①よくよく観ればさらに面白い。ドラマ『逃げ恥』を徹底的に解剖します
ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』観てますか? てか、観てますよね。我々ももう夢中です。とにかくみくりと平匡に幸せになってほしい! 赤の他人どころか、フィクションの登場人物なのに、毎週TVモニターの前で神さまに祈ってるくらいです。伝え聞くところによると、かの菊地成孔先生もご執心とか。インテリから反知性主義を地で行く我々のような下々の者まで、日本中を魅了してしまっているのが、この『逃げ恥』です。
しかし、この『逃げ恥』というドラマ、ガッキーと星野源ちゃんという見事なキャスティングもさることながら、とにかく脚本と演出が素晴らしい。もちろん原作漫画の作者、海野つなみの秀逸なアイデアーーこの世知辛い日本社会に無残に弾き飛ばされた就職浪人女子みくりが思いついた「恋愛関係抜きの事実婚」という設定があってこそですが、いやいや、それだけではない。
よく観れば観るほど、海野つなみの原作に込められたメッセージをしっかりと受け取った脚本家=野木亜紀子の手によるセリフのひとつひとつ、シーンのひとつひとつに、今という少しばかり窮屈で困難な時代を生きるヒントが忍ばせてあるんです。それぞれの日々の営みを少しだけチアフルにすごすためのヒントが。しかも、とてもさりげなく。
そんなわけで、初回から第三話までの放送を観た時点で、「うわ! これにはやられた!」と完全に打ちのめされた我々は、誰に頼まれたわけでもないのに、ドラマ『逃げ恥』を徹底的に語り尽くすことにしました。ドラマの最終回を待たず、短期集中連載でお届けしたいと思います。
以下の対談のパネラーは、普段は世界中のポップ・ミュージックのあれやこれやに、時には大興奮し、檄文を綴ったり、時には難癖をつけたりすることを生業にしている音楽Web=〈ザ・サイン・マガジン〉の編集長とクリエイティヴ・ディレクターの二人。人格からすると、みくりや平匡ほど優しくはないし、世の中を常にシニカルかつドライに見ていたりするので、余計な暴論吐きまくり、脱線しまくり。時には皆さんが気分を害する場合もあるかもしれません。
ただ、もし出来ることなら、なるほど、こんな見方もあるのか、もう一度改めて録画した『逃げ恥』を観てみよう、と思っていただけたりすると幸いです。皆さんが『逃げ恥』のすべてのキャラクターたちにさらに愛おしさを感じたりする手助けになったりするなら、これ以上の喜びはありません。是非少しばかりおつき合い下さいませ。
田中宗一郎(以下、田中)「観た? 昨日の『逃げるは恥だが役に立つ』」
小林祥晴(以下、小林)「観ましたよ。観ろ観ろってうるさいから」
田中「泣いた?」
小林「泣きませんよ」
田中「でも、平匡とみくりの二人がくっつくのか、くっつかないのか、うわー、ヤキモキする!とかなったでしょ」
小林「なりませんよ。乙女じゃあるまいし」
田中「星野源ちゃん演じる津崎平匡の部屋の居間に〈スヌーザー〉置いてあったでしょ? 気づいた?」
小林「気づきませんよ、そんなの」
田中「動体視力ないな。蓮實先生に怒られちゃいますよ」
小林「早く始めましょうよ。忙しいんだから」
田中「でも、俺が言ってる通りのドラマだったでしょ」
小林「まあ確かにタナソウさんが言ってた通り、今の日本を考えるうえでは外せない“雇用”と“結婚”っていうイシューの二つをうまく絡めているとは思いました」
田中「そこから、契約結婚、恋愛関係抜きの事実婚っていうラヴ・コメディ向きの、敢えて荒唐無稽な設定をひねり出した原作者、海野つなみのアイデアはバッチリじゃん」
小林「見事ですね。トピックとしてはすごく適切だし」
田中「特に“雇用”っていうトピックは今の日本を語る上では不可欠なわけだしさ」
小林「特に女の子の就職とか、本当に大変ですからね」
田中「そりゃ、これだけ盛り上がるよな、っていう」
小林「いやいや、世間的には『このドラマは雇用と結婚という現代的な問題に切り込んでるから素晴らしい!』なんてことにはなってませんよ」
田中「そうなの?」
小林「そうですよ。ラヴ・コメディだから受けてるんですよ」
田中「そうなのか」
小林「それと、やっぱ星野源と新垣結衣の二人のキャスティングでしょう」
田中「源ちゃん、ハマり役だもんね」
小林「それと、それぞれのキャラクターが、どこかにいそうで絶対にいない、理想的な設定なのが大きいんじゃないですか」
田中「ガッキー、いいよね」
小林「まあね」
田中「なんか捨て鉢な言い方だな!」
小林「女優とかアイドルとかホント興味ないんですよ」
田中「でもさ、『逃げ恥』が面白いのは、ラヴ・コメディっていう形式を借りながら、そこにこっそりと“雇用”と“結婚”っていうテーマを忍ばせてあるところなわけじゃん」
小林「それがなきゃ、僕とか絶対に観ませんもん」
田中「でも、別にそれに気付かなくても楽しめるし、それに気付いたりすると二度美味しいっていうところが良質なエンターテイメントっていうか、ポップ表現のいいところでしょ」
小林「てなことを考えてるんだろうな、と思いました」
田中「鋭いね」
小林「タナソウさんの持論ですからね、それ」
田中「俺の大好きなマーベル映画とかもまさにそうじゃん」
小林「ああ、前にも嬉々として語ってましたよね」
田中「嫌みな言い方だな!」
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小林「でも確かに、あの記事を読んだ時も、『なるほど、ただのスーパーヒーローもののアクション映画だと思ってたけど、こんな見方もあるのか』とは思いました」
田中「この『逃げ恥』もまさにそういう風に見ると、二度美味しいドラマと思うんだよね」
小林「きっとそうなんだろうなと思うから、わざわざこんなクソ忙しいのにつきあってあげてるんじゃないですか」
田中「じゃあ、ひとつめ。“雇用”っていう問題がトピックになってる理由は、日本だけじゃなく、全世界的に格差社会化が進んでるところからしても、すごく腑に落ちるじゃない?」
小林「納得ですね。アメリカ大統領選にしたって、ブレグジット(※編註 : ”イギリスのEU離脱”を指す造語)にしたって、格差社会における雇用問題から来てるわけだから。もちろん移民の問題は大きいんですけど」
田中「地球規模でグロバリゼーションが行き届いたせいで、この10年で発展途上国の貧困が少しばかり是正されたのと正比例するようにして、先進諸国の中流層の大半が下流へと押し出されちゃったっていう」
小林「日本におけるブラック企業云々にしても、現代的なイシューですからね」
田中「だからこそ、平匡は以前はブラック企業にいたっていう設定だし。逆に、みくりは大学院生上がりで就職に失敗、派遣会社からもはじかれちゃうっていう就職難民なわけだよね」
小林「雇用という部分では勝ち組と負け組っていうか、対照的な立場が与えられてる」
田中「でも、こと恋愛に関しては、逆の立場」
小林「平匡は『プロの独身』っていう三十五歳の童貞。負け組設定になってますよね」
田中「ただ、みくりについても、学生時代の恋愛経験のトラウマから、恋愛にはあまり期待しなくなってる」
小林「ですね」
田中「ほら、みくりの幼馴染の元ヤンの家庭持ちがいるじゃん」
小林「早々と結婚したのに、結局、離婚しちゃう友人ですよね。真野恵里奈が演じてる」
田中「彼女の存在は、結婚が決して幸せのゴールでも、新たな可能性の扉でもないってことを匂わせてるわけでしょ」
小林「まあ、結婚願望が持てない若い女性の価値観を浮かび上がらせる演出として、彼女とみくりのコントラストはうまく機能していますよね」
田中「つまり、みくりは、特に結婚に対しては過剰な期待も執着も持ってない。でも、むしろ雇用の問題が彼女自身のアイデンティティにとっては最大の関心事だからこそ、契約結婚なんて荒唐無稽なことを言い出しちゃう」
小林「てことですよね。働くことの生き甲斐っていう部分に過剰に執着してるキャラクターとして描かれてる」
田中「で、その懸命さがチャーミングなわけですよ。やっぱ男も女も結婚よりも仕事に懸命な姿の方が魅力的じゃんか」
小林「いやー、やっぱ仕事ですよ、男も女も。仕事が一番、仕事が一番」
田中「って思っちゃう俺たちみたいなメンタリティがブラック企業を作っちゃうんだと思うよ」
小林「まあね」
田中「だって、何よりも仕事が一番で、恋愛感情なんて邪魔だとしか思ってないじゃん、俺たちとか」
小林「いやいや、自分の立場に引きずり込まないで下さいよ」
田中「要するに、『逃げ恥』の面白いところは、ラヴ・コメディでありながら、平匡もみくりも恋愛とか、当初は結婚という問題意識からは少し距離がある。そこだよね」
小林「ですね」
田中「ところが段々と互いが恋に落ちていって、それがドラマに一気にターボをかけることになっていく」
小林「誰でもわかることをいちいち偉そうに説明しましたね」
田中「うるさいな」
小林「平匡の場合、確かに恋愛とか結婚という現実から目を反らそうとしてるけど、みくりはどうなんですかね? 恋愛に対してはトラウマがあるにせよ、結婚自体はどうなんですかね?」
田中「彼女は、自らの契約結婚っていう役割をまっとうすることにとにかく夢中で、恋愛も結婚も眼中に入ってないってところなんじゃないの。何よりも仕事に夢中だ、っていう」
小林「確かに。だからこそ、彼女が自らの仕事を懸命にこなそうとして取った行動のせいで、平匡がみくりに魅かれていって、ドラマが転がり出すっていう」
田中「例えば、みくりの『ハグしましょう』とかって言動とかも、彼女の動機としては仕事でしょ」
小林「は? というと?」