳ではないのだが。終盤当たりはやや面白さが個人的には下がるが、それでも物語は一応の完結を迎え、物語全体として文学と呼ばれるに相応しい完成度を持っている。読み応えがあり、続きがとても気になり、非常に分量の多いこの物語を私は苦を感じず読み終えることができた。欧米圏では有名なだが、日本ではその文学史上の地位に比べて知名度がかなり低い気がする。そう判断する理由は翻訳が少ないからなのだが・・・・(現在この作品の訳は岩波文庫でしか見かけず、それも本屋ではあまり置いていない)しかし、文学と呼称するに相応しい作品故、文学愛好者を自負する者、その中でも世間の荒波をある程度は経験した者、は是非読んでほしい作品である。きっといい読書体験ができるだろう。