Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説25

2021.04.19 23:00


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



「殺しちゃえば?」

私は云った。

「いいね。」

ヴィンが云った。

「あんなひと、いなくていいね」

ヴィンが云った。

「必要ないからね。いなくていいね」

ヴィンが云った。

・序ノ四

私とヴィン、ヴィンと淸雅、淸雅と蘭、蘭とヴィン、蘭は私とこの日海を見に行ったのだった(午前中だ。ヴィンが云ったのだった。

——海でも行こうよ

——また?

——海、いいよ。海(…と、蘭に)好き?(ささやくように云う、口をおおきくひらき、聲ははりあげないままに、あくまでも)好き?(ささやくように)海。

好き?…とヴィンが云った時、蘭は今更にそこに誰がいるのか疑うような目でヴィンを(落ちる。

そして光の束は。

地ノ下の微生物の分化した瞬間、鳥の羽。

羽の上——羽毛の。

…に、さえも)見た。

——好きでしょ。

ヴィンは云った。

——好きだよね。

ヴィンは云った。

——好きだよ。

振り返ってわたしにそういったヴィンの髪の毛を逆光は白濁に隈取るのだった。)。

風がかすかにだけ吹く。

吹くというよりは撫ぜるのだった。

——ほんとに話せないね。海岸で私とだけ戯れた後(蘭は水内際に立って見ていた。

さまざまなものを。波。

乃至雲、空。音響。

人の形。

音響…背後の。頭の上の。

それ。

鳥の音響。

風?

色の無い、…色彩の無いものを、我々は見ようとしなかった)云った。

ヴィンは、——話さないの?

それは蘭のことだった。

——話せないの?

——聞いてみたら?

ヴィンが笑った(色の有においてしか見るの有を求め得ない我々は深刻な狂気の中に入る。

空は実態である。靑の色彩をさらすからだ。ならば靑にふれよ。

ガラスは不在である。色彩が存在してゐ無いからだ。我々はガラスを苦も無く通り過ぎるだろう。

狂気が現実として正しくないもののなかにあることであると定義するならば、我々は目をくりぬくりぬかなければならない。

とはいえ、自傷は狂気にすぎまい。故に)こぼれんばかりに。

邪気も無くにヴィンは笑った。

ヴィンが返り見れば蘭はヴィンを見た。その時に蘭の眼差しに空が砕けて破片を散らしたに違いなかった(轟音と共に?)、踵を返した蘭が駆けだすのを私たちを見た。身をもぎるように、ヴィンは私のかたわらから走り出して聲を立てて笑いながら蘭を追った。それがまさに蘭を混乱させたにちがいなかった(人の眼にそれは虐待にみえたか?

戯れに?

犯罪に?

なにに?…何に見えたろう?その時に)走る蘭の髪が揺れた。

私は笑み乍ら(誰に?

誰の爲に?)彼等の跡を歩いて追う。ヴィンは駆ける。蘭は砂に足を絡めながら走る(——のたうつように?)。午前の深い、髙日の光はさす(われわれが太陽の表皮に觸れることなど、結局は一度もないだろう)海岸を無理やりの終了をそこに見せた湾岸道路の車線、その段差を駈け上った(蘭が。

花のように今ちいさく見えた。蘭が。

褐色の花。その色彩よ)。ヴィンがその背後のすれすれに駈け上り、車道に躍り出た時に不意にヴィンは立ち止まった。

アスファルトは高熱だったはずだ。

その、ヴィンの裸足は。不意に左を省みようとしたときに、貨物のトラックがブレーキもなしに彼を引きつぶした。

遅れてクラクションをならし、さらに遅れて踏まれたブレーキがタイヤに絡んだヴィンを叩き潰したに違いなかった(私は聞いていた。

耳に。

その音を。——心のなかにだけ)。

私は駆け寄った。人だかりはすでに出來上がっていた。人だかりをかき分ける気にはなれなかった。その周囲を廻り、彼等の背中の向こうの正面に彼等の眼だけが見ている筈の肉体の残酷を思った。

生きているかもしれないと思った。

いまだ、かろうじて?

最後の七つの呼吸の二つ目までも追えて?

思う。——今すぐに死ね。と。未だに生きているのならば。

苦痛さえも感じられない感覚器の乱反射の中に、脳はすでに死んでいた筈だった。背骨も、眼球も顎も肘も。

裸足の足にアスファルトの熱が、そして人ごみを一周することもなく離れ罹ったときに、噛みつかれたような悲しみが私を襲った。わたしは泣き崩れそうだった。

左手の先に蘭が立っていた。三車線三車線のその真ん中のココナッツの並木の影の下に。

私の眼は淸雅がそれを見つめ続けている事には気づいていた(空は只管に悲しく、明るく、ふりそそぐように悲しかった)。

空気中に痛ましい匂いが張った。

蘭は表情もなにもなくて、ただ私を素の顏で見ていた。殺した、と。

思った。蘭は彼を殺した、と、憎しみも無く彼女をうばうように。

私は蘭をつれてホテルに駈け戻った。

・序ノ五

ホテルの部屋の中に、すでにヴィンの記憶は存在してゐなかった。

大気中のほこりの薄く舞うのが綺羅羅を曝した。

わたしは体を洗った。

鹽を。

蘭の傍らに座った(下の騒がしさは…垂直下の300メートルほど南の騒がしさは、当然としてここまで傳わっては来ないのだった。っ駐車場にはヴィンの忘れられたバイクがそのままになっている筈だった。

私はそれらをかんがえながらも蘭を見詰めながらにもはやヴィンの存在だに忘れかけていた。

上空の風のむたながれる雲が部屋の中にまで翳りを落とし、且つは流れた)。

蘭の頭を撫でた。

蘭は云った。

「日本へ行く。」

ささやくように、——歸るの、と。蘭は、

「海の中に…」

と。…あるじゃん?

「あるよ…」

——ね?

と、蘭は、…燃えるお城。

「あれ…」ささやく。蘭が、「あれ、…さ」

燃える、海の中の城。

——日本に歸る…と。

ささやく蘭の聲をだけ、私は聞いていた。

夢を見た(是はその後部屋に来たタオを抱いた後の話だ。タオが転寝をはじめ、消された照明の中に蘭は窓の外を見ていた。タオはは背後で私と姉が何をして居るのかさえ認識してはいないに違いなく思われた)。蘭の口に私は右腕を突っ込んでいた。

背後に血まみれの鬼たち(…と私はそれを呼んだ。

彎曲を描いた、細い糸の輪が生きながら伸縮し、その度に血と匂いのある精気をまき散らしていたのだった)が聲を上げ続けた。

その聲に意味など無いのだった。

犬の吼え聲よりもむしろ雨の音や火山の響かせた轟音に親しかったはずだ。

わたしは瞬くことさえもわすれていた。

蘭のめに黑目はなかった。白目さえも。

三つ空いた透明な向こう側に、彼女はさまざまな風景を私にだけ見せている筈だった。

蘭の喉の奥、体内には生き物のやわらかな温度在った。

私の指には鐵の爪が生えていたから、それらが掻き毟るたびに蘭は内側から崩壊してるにちがいなかった。

とりかえしのつかないことをしている実感はたしかに私にはあった。

もはや蘭はだいなしだった。

いきものとして台無しだった。

この手を引き抜けば内側から蘭が崩壊するのは目に見えていた。

はたして、蘭に価値など在るだろうか?

わたしは思った。

私が自分の右腕一本を犠牲にし(なぜなら、その体内は紅蓮の炎を燃え上がらせる灼熱だったからだ。私の右腕はもはや苦痛にのたうちまわっているに違い無かった)、さらに彼女そのものを犠牲にしてまで彼女をほじくりかえす価値など彼女にないのだった。

私はもはや嘆いていた。

引き抜かれた右腕は焼けただれるどころか、焰を移して音もなく燃え上がり続けるに違いなかった。

鳥の口の中の匂いを嗅いでいた。

鷲の。

鳥の口の中の匂いを嗅いでいた。其の時タオが振り向き見た。

故、わたしはベッドで彼女を見つめ続けていたことに気付いた。

まどの向こうは暗かった。

故、部屋の中の薄明りのせいで背後の黑はうすくだけ私ごと蘭の背中を移した。

うすく。

私はなにも語り掛けなかった。

タオはなにも離さなかった。

彼女は明らかに其の時言葉に触れて居なかった。

故、詞の無いある別種の生き物のとしてその顯らかな目で私を捉え、そして顯らかに認識していた。

タオだ出てきて、私に覆いかぶさった。ささやく——見られたくない?

私に言った。タオは、——蘭に。

「見られたくない?」言ったタオの聲を「いいよ」聞き取る前に、「もう…」タオは「…ね」言葉を重ねて、故に

——もう隠す事なんかないよ

わたしは波紋を見るように、その音声の連鎖を聞いた。

「何もない…」

タオは

「いいよ」

鼻の奧に鼻汁を噛むような声で——見ていいよ。

ささやく「何も、…」と。

まるで私にささやかけたかにも似て。

二十四日

眞夜羽はその朝、一瞬だけ曇り空に舞い落ちた一滴の雨の雫を感じた。

その頬に。

あなたは?…ともかくも。目を覚ました。

・破