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金子兜太句集『日常』(にちじょう)

2018.04.19 05:00

https://fragie.exblog.jp/11356783/ 【餅肌】より

この世において亀を飼う、という行為はおよそわたしの生活のなかに入ってくることはないと思うが、「亀が好き」と言う人に出会った。そして、「亀が好き」という感情はそのまま「亀を飼う」という行為につながり、その亀を飼うという行為が案外やっかいなものだということを昨日知った。

昨日、たまたまテーブルを同じくしたわたしをふくむ4人のうちふたりが亀を飼っていた。ひとりは若い女性、もうひとりは中年男性、「亀をいかに飼うか…」ということで話がはずんだ。わたしは、おそらくこれからも亀を飼うことはないだろうけれど、亀の生態には興味がないわけじゃない。

ひとつ面白いことを知った。

亀を飼うひとは、メダカもいつしか飼うようになり、草野球をこよなく愛する人たちであるということを。

原稿をいただいてから、かなりの時間がたってしまったのだが、金子兜太句集『日常』が出来上がる。平成12年(2000)から平成20年(2008)までの8年間の作品を収録した第14句集となる。兜太氏が、そのあとがきでもふれているように、氏の日常は多くの親しい人との別れの日常である。「死」という非日常が、日常の世界を占拠してしまったかのようだ。しかし、、句集『日常』には、あたたかな明るさがある。

 秋高し仏頂面も俳諧なり

 お互いに糸瓜野郎の故山かな

ページをひらけば、ぬっとこの二句が並んでいる。

 シャワーの湯体にぶつけ冷まじや

今年九十歳を迎える方とは思えない。こんな作品もあって思わず笑ってしまう。

 螢狩健康すぎることが不安

 男の児(おのこ)われ母よりいただきし餅肌

餅肌をいただいた母上もまた104歳で逝き、よき理解者であった妻みな子(俳人金子皆子)も81歳で逝く。そして「『戦後俳句』の時期に共に句作りをしてきた」俳人たちの他界に遭う。「原子公平、佐藤鬼房、安東次男、沢木欣一、三橋敏雄、飯田龍太、成田千空、鈴木六林男が忘れられない」とあとがきに記す。

この句集には多くの死がみちみちている。

 「常に生きる」ということ落花山覆う   (暉峻康隆先生他界)

 青嵐顔若々しく逝きぬ          (愛犬ケチャップ他界)

 みちのくに鬼房ありきその死もあり   (佐藤鬼房他界)

 花は葉にダンディズム愛すべしと   (安東次男他界)

 母逝きて与太な倅の鼻光る       (母百四歳にて他界)

 亡妻いまこの木に在りや楷芽吹く   (妻金子みな子他界)

「人の(いや生きものすべての)生命(いのち)を不滅と思い定めている小生には、これらの別れが一時の悲しみと思えていて、別のところに居所を移したかれらと、そんなに遠くなく再会できることを確信している。消滅ではなく他界。いまは悲しいが、そういつまでも悲しくはない。母はまた私を与太と言うことだろう。妻は、「あなた土を忘れたら駄目よ」とかならず言うに違いない。公平は、鬼房は……。」あとがきよりの一文であるが、「消滅ではなく他界」というこの一文に兜太氏の思いはつきる。

 水澄めり生臭き腸(わた)われを生かす

 けけけくくくと子どもが笑う白鳥来

 左義長や武器という武器焼いてしまえ

 民主主義を輸出するとや目借時

 戦あるな白山茶花に魚眠る 

 うろつく猫にこらこらと言う天高し

 ぼしゃぼしゃと尿瓶を洗う地上かな

最終章は、「ある日ふと 七句」という前書きのついた作品でおわっている。すべて「ジュゴン」を詠んでいる。

 春の海ジュゴン恋しやほうやれほう

 今日までジュゴン明日は虎ふぐのわれか

金子兜太氏は秩父の出身である。そのお父さまもまた金子伊昔紅という俳人であり、「秩父音頭」を作った人だ。秩父出身のわたしは、小さいころからこの「秩父音頭」を何かと言うと踊ってきた。運動会のあとに、臨海学校のときに。じつはわたしにとって郷里秩父はちょっとばかし苦手なところなのであるが、こうしてふらんす堂から、金子兜太氏の句集を刊行させていただいたご縁をあらためて感慨深くおもっている。


https://furansudo.ocnk.net/product/1463 【金子兜太句集『日常』(にちじょう)】より

●待望の第十四句集

この日常に即する生活姿勢によって、踏みしめる足下の土が更にしたたかに身にしみてもきた。郷里秩父への思いも行き来も深まる。徒に構えず生生しく有ること、その宜しさを思うようになる。文人面は嫌。一茶の「荒凡夫」でゆきたい。その「愚」を美に転じていた<生きもの感覚>を育ててゆきたいとも願う。アニミズムということを本気で思っている。

(あとがきより)

◆『日常』十五句より

秋高し仏頂面も俳諧なり

安堵は眠りへ夢に重なる鞨の頭

濁流に泥土の温み冬籠

左義長や武器という武器焼いてしまえ

みちのくに鬼房ありきその死もあり

長寿の母うんこのようにわれを産みぬ

民主主義を輸出するとや目借時

炎暑の白骨重石のごとし盛り上る

母逝きて雲枯木なべて美し

いのちと言えば若き雄鹿のふぐり楽し

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