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ロールケーキ作った。〜冗談と抑うつ期の脳内〜

2021.04.19 10:41

最近心身の具合が良くなったのをハッキリ自覚できた事柄がふたつある。



ひとつは、冗談が受け流せたこと。

本当に心の病が末期の時は、通常人の心を和ませるためにある冗談というものが、とてつもなくつらい。

まず笑えない。

表情筋が鉛のようで、笑うという動作にとてつもないエネルギーを要する。

そして、これは冗談であるのだと理解するのに、非常に疲労を覚える。

人間は生活していく上で意識する必要の無い物事を自然と排除したり調整したりして生きている。

外から聞こえる車の音や、それこそ太陽の光の度合いなんかを、一々気にする事は無い。

目に入った中でその時必要な情報だけを認識する。

即ち、必要でない情報は、"認識しない"という選択を逐一脳で行っている。

普通の人間には理解できても感じ取れないだろうが、それがまさしく、正しい脳の働きである。

うつ病の人が何もできなくなるという話は有名だが、前述の必要の無い情報処理が上手くいかなくなるのがひとつの原因だと思う。

音、映像、意味、感覚etc...なんでもかんでも頭に心に入ってくる。

認識する必要のないものを認識してしまい、ひどく疲れる。

耳に入る音、目に入る光、身を起こすどころか瞼をひらく動作でさえ、摩耗してゆく。

私の場合、心の皮膚を全て引き剥がされたような感覚だった。

起きている時は、風が吹こうが吹くまいが、ずっとヒリヒリと痛む。

対自然でさえ、疲弊していくのだ。

これが先の動きの予期できない人間相手となると、もう地獄でしかない。

心身を病んでいる私を少しでも和ませようという心遣いから振られるのが大抵、冗談である。

実の所、これが一番しんどい。

要らない情報を排除するエネルギーが枯渇しているため、受け流すという処理ができない。

相手の言葉を、理解するための処理場へ手渡す。

そこでこの言葉の意味を分解する。

分解した意味を請けて、どういう反応を出すのか判断する部門へ送る。

正しい反応と思われる形に、訛りのような身体を動かし、発信する。

 "冗談"はこの意味を分解し理解する際の計算式が変則的なのだ。

変則的というより、騙し打ちに近いかもしれない。

一見嫌味のようにとれる言葉が、冗談でしたということで笑いに変換される。

この押して引いてのような意味の前後に、非常に疲労困憊する。

ギリギリ顔の出せないプールで身動きの取れない荒波を立てられている感じだ。

生きるのが精一杯の人間が、びっくりするくらい状況の変化や刺激に過敏なのは、こういう感じと思う。

少なくとも私の場合はそうだった。

医者に生活リズムをなるべく守ってとにかく休んで下さいと言われた時は、そんなことで良くなるのか半信半疑だった。

早く元気になるために、もっと外に出て人に会ってリハビリしていかなくてはと焦っていた。

今思うとその時の行動は、リハビリなどではなく、ただの無茶だった。

ただただ、擦りむけた心に塩を塗っているだけで、症状は寧ろ悪化していった。

リハビリとは、傷が完治してから行うべきものなのだ。

このままでは周りの人に、何より自分に良くないと気付いて、決まっていたライブをキャンセルし、療養に専念し始めた。

現在もまだ行く場所を選んではいるものの、先日呑みの席で飛び交う冗談を受け流せている自分にハッとした。

心の皮膚が、回復してきた証拠だと思った。

私は昔から冗談を返すのがとても上手い。

相手が求めている反応を反射的に察知して返すのが、上手い。

だから余計に、以前のノリでたくさん冗談が投げられてくる。

今は、相手の無茶振りを全部返したり、無理に受け止めようとしてしまう癖を辞める訓練中。

人の顔色を異常に窺って背伸びをしていたら、またアップアップで倒れてしまうから。

笑えない話に笑って同調するのは、もうやめる。

病を経て、冗談とは会話のスパイスである反面、態のいい悪口雑言でもあると知った。

冗談が通じない人というのは煙たがられることが多いが、どちらかといえば自己都合の他人弄りに付き合わせる人の方が、無神経で厄介だ。

何事も笑って過ごしていたい反面、それを人に強要する事のないよう、自分も言葉や行動には気をつけていこうと強く思う。

それにしても、観光先で抑うつの発作が起き突然涙が止まらなくなった私にデジカメを向けてパシャパシャ撮ってきたうちの父レベルの無礼者は、なかなかいないな。

反面教師を通り越して、その無神経少し私に分けて欲しいわ。

総じて、他者の言動や振る舞いを制御する事は不可能である。

自分にとって不愉快だと感じる場所や人間との接触を避けるのも、ひとつの大きな解決策と思う。

いざという時、というと大袈裟かもしれないが、自分の身の振り方はある程度想定して動いていくしかない。



もうひとつは、自分の趣味にお金と時間を使えるようになってきたこと。

家計簿をつけているのだが、趣味のカテゴリーの金額が伸びてきている。

見切り品の野菜意外興味がないような守銭奴の私が、自分が欲しいからという理由で、財布の硬い紐を解いている時点で大きな変化だ。

映画鑑賞やカラオケ、写仏の会へ行ったり、刺繍用品を買い揃えたり。

そして自分が心底食べたいと思ったラムしゃぶしゃぶを作ったり。

私は昔から、自分のためなら二の次でいいやという思考パターンで、自己犠牲の精神が根本にある。

そんな私が、私の為だけに何かをするなんて、ものすごい進歩だ。

今まで心を切り詰めてきた分、これやりたいと思ったら「やっちゃえやっちゃえ!」と自分の背を押してあげてみている。

心の中にいる子どもの自分を、たんと甘やかしている感じ。

いいじゃないか。

やりたいことあって、えらいえらい。


そんな訳で、やっちゃいました。

初めて作るのでドキドキだったが、感動の焼き加減。

うちのオーブンは熱が少し弱いので、180℃のところを200℃で焼いてみた。

バッチリである。

これに。

生クリームを、どーん。

「どうだー!まいったかー!生クリームだー!」

と夜なのにキッチンではしゃぎまくりだった。

リサイクルショップで購入し箪笥の肥やしと化していたハンドミキサーが大活躍してくれた。

サンキュー、ハンドミキサー。

そしてこれを。

ぐるん。

じゃーん。

ロールケーキでした。

初めてのロールケーキ。

こんなに上手くいくと思わなかったのでビックリ。

今回は初なのでプレーンにした。

簡単だし、フルーツ入れて手土産にしたら超喜ばれるやつだな。

一晩冷蔵庫で冷やして、カット。

とりあえず端っこの部分を味見がてら切り出してみた。

ののじになっておる。

かわいい。

手で食べると崩れやすいのでフォークで。

記念のツーショット。

お味の方は、めちゃめちゃ美味しい。

なんだこりゃ。

甘いもの別にそこまで好きでもない私なのだが、ふた切れぺろりと完食。

生地がしっとり、ふわんふわん。

これでショートケーキ作ったら絶対美味しい。

最近作ったお菓子の中ではトップクラスではないだろうか。

生地は比較的しっかり甘め、クリームは砂糖控えめにした。

この絶妙なバランスよ。

材料はシンプルだし、手順が多いだけで比較的簡単。

また作ろう。

手土産に喜ばれること請け合い。

この美味しさを、みんなと共有したい。




今日はダムダムリハ。

ロールケーキも勿論持ってきた。

寧ろリハがあるので作った節がある。

お菓子作りは、人に振る舞えるタイミングじゃないとなかなかね。

賞味期限的にもね。

まずはダムダム団にご賞味戴くとします。

今日は今週末のライブに向けての練習と新曲の詰めかな。

以前浮上した新曲ロージアっぽくする計画は、

「じゅんじゅんが唄ったらなんか良い感じだからこのままいくわ」

というバンマス鈴木さんの一声で無くなった。

河村隆一にならずに済んだ。

よかったよかった。

リハ、がんばるぞ。