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のらくらり。

あかい瞳に焼き付けて

2021.04.15 13:35

ウィルイスとアルバート兄様のほのぼのイチャイチャちょっぴりシリアスなお話。

キスの最中に目を開けているよう指示するウィリアムと、それを不思議に思うルイスと、ルイスの相談に乗るアルバート兄様。


最近、不思議なキスを交わすことが増えたように思う。


「ん、んん…ふ、ぅ」

「っは…ルイス」

「ぁ、んっ」


唇を合わせた隙間から流し込むように名前を呼ばれ、返そうとしてもすぐまたそこを覆われてしまう。

敏感な粘膜を刺激されるように擽られると気持ちが良くて、次第に思考が蕩けてくる。

始めは合わせるだけだったキスがどんどんと深くなるのを実感しつつ、ルイスは懸命にウィリアムから与えられる目一杯の愛情を受け止めていた。

 

「…ルイス、目を開けて」

「は…ぁん、ぅ」


思いきり閉じていた瞳を指摘され、なんとか意識を保って僅かに瞼を開ければ何より愛おしい色が目に入る。

ルイスと目が合ったことに満足げなウィリアムは、いいこだね、とその瞳だけでなく全身で伝えてくれた。

くちゅくちゅと響く水音が厭らしいけれど快感を煽るようで気持ちが良い。

懸命にウィリアムと目を合わせながら、ルイスは口内に溜まっていた二人分の唾液を飲み込んだ。


「っは、ぁ…は、」

「…ん、ありがとう、ルイス。良い気分転換になったよ」

「…は、ぃ。…あの、兄さん…」

「何だい?」

「…ぃえ…紅茶が冷める前に、お飲みください」


透明な糸が互いの唇を伝い、音も立てずにぷつりと切れる。

ウィリアムの濡れた唇がとても綺麗で、それでいてとても妖艶だ。

そうさせたのが自分なのだと思えば気恥ずかしさゆえにルイスの視線は自然と彷徨う。

けれどそれを咎めるように頬を撫でられ緋と赤を合わせれば、のぼせたように染まっていた目元にますます熱を持ってしまった。

優しく慈愛に満ちた表情で自分を見つめるウィリアムからは絡みつくような愛を感じる。

求められることも、働き詰めの兄の緊張を解きほぐせていることもとても嬉しい。

そしてその嬉しさの分だけ、以前とは違う彼とのキスが気になってしまう。

尋ねてみようにも上手く言葉が出てくることはなくて、ルイスはウィリアムの腕の中で視線をやることでティータイムを提案した。




ここ最近、ウィリアムはキスの最中にルイスへ目を開けているよう指示することが増えた。

増えたというよりもほぼ毎回、戯れで交わす軽いものでない限りは必ず目を開けるようルイスに命令する。

幼い頃からの習慣なのだからキスを交わすことに抵抗はない。

兄弟という関係を超えて体を重ねるようになっても、ウィリアムとのキスが嫌だったことは一度もない。

頼もしくリードしてくれるウィリアムに合わせて唇と舌を動かし、たまにルイスも積極的に舌を絡ませようと熱烈にアタックすることだってある。

けれどいつも瞳は閉じていたし、それに不満を言われたことだってなかったのに、ここ最近はずっと目を合わせているよう促されるのだ。

最初はとても戸惑った。

むしろ今でも至近距離で見つめるウィリアムの顔に慣れることはない。

唇を合わせている最中のウィリアムはいつもじっとルイスを見つめ、それでいてルイスを翻弄することは忘れずに舌を動かす。

薄いガラス越しに見る緋色の瞳はとても綺麗で、情熱的で、どこか欲を孕んでいながらもそこから先を匂わせることのない清廉な空気を纏っている。

恥ずかしくないのだろうかと疑問に思う。

ルイスはとても恥ずかしい。

キスをされることには慣れているはずなのに、加えて目を合わせるというだけで気持ちが落ち着かずにそわそわしてしまうのだ。


「…兄さんが、あんな顔しているなんて知らなかった」

「ルイス?」

「あ、アルバート兄様」


休憩を終えたウィリアムの元からカップを下げ、一人厨房で佇んでは火照った顔を冷ますように両手で覆っているとアルバートがやってきた。

アルバートが厨房に来ることはあまりない。

ルイスを探していたことは明白で、探させてしまったことを申し訳なく思いながら彼に近寄れば、熱を持ったままの頬に触れられた。


「顔が赤いね。熱はなさそうだが、どうかしたのかい?」

「い、いえ何も…それより、兄様はどうされたのですか?何か御用でしょうか?」

「少し喉が渇いたから、紅茶を貰おうと思ってね」

「分かりました。すぐに用意しますのでお部屋でお待ちください」


触れられた大きな手はいつもなら温かく感じるのに、今はそれほど温かいとは思わない。

それだけ羞恥が残っているのだろうと、ルイスは心配そうに眉を寄せるアルバートの手に触れた。

何も体調が悪いことはないのだから心配など不要だ。

けれど本当のことを伝えるには心の準備が出来ていない。

ルイスはアルバートの手に触れたままそっと下ろし、彼の希望通り紅茶の用意をするためポットを取り出そうとするが、続けて声をかけられる。


「私の部屋ではなく、リビングに持って来てくれるかい?ルイスの分と合わせて二人分の用意を頼む」

「…はい」


体調が悪いことはなさそうだが、それでもルイスの言葉をそのまま信用することはない。

ウィリアムだけでなくアルバートからも体調面での信用がないことは密かに傷付いたけれど、心配してくれる兄の気持ちは大切にされていることを実感するようで嬉しいと思う。

それに、久しぶりにアルバートとゆっくり話す丁度良い機会にもなる。

ルイスは彼の後ろ姿を見送ってから湯を沸かすために火を付けた。


「それで、ルイスは何を悩んでいるんだい?」

「…さすがアルバート兄様ですね」

「そうでもないさ。ルイスは隠すことが上手いと思っている。ただ、少しばかり詰めが甘いというだけのことだよ」

「……」


それでは意味がないのではないだろうかと思いながら、ルイスは己が入れたダージリンの香り漂うカップを両手に持つ。

隣には同じもので喉を潤しているアルバートが座っている。

あまりアルバートと隣り合って座ることはないけれど、今のこの場にウィリアムがいないのであればこの位置が正しいのだろう。

向かい合って座るよりも口を開くことに抵抗がない。

ルイスがカップで手元を温めながらぽつりぽつりと当たり障りのないことを話していけば、アルバートは疎ましく思うことなく心地良い相槌を打ってくれる。

庭の花が綺麗に咲いていること、町の人からウィリアムを褒められたこと、アルバートがこの地を統括する伯爵で良かったという感謝の手紙が届いていること。

そのどれもがルイスがアルバートに伝えたかったことである。

けれど、今ルイスの脳裏を覆い尽くしているのはそんなことではないのだ。

アルバートは急かすことなくルイスの声に耳を傾けており、紅茶を楽しみながら優しく見つめている。

その視線に励まされながら、ルイスは覚悟を決めた様子で口を開いた。


「さ、最近、ウィリアム兄さんが変なんです」

「ウィルのどこが変なんだい?」

「キスをするとき、僕に目を開けているよう命令します」

「ほう」

「…凄く凄く恥ずかしいのですが、どうしてそんなことを指示してくるのでしょうか」


ルイスはその深紅色の瞳に負けないくらい真っ赤に染まった顔をアルバートへ向ける。

それが先程見たルイスの表情と同じものだったから、アルバートはようやく熱が上がっているわけではないのだと理解した。

いや、ある意味随分と熱が上がっているのだろう。

だがこんな発熱であるならば大歓迎だ。

アルバートは可愛い弟が可愛らしく悩む様を目に焼き付け、もう一人の弟が考えるだろうことを思案する。

ウィリアムはルイスのことを他の誰より、他の何よりも特別に想っている。

それこそ目に入れても痛くないほどに可愛がっているのだから、常にルイスがそばにいなければ精神面が不安になる程だ。

アルバート含め三人の兄弟は互いに依存心が強いけれど、その中で最も依存心が強いように見えるルイス以上にウィリアムは脆い。

ルイスがいなければきっと今のウィリアムはいないし、目の前から消えてしまった日には生ける屍のような廃人になってしまうのだろう。

そんなウィリアムが、ルイスとのキスで目を開けているよう命令する。

それはひとえに、ルイスの瞳を見ていたいのではないだろうか。

アルバートはルイスが持つ透明感ある深紅色の瞳を見つめ、とても美しく微笑んだ。


「この瞳が蕩ける様を見ていたいんじゃないのかい?」

「…そ、う…なのでしょうか」


今ここにいないウィリアムを思ったのか、ルイスの瞳が大きく揺らいでは蜜のように糖度が増す。

キスを交わしながらであればより一層美しく煌めくことは想像に容易いし、おそらくウィリアムはそれを求めているのだろう。

簡単な方程式だとアルバートは答えを導いたけれど、緊張した面持ちで自分を見ているルイスを視界に収めていると、ふと一つの選択肢が思い浮かんだ。


「ーー……」


アルバートはルイスのこともウィリアムのことも区別なく大切な弟だと思っている。

弟達が愛を育む様子は見ていてとても癒されるし、いつだって何度だって二人の近くで二人の姿を見ていたい。

親をその手にかけるという許されない罪を犯しているアルバートにとって、ウィリアムもルイスも眩しいほどに美しい弟なのだ。

穢れた血を持つ自分には勿体ないほど綺麗な弟達。

少しでも目に焼き付けておきたいと、そう願ったのは随分と昔のことで、今も進行形でそう願っている。

ウィリアムとルイスの姿を少しでも脳裏に焼き付けておけば、この先何があってもきっと後悔はない。

アルバートはそう考えて日々の合間を弟達と過ごしていたけれど、ウィリアムも同じなのではないだろうか。


「兄様?」

「…ルイス」

「はい」


間違っていることを知りながら迷うことなく泥沼のような道に足を踏み入れたウィリアム。

待ち受けているのはきっと足を取られる泥沼に相応しい死に様だろう。

アルバートにだってルイスにだってそれは例外ではないし、裁かれる覚悟は当に出来ている。

そうでなければ奪ってきた命に申し訳が立たないのだ。

けれど、ルイスだけは状況が違うかもしれない。

バスカヴィルでの一件以降、ともに死ぬことを望むルイスと意識をひとつにしたとウィリアムから聞いた。

喜んでいるように見えたけれど、アルバートが見たあの表情にはまだ迷いがあったように思う。

もしウィリアムがルイスとともに死ぬつもりはなく、ルイスを置いていくとしたならば、ルイスには一人で生きる時間が出来てしまうだろう。

そうなったとき、強かに見えて儚く脆いこの弟はきっと耐えられない。

アルバートやウィリアムと違い、ルイスは思い出だけで生きていけるほど強くはないのだ。

それなのに、ウィリアムはルイスにそれを望んでいる。

ルイスの中に一分でも一秒でも長く自分の存在を残そうとしている。

自ずと瞳を隠してしまうキスの最中でさえそれを許さず、少しでも自分という存在を記憶させようとしているのではないだろうか。

ウィリアムがルイスのことを少しも見逃したくないのは昔からのことで、今際の際でもルイスという存在が生きていればウィリアムはきっと強く在れる。

だがルイスはそう強くは在れないというのに、ウィリアムはルイスにそう在ってほしいと願っているのだろう。

アルバートは思い当たった一つの可能性に目を見開き、思わず誰もいないはずのルイスの背後に視線をやった。

誰もいないはずなのに、口元に指をやっては「内緒ですよ」と囁くもう一人の弟が見えたような気がした。


「アルバート兄様?」

「…何でもないよ、ルイス」

「そう、ですか?」

「あぁ。…ウィリアムがキスの最中、目を閉じているよう命令すると言っていたね」

「はい。…兄様の言う通り、僕のことを、見ていたいのでしょうか」

「そうだね。ウィリアムはルイスのことがだいすきだから、ずっと見ていたいんだろう。それとーー」


ウィリアムがルイスに正解を伝えないのであればアルバートが伝えることなど出来ない。

おそらくは限りなく正解に近いのだろうが、ルイスがそれを知ってしまえば遅かれ早かれウィリアムの本心に気付いてしまうだろう。

可愛い弟達の可愛くないすれ違いを正すことが出来れば良いのに。

アルバートは己の無力さを思い知りながら、彼らしくなく不恰好に微笑んだ。


「…ーー本当のことはウィリアムに聞かなければ分からない。直接聞いてみたらどうだい?」

「で、ですが」

「今こうして私に相談出来たのだからウィリアムにも出来るだろう?行っておいで。もし失敗した場合には私が慰めてあげよう」

「…はい」


アルバートの笑みに違和感を覚えたのも一瞬で、すぐにいつもと変わらないその笑みがルイスの視界にあった。

促されるままリビングを出てウィリアムがいるであろう書斎に足を向けようとするが、まだ読書の最中なのではないかと懐中時計を見る。

すると先程休憩をしたときから思っていた以上に時間が経っていたことが分かり、これなら訪ねても良いだろうとルイスはなるべくゆっくりと足を進めていった。


「…兄さん、失礼します」

「ルイス?どうぞ」


許可を得てから部屋に入り、まだ名残惜しそうに本を手に持つウィリアムを見る。

もうそんな時間かと苦笑するウィリアムはようやく本を机に置き、ルイスを呼び寄せるように手を上下に動かした。


「ルイス」

「…兄さん」


ウィリアムが己に近寄るルイスを抱きしめるとすぐに背中へ回される腕が心地良い。

考古学について詳しく書かれた文献はもう少しキリの良いところまで読んでしまいたかったけれど、最愛の弟が来てくれるのは大歓迎だ。

もう一度艶めいているその唇を堪能しようと頬に手を当てて上を向かせれば、ルイスも心得たようにウィリアムを迎えるべく唇を薄く開かせた。


「ん、ん」

「ん…ふ、ぅ」


ちゅ、と啄んでからすぐに深く唇を重ね合わせていると、長い睫毛が震える様子がよく見える。

瞼にある薄い皮膚からは下にある赤い瞳が透けて見えるようで、ウィリアムは早くその瞳を見たいと願いながらルイスの唇を丁寧に舐めていった。

一度唇を離して命令しようとしたけれど、離した瞬間すぐにルイスから求められてキスを継続してしまう。

ルイスの瞳は真っ直ぐにウィリアムだけを見つめていた。


「はっ、…ぁ、ん、ふ」

「っ、ふ…」


ルイスが見せる蕩けた瞳に映る自分が、いかにも興奮した様子でルイスの唇を貪っていることがよく分かった。

いつもウィリアムの命令を聞いてからかろうじて瞳を開けているというのに、今はルイスの意思で視線を交わしながら唇を合わせている。

触れたそこは柔らかくも甘ったるくて、痺れてしまいそうな快感を覚えた。


「ん、ぁ…にいさん…」

「ルイス」

「ん、ふふ…」


優しく名前を呼んで褒めるように髪を撫でてあげれば、嬉しそうなルイスがウィリアムの体にもたれてきた。

可愛い弟だ。

誰より幸せにしてあげたいし、幸せに生きていてほしいと思う。

両方叶えることが出来ないのならば、後者だけでも叶えてみせる。

ウィリアムは自分に懐くルイスの背を撫で、何度も何度も抱きしめてきた細い体を改めて強く抱きしめた。


「…兄さんは、キスの最中でも僕を見ていたいのですか?」

「…そうだね。ずっと見ていたいと思うよ」

「……僕も、兄さんのことをずっと見ていたいです」

「……ありがとう」


嘘ではない。

ウィリアムはいつだってルイスのことを見ていたくて、どんな姿も余すことなくこの瞳と脳裏に焼き付けていたいのだ。

そしてルイスはウィリアムの真似をしたがっているだけということくらい、ウィリアムには簡単に分かる。

ルイスには自分の姿をたくさん見ていてほしいと思う。

どんなときでもすぐに思い出せるよう、決して忘れることのないよう、ルイスの中で自分という存在が永遠であるよう、少しの時間でも深く強く植え付けておきたい。

だからキスの最中だろうと目を開けるよう命令しているのだと教えてしまえば、ルイスはきっともう二度とその目を開けてはくれないだろう。

兄さんがいなくなるかもしれないときのための記憶なんて増やしたくないと、そんな正論を言う姿が目に浮かぶようだった。


「だいすきだよ、ルイス」

「僕もだいすきです、兄さん」


目的の違いはあれど、お互いの姿をずっと見ていたいのは想い合う人間として真っ当な思考だろう。

ウィリアムはルイスがすきで、ルイスはウィリアムがすきだ。

すきなのだから見ていたいと、見てほしいと願う気持ちは少しも間違っていないのだ。

照れたようにはにかみ笑うルイスを見て、ウィリアムは愛おしげに口元を動かしてはふわりと揺れるその髪の毛に頬ずりをした。




(でも、キスの最中ずっと見られているというのは恥ずかしいですね)

(今更何を言っているんだい。キスどころか、ベッドの中でだっていつも顔を見ているじゃないか)

(そっ…れは…!その…!)

(ふふ、冗談だよ。そうだね、恥ずかしいね)

(…とてもそうは思えませんが)

(まさか。僕もちゃんと恥ずかしいと思っているよ、ルイス)