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Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説33

2021.04.28 23:00


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



グイン・ヴァン・トゥイエット・ハンという長い名前の(尤も、四音。ノ、ブ、ナ、ガ。ヒ、デ、ヨ、シ等に同じ。ト、ク、ガ、ワ、イ、エ、ヤ、ス等に至ってはきっちり二倍の音数なので、その気ちがい沙汰の膨大さは押して量るべし…まして麻佐迦阿迦都迦智波夜比阿米能於志保美美能美古登にいったては)男に同行してすぐちかくの(といって、バイクで30分程度…)ある神秘的な(且つ単に詐欺にすぎない(せめて彼女に白鷺の華麗さえあれば…))人物の所に行った。

靈媒師(こっちでなんと呼ぶのかは知らない。漢語圏だから、案外その儘かも知れないね?——日本文化とは巨大なかの支那諸帝国の落とした畸形にすぎない…言語そのものからして已に)。

トゥイエット・ハン(女性的な名前の男、…長身。黑い肌。知的で、若干不遜な眼つき…善良な男です)が私に言ったのだった。いつかのLineでの雑談で(…彼は私になついているので。

まるで馬鹿な子犬のように)。

——ね、面白い人にあわない?

彼は日本で4年ばかり働いていた。帰ってきてから建築会社をやってる。ダナンで。

顧客は日本人。日本企業。最近、ベトナムの富裕層にも(最初は日本人としか仕事しないよ、と言っていた。それは帰ってきて間もない頃の、彼の、彼以外には意味不明の矜持だった、ということなのか。

わたしは彼は母国人と働くべきだと思いますよ。彼は彼の母国にいるんだから)顧客を広げている。

靈媒師詣でなど単なる冗談のようなもの。

タオが会社へ行って一時間もしない間にトゥイエット・ハンが迎えに来た(その間、僕は蘭が部屋の中にいることさえ忘れていた)。ドアを開けたトゥイエット・ハン曰く、(おどろいたように、そして次の瞬間私を見て微笑み)「あれ?

香香美さんの、こども?」

私は笑う。

笑う私をトゥイエット・ハンは見ていた。

幸せそうな笑みを、彼はしていたのだった(陽気な男だった。かつ、嘆かわしい時にはだれよりも歎いた…)。

「預かったの」

私は云った。蘭はトゥイエット・ハンの興味をそれ以上ひく事はなかった(彼が無視していたなど、そんな事実はない。蘭の身の上を知って彼はむしろ彼女に目に染みるような誠意をみせて蘭をいたわるのだった)。トゥイエット・ハンがわたしたちを先導した。蘭をバイクの後ろにのせて。

わたしは彼に従った。

その家はダナンの工業地帯の近くにあって(広大な車道、行きかうダンプ、トラック、高速のバイク、何萬ヘクタールかという平地にいくつもの会社がさまざまな生産工場を造る、および輸送拠点も…)その傍ら、突然現れる木立ちに埋もれそうな市場の、さらに先。

開発の途中なのか中断後なのか。更地の広大のところどころに出没する住宅数軒のつらなりの中に靈媒師の家はあった。

普通のベトナム人住宅。古くはない。築十年からこっち。廣くもない。

狹い庭で5歳程度の子供と7歳程度の子供が遊んでいた(兄弟には見えない。餘に似ていないから)。開けっ放しのドアを覗いて(ここでは在宅時にはかならずドアなど開けっ放しにしていくものだ…)トゥイエット・ハンは霊媒師の名を呼んだ。

突き当り当たりの階段から女がひとり顏をのぞかせ、そして上がって來いと云った(これ等はベトナム語の会話である。仍て、単に事のながれとその場の雰囲気からわたしが類推したに過ぎない。だから仮に靈媒師は先に天国に行ったとその女が云い、トゥイエット・ハンが庭に豚が死んでるぞと云ったのだという可能性もあるだろう。もしそうだったっとしても、わたしは上がって來いと女が言ったのだと理解し続けただろう)。顏は見えなかった。瘠せた影だった記憶があった。不確かな記憶に過ぎない。

聲から、すくなくとも上がって來いと云った彼女が40歳程度の女であること知れた。

一階には子供意外誰も居なかった。そもそもそれが霊媒師の、ないし靈媒師一家の誰かの子供である必然もなかった(事実、後に顏を合わせた霊媒師とはまったく似て居なかった。

とは言え、ここられでは子供は好き勝手にどこででもあそぶのだ。

ことわりなしに、人の家の庭であっても)。

上に上がると佛間らしい空間に窓を背にして彼女はいた。

故、最初彼女は逆光の中の影にすぎなかった。

黑い線が光を遮断したように見える。

それは一瞬だけ。

ほんの一瞬。

私の眼はすぐに彼女の肥満体が笑っているのを見た。

その笑みに(例えば木彫りの仏像よろしくの)神秘性などない。

そもそも彼女は自分に神秘性など求めていなかった。

彼女はただ、サービス業の一般として笑ってやっていたにすぎない。

——こちらは、ニーさん。

トゥイエット・ハンが云った。

その日本語は靈媒師ニーの興味を若干そそったらしかった。

それ、一瞬耳に触れた異國語の何語かもわからない霊媒師ニーはわたしを見、トゥイエット・ハンを見、そして私を見、すぐさま殊更にやわらかく笑んで見せ(まるで子供にするように、だ)そしてトゥイエット・ハンに云った。

——こちらは何國人だい?中国人かい?(おそらく。中国という言葉だけ、わたしには聞き取れたのだ)

——いや、日本人だよ(Không, anh người nhật)。

——そう…じゃ、すわってくだい。ほら、そこに(おそらくは)

トゥイエット・ハンはわたしに霊媒師ニーの前に座るようにいい、自分は傍ら、わたしに憑き添うように座った。

もっとも、飽く迄トゥイエット・ハンが中心になって質問したのである(来年、3月に彼は結婚する予定だから、その相談をしていたのだろう)。

靈媒師ニーの降靈憑依はなんら儀式をともなわなかった。

トゥイエット・ハンから相談を聞く。そして最初カードで簡単に卜って(十分くらい)それからおもむろに目を閉じると手をあわせて立ち上がり、彼女の正面の(つまりは私たちの背後の)祭壇の観音像に膝間付き、ひれ伏す。立ち上がり又手を合わせる。それを四度くりかえして、最後立ったまま四度合わせた手を上下させる。

その間念佛を聞き取れない小声で口の中にのみつぶやく。

そして

眼を開けない儘に胡坐をかき、はたと目を開けたらそこにトゥイエット・ハンの先祖が降りてきている、と。

それだけ。

先祖はかなり不遜だった。トゥイエット・ハンをときに頭ごなしに叱る。トゥイエット・ハンがなにか説明しかかっても、そんなものは言い訳だということなのか、一切聞く耳をもたない。

会話の詳細についてトゥイエット・ハンはなにも教えてくれなかった。

遠い先祖ということなんか。時代がかっている。身振り手振りが、である。

トゥイエット・ハンには心霊の出現を恐怖したり畏怖したりというそぶりはない。

あまりにも普通に、靈の憑いた叔母さんがいて、それに怒鳴りちらされているのだ。

都合二十分ぐらいか。

始終髙圧的といいうでもなく、時にすっとやさしくなったり、とうとつに聲をひそめておそらく噂話に興じたり、いきなり慰めはじめたりはげましたりと、それはそれで飽きさせない。

終わりは呆気ない。

話が途切れた頃合いに、霊媒ニーが頭を揺らし始めて、そして二三回うるくるくびをまわし、そしていきなり我にかえるのだった。

——どうだった?あなた、納得した?(おそらく)

靈媒ニーは云った。

トゥイエット・ハンが彼女に眞面目な顔で何か云っていたが、それはなにを云っているのか判らなかった。

思うに、靈媒ニーは憑依時の記憶が完全にあるのだった。

もっとも、なにも記憶があってはいけないとはいはない。

いずれにせよ、それに関する物理学法則についてアインシュタインはなんの公式も残してくれなかった。

故に靈媒ニーは先の先祖霊との対話を含めてトゥイエット・ハンの相談に親身に乗ってやっているのである。

わたしはそう解釈している。

料金は50萬ドン。これが髙いか安いかはそれぞれの心のままにとでもいうしかない。

わたしはなにもこのような詐欺を、(あなたのように)悉く罵倒する気にはなれない。

それが成立してしまう所に、人間種の生態のかたちがあるのだろう。

間違っても猫乃至犬の社会に霊媒師という職種が成立するとは思えない。

料金の支払いまで終わった比に、トゥイエット・ハンがわたしに云った。

——香香美さんは、なにか相談したいことある?

トゥイエット・ハンの眼が落ち着いていた。霊媒師ニーは詐欺師として彼に幸福を与え、かつ、窃盗したのだ…

——いつ世界が亡びるのかとでも聞いてくれ。…と、微笑みかけたわたしがそう云おうとしたとき、わたしは耳に声を聴いた。

——お前は…

と。

返り見ればそこに、…同じところに、同じように、霊媒師ニーがいて、私を見て表情も無く微笑んでいた(この下手な言表。つまり霊媒ニーの眼がわたしをみていなのである。故に表情がいっさい匂わず、頬の形だけがきれいに人なつっこくわらっているのだ)。

一瞬遅れて、霊媒ニーが日本語をはなしていることに気付いた(もっとも、…なぜだろう?

此の時、違和感はなにもなかった。まるでごくごく当然のように)。

——お前は…

と霊媒ニーは私を見つめながら(見ていないのだ。なにも。ただ、何も見ていない黑目がわたしをむいているのである)

「風舩を割った子だね?

 三つ割った子。

 風舩を割った子だね。

 笑ったね。

 割って、笑ったね。

——それ、何の話?(わたしは霊媒ニーに云った。)

——ね、おばけが來たね。(と、トゥイエット・ハンが云った。おばけの語に惡意はない。彼は靈という語も心霊という言葉もまして先祖霊だのなんだのの語も知らなかったので、知っている語彙から素直に発話したのだ…事実、彼の眼には尊敬が浮かんだ。…霊媒への?降りて来た異国の靈への?)(霊媒ニーの口がはっする聲は普通の、ニーの地声に過ぎない)

「あの子だね。

 すいかをにぎりつぶしたね。

 すいかを、あの子だね。

 すいかを、にぎってね。

 あの子、口が汚れたね。

私は聲を立てて笑った。

——あなた、だれ。

「あなたを赦してる。

 知ってる?もう許してる…しかたないから。

 違う?

 だれが一番傷ついた?

 わたしじゃないよ。

 お母さんじゃないないよ。

 あなたでしょ?

 知ってる。

——母親?…あなたが(このとき、私はむしろ笑んでいた。そう記憶する。それが、例えばトゥイエット・ハンの目にどう見得たかはしらない。)

——母さんなの?(と、トゥイエット・ハンは明るい聲にささやく)

「多伽子。

 おまえはいまでも覚えてるね。

 多果子。

 お前はいまでも忘れてないね。

 多香子。

 それで時々忘れたね。

 今はね。

 今はね。

 お前はわたしを知ってたね?

——何が云いたいの?(霊媒ニーは変わりなく、口でだけ微笑むのだった。

このあたりで、わたしはひとり芳香を嗅いでいた記憶がある。

なんの芳香?

蜜まみれの百合の花というのか。百合の、あの食欲をなくさせる強烈な擦り付けるような匂いに、同じ強烈さでみつをまぶしたような…)

「憶宇波

 お前はね