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【欠席:5/16東京文フリ】国道百合線 『旅と百合』アンソロジー / 文文文庫

2021.04.24 02:59

文文文庫「旅と百合」テーマアンソロジー「国道百合線」

寒川ミサオ・空木賢一・鳥原継接の短編が19種類。今まで以上のボリューム感。

少女が旅をする。百合をする。

バットで、忍者で、アフガンで、札束をばらまいて、ホラー?SF?純文学?旅する百合する短編集。

収録作

「すっきりサヨナラホームラン」鳥原継接

「明日のキミと会うために 」空木賢一

「ゴールデン・デイズ 」寒川ミサオ

「レンタント、九州へ行く 」鳥原継接

「URKEEN-①南国編」寒川ミサオ

「URKEEN-②瀬戸内編 」寒川ミサオ

「URKEEN-③大阪編」寒川ミサオ

「寧々と、籐子と、柳次郎の恋。」空木賢一

「エコーロケーション 」寒川ミサオ

「ニコ」鳥原継接

「カエルの姫さま」空木賢一

「ラジオガールゴーゴー」寒川ミサオ

「レンタント、地獄のアフガンへ行く」鳥原継接

「エルちゃんのお隣事情」空木賢一

「好きなひとのはなし」空木賢一

「観賞魚の窒息法」寒川ミサオ

「URKEEN-④東京編」寒川ミサオ

「URKEEN-⑤霊山編 」寒川ミサオ

「RENTanTo、怒りのデスロード」鳥原継接


試し読み「すっきりサヨナラホームラン」鳥原継接

 町には甲子園のようなサイレンが鳴っていた。熱風は埃っぽいドライヤーみたいで、暴れて口に入った髪の毛先をそのまま咥えていた。

 息を切らせて漕いできた自転車から私は飛び降りる。休みの続く学校の前で、チユは校門に寄りかかって待っていた。

 暴力的な日差しを雨みたいに浴びていたチユは、涼やかな顔で私に小さく手を振った。

 恥ずかしいほど汗でびっしょりの私は食べていた髪を払うふりをして、手の甲で垂れた汗をぬぐう。自転車のストッパーを蹴って立てた。汗で腿に貼りついたスカートの皺を直した。親にはなにも告げずに、着なくて良いはずのセーラー服を着て私は家を出たのだ。

 チユの背中のスクールバックには、金属バッドが刺さっている。突き出て、銀色に光っている。不釣り合いである。見ていると、チユは、戦車の砲塔みたいでしょ、とわけのわからないことを笑って言った。そういう天然なところがクラスで好かれているのだと思った。

 自転車の後輪に立ったチユと二人乗りをする。熱い風が背中をぐいぐい押す。水泳部だった私はチユを乗せるくらいなんでもないほどパワフルで、彼女は軽い。私とは違う物質で構成されているみたいに軽い。髪が風に踊っている。プールの塩素でぼそぼその頭の私。浅黒い私とちがって、肩を掴むチユの手は白くて綺麗だ。てのひらはしっとりとしていて、チユの汗は、上がる気温と関係のないもっと美しく正当な仕組みで流れている。

 彼女は、優秀だったから、頭のいい都会の大学に行って、素敵なキャンパスライフを送る。町を歩いていたら、スカウトされて、読者モデルになったりするキラキラした生活が待っている。みんなも、私も素朴にそう思っていた。高校を出てすぐ働いて、きっとこの町から出ることもなく、私なんて魚屋を営む単純な両親と暮らし続けて老いるのだと思っていた。いつまでも。潮と魚とドブの臭いがするこの町で、少しずつ考えられなくなって、ちょっぴり脳みそが真っ白になっていくことを諦めながら、幸せにやっていけるんだと思っていた。

 学校からほど近い大川沿いには船が繋がれていて、岸には古ぼけたプレハブの網小屋が並んでいる。河口の橋げたの下にはひときわ傾いた木造のあばら家が密集していて、人気のない小屋は、よくそういうことに使われると、生徒たちの間で話のタネだった。

 通称「バッティングセンター」と呼ばれる小屋を覗きに行くのは男子に限らず女子たちの間でも秘密の冒険だ。田舎だ。みんなやることもないし、球とか棒とか、そんな冗談がみんな好きだった。あまりにも、おあつらえむきで、板壁に空いた穴を覗く私たちはまるで漫画みたいだった。私たちは毎日、このつまらない町で漫画みたいなことを探して、漫画みたいなことを見つけようとしていたのだ。何組の誰それと誰それががあそこでしているのを見たとか、友達のあの娘がこの間彼氏と「バッティングセンター」に行ってどうだっただとか、そんな噂がいつだって教室の隅で私たちの黄色い歓声をつくりあげた。

 多分に漏れず私も気になっていたけれど、やっぱり恥ずかしく、話に混じりながらも見に行く勇気は出ないまま。行ったからって、必ずやってるわけやないでしょ、運じゃん、そう言って友達の前で、「大将」とあだ名されるくらい普段は豪胆なふりをしている私が言うと、友達は顔が赤くなっているとからかうのだ。

 友達と別れて帰ったふりをしたあの日、意を決した私は「バッティングセンター」を訪れた。もう今後機会はないと思ったし、今月はもう家族と一緒にいるつもりでそう伝えていたから、ひとりになれる瞬間は少なかった。なのに、そうだ。一人ではなかったのだった。

 そこにはチユがいた。チユはオレンジ色をした丸いウキと死んだ網の間にしゃがみ込んで、空いた節穴から小屋の中を覗いていた。妙にその背筋は美しかった。

 足音に振り向いたクラスのマドンナは、あっけにとられた私を見ると、唇に人差し指を立てて、反対の手で手招きをする。

 本来、私と深い交流のないまま挨拶だけを交わす、同じクラスメイトで終わったのだ。グループが違うんだから。まさか彼女がこんな下世話な場所にいるなんて思いもしない。

 あっけにとられたまま誘われ、彼女の隣にしゃがみ込む。私はなぜこんなことをしているのだろうと催眠術にかかったように、頭をボウとさせている。節穴を彼女は指さす。人差し指は細く反っていた。私とは違う生き物みたいに。

 穴は長年の塩風で白くなった板に空いていて、誘われるまま、のぞき込む。接吻のようだと思った。暗い小屋の中が見えた。

 だんだん目が暗闇になれる。境界を無くした女と女の影が蠢いている。

 私は息をひそめた。黙っていた。網にこびりついて落ちない磯の生臭い匂いに混じって、いきものの体液の臭いが微かにする。くぐもった声。畳まれている服は、同じ学校の制服である。

 女同士だね。と、彼女が言ったのが聞こえた。


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