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ブルーノ・ラトゥールの取説 (シリーズ〈哲学への扉〉)無料ダウンロードkindle

2021.02.26 17:40

ブルーノ・ラトゥールの取説 (シリーズ〈哲学への扉〉)

著者 久保明教


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本のタイトル : ブルーノ・ラトゥールの取説 (シリーズ〈哲学への扉〉)
平均的な顧客フィードバック : 4.6 5つ星のうち 1 カスタマーレビュー
ファイル名 : ブルーノ-ラトゥールの取説-シリーズ-哲学への扉.pdf
ファイルサイズ : 19.25 MB

以下は、ブルーノ・ラトゥールの取説 (シリーズ〈哲学への扉〉)に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。

アクターネットワーク理論の前史として、本書でも紹介されるテクノロジーの社会的構成論(SCOT:Social Construction Of Technology)の下記論文集に、ラトゥールは寄稿していない。〔Edited by Wiebe E. Bijker, Thomas Parke Hughes, Trevor Pinch (1987, 2012). The Social Construction of Technological Systems: New Directions in the Sociology and History of Technology. The MIT Press.〕アクターネットワーク理論(ANT:Actor-Network-Theory)を推進した3人のうち、マイケル・カロンとジョン・ローは論文を寄稿するが、ブルーノ・ラトゥールはピンチ、バイカー、カロンらといっしょの写真でのみ登場する(p.ⅹⅴ)。ラトゥールは、自分の理論は科学論ではないとの自負があったので、彼らの論文集にはふさわしくないと考えたのだろう。1.科学論的ANTかつてANTの代わりに「アクタント・リゾーム・オントロジー」という名称が検討されたそうなので(p.261)、存在論とするのがいいかもしれない。人も物もアクターとして、ネットワーク(リゾーム)を構築して存在していると、文字面(づら)で理解できる。初期の科学論的ANTを理解するには、マイケル・カロンやジョン・ローの方がわかりやすい。本書でも紹介されているフランスにおける電気自動車開発の事例や、本書にはないがサン・ブリュ湾のホタテ貝の養殖の事例は有名で、カロンの作である。ANTの説明として下記の個所は主にローの著作からまとめられたものである。「媒介と翻訳の過程を通じて種々のアクターが緊密に結びつけられ、各アクターが共に向かうような新たな目的が構成され、....諸アクターの関係性の全体がアクターとして他のアクターと関係を結ぶことが可能になり、内部の諸アクターの働きは他のアクターに直接影響を及ぼさなくなる。こうしたブラックボックス化と呼ばれる契機に至って、媒介項(未規定の入出力)は一時的に仲介項(一義的な入出力)に変換される(p.65)」と説明される。ネットワークがブラックボックス化して入れ子構造になること、目的が新たに生まれることのダイナミクスが面白い。分からないのは「翻訳」と「媒介項・仲介項」だ。「翻訳」は「変化」に換えればだいたい理解できる。「媒介項」は、相手のアクターに対してどのような意味になるか分からない関係にあるアクターのこと。「仲介項」は、相手のアクターに対してどのようなものかが決まっているアクターのことと解釈して問題がなさそうだ。著者のフレーズだろうが、「異種混交的なアソシエーションに内在する(p.249など)」がたびたび登場する。「異種混交的なアソシエーション」は、アクターネットワークだろうが、その内部から変化が起こるのであって、ネットワークの外から変化が起こるのではないという点が重要だ。2.ラトゥールの独自性確かにラトゥールの守備範囲は科学論に収まり切らない。まず、「私たちはいまだかって近代的であったことはない(p.231など)」という有名なフレーズは、「温暖化をはじめとする環境問題は、主体(人間)と客体(自然)の近代的な峻別が維持しえないことを示す最大の例(p.250)」が証明している。ANTの観点からは「自然」と「社会」は分けることができないのだ。にもかかわらず分けようとしてきたのが近代である。ラトゥールはどちらにも還元しない非還元主義を訴える。従ってラトゥールの立場はポストモダン(近代の後)ではなく、モダン(近代)を否定するノンモダンとなるのだ。近代を否定したからには、近代の用語法は使えない。そこでこうなる(p.232)。・「アクター」とは、人と物を区別せず、物を不活性な客体としないため。・「ネットワーク」とは、所与のシステムや構造によって関係を限定しないため。・「媒介」は、アクターどうしの相互作用を一義的に捉えないため。・「アクターを追う」とは、分析を外部から行わないため。・「発話=分節化」とは、意味作用を人間と言語に専有させないため。ラトゥールはANTへの批判に応えて、存在の様態を15種類あげているそうだが(p.217)、ANTへの理解があれば、そのような批判に意味はないように思える。しかし、ANTは近代を否定するが故に、近代に育てられた我々には理解が進まないという宿命を負っている。本書はこの宿命の軽減に役立つと期待されるので、著者にはもうひと頑張り、易しく解説して頂きたい。