「日曜小説」 マンホールの中で 4 第二章 6
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第二章 6
「パトカーを無人で動かせるということか」
時田は感心したように言った。
「まあ、このことは本当は言ってはいけないのですが、うちの商社の一部と、警察の幹部だけは知っている話なんです。何しろ、警察車両であっても、不正に使われることがありますし、また、警察官が何か悪いことをしないとも限りません。だから、警察車両の位置をすべて見えるようにしたのです。」
「そんなことは今に始まったことではない。警察車両の位置確認は昔からやっているよ。無線機で一はすべて見るようになっている」
戸田の説明に、善之助は不満そうな言葉を吐いた。自分の知らない警察の一面があることを善之助はなんとなく許せないような状況であった。それだけ善之助の元警察官としてのプライドがあり、また、政策としてはその後議員になったプライドが許せなかったのである。
「爺さん、そんなに怒るなよ。今はここでもめている暇はないんだから」
「ああ、そうだな次郎吉。ここで仲間割れしても仕方がない。そんなことよりも何とかしなきゃならないということだ。それにしても・・・・・・。」
次郎吉がなだめたが、善之助はまだ納得できないような状況であった。
「まあ、続けてください」
「はい、善之助さんが言うように、警察車両は無線電波から位置情報はわかっていたのです。それが無線情報だけではなく、様々な内容でわかるようになっていました。そのうち、警察車両が危険にさらされるようなことも出てきます。例えば逃走車両を止めたり・・・・・・。」
「それならば消防車や救急車もそうではないの」
小林の婆さんが口を挟んだ。
「そうなんです。特に消防車ですね。後はレスキュー隊。倒壊しそうな建物の中に入って人を救出するというのは、うまくやらないと二次被害が出てきてしまうので、そのような無人化、今でいえばドローンが活躍するようになるのです。当然にパトカーもそうで、逃走犯を逃がさないために車で体当たりするとか、車を重ねて壁になるとか、テロリストの爆弾を防ぐためにパトカーで塞ぐなんていう使い方もあります。しかし、人が乗っていればそのようなことはできなくなるんです。その時に、パトカーそのものをドローン化して、本部からの無線で動かせればどうかということになり、よほどの緊急時に、警察の本部の指令室からの指令でパトカーを無人で動かせるようになっているんです。我々の商社はそれを納品していまして、今回はそれが使えるのではないかと思っています。」
戸田は、善之助を気にしながら、先ほどまでの自慢げな態度を止めて、静かにそのようなことを言った。善之助も、自分が議員になってからの事であれば、知らなくても仕方がないし、また目が見えなくなってからは、ネットのことなどは全くわからない状態になっているので、あえて戸田に反論することはしなかった。
「よし、それならばパトカーは動かせるということだな」
「しかし、警察本部に行かないと」
「いや、警察であっても当然に電波で動かすんだ。ということは、そこをハッキングすれば動かせるということだな。」
時田は迫った。
「は、はい」
「その周波数は」
「実は、それはわからないんです」
「わからない」
「はい、我々の商社では、当然に、その内容を実験しています。しかし、それでは商社がパトカーを勝手に動かせることになってしまうので、商社から納品した時点で、警察の方が周波数や電波帯を変えるんです。」
「まあ、そうだな」
善之助が当然というような雰囲気で言った。
「爺さん、ではどこに行けばその周波数がわかる」
「次郎吉さん、今の警察本部の四階に集中指令室がある。そこに行けばわかると思う」
「爺さん、その、集中指令室の電気コードはどこに繋がっている」
時田がそのまますぐに質問をした。
「当然地下の電気室。そしてそのあとマンホールを通って警察無線の電波塔につながるのだが」
時田と次郎吉は顔を見合わせた。要するに、マンホールからその電波塔につながるケーブルに、部地理的につなげて、それをはキングすればよい。通常、ハッキングといえば、ネット回線を通じてコンピューターの中にウイルスを仕込むのである。しかし、今回は物理的にその電線に電波発信機を付けて、その電波発信機から電波周波数を読み取り、そして、パトカーを操作した方が良いのである。
「おい、サブローを呼べ」
時田はインターホンのボタンを押すと、そのように言った。
「時田さん。なんでしょう」
鼠の国では、親分とかボスという単語を使わない。外から誰がくるかわからないので、全て名前かあだ名で呼ぶようにしている。サブローという口ひげを生やしたにやけた男は、間違いなく時田の部下であるが、時田さんと普通に言って入ってきた。
「警察無線のケーブルにこれを仕掛けてきてくれ」
「誰かにやらせたらよいですか」
「ああ。適当な人がいるだろう」
「はい、先日、電話線の共同溝を伝って出入りするのを得意にしていた男がいますんで。」
「なんていう奴だ」
「蛇の青大将ってふざけた名前なんですが」
サブローは本当にいやらしい顔で、口ひげをいじりながら言った。ちょうど赤塚不二夫に出てくるキャラクターのような感じだ。
「青大将か。まあいいや。マンホールの中もゾンビがいるかもしれないから誰かひとり護衛を付けてやれ」
時田も笑うしかなかった。
「護衛。何か武器を持たせるんですか」
「ああ、何か持たせてやれ。そして、仕掛けたら無線で連絡するように言ってくれ」
「わかりました」
サブローは、またにやけた笑いをするとそのまま出て行った。
「あれで大丈夫ですか」
次郎吉は、そういうと心配そうに言った。確かに、まともな人間の会話ではない。善之助や小林のばあさんでは、途中から何を言っているかわからないに違いない。しかし、次郎吉にはその内容はよくわかる。
「生きて帰って来るかどうかはわからないがな」
時田は、何事もないように言った。
果たして、一時間後に無線が入った。仕掛けたという。
「サブロー、うまくいったな」
「いや、時田さん。その代わり青大将と護衛はゾンビになりました」
「なに」
「無事に仕掛けたという連絡の後に、助けてくれという無線が入り、そのあと悲鳴が」
「なるほどな。仕方ないな」
「共同溝で帰ってくれば良い物を、普通のマンホールで楽して帰ろうとしたようでして」
サブローも、人が二人犠牲になっているのに、何事もなかったように、ちょうど噛み終わったチューイングガムを捨ててしまったかのような感じで、二人の死を告げている。もちろん、何かショックなことはあっただろうし、その現場を見ていれば心も何かあったのかもしれないが、しかし、現場を見ていないこと、そして、このサブロー自身がこれまでに様々な経験をしてきており、その中で青大将の事以上の悲劇が、サブローを襲っていれば、このようになってしまうのかもしれない。自分の時のことを思い起こして、次郎吉はそんなことを思っていた。
「サブロー。その二人に身寄りは」
「今回はあの二人に身寄りがいないんで、あの二人を選びました」
「そうか」
時田も言葉は少なかった。
「いずれにせよ、これでハッキングができるようになった。青大将に感謝しながら、作業を進めよう」