講演&解説 『万葉の花とみどり』
◇教養講座『万葉の花とみどり』:万葉集についてのやさしい学習講座・出張講演もあります。 → お問い合わせ
<内容紹介>
万葉集に詠み込まれた歌を鑑賞しながら…万葉歌に詠み込まれた自然(特に花と植物)について、歴史や文化的な背景などをご一緒に学んでみませんか? メディア等でも数回取りあげていただいております。配布資料とプロジェクターによる映像提示、その他関係資料の展示、別日程での懇親会、研修会を実施することもあります。
<参考:講義資料から>
(例)配付資料から文字情報の一部のみ紹介
「万葉集に詠み込まれた花:紫草(むらさき)
この万葉歌は、万葉集を象徴する名歌といわれていますが、そこ詠み込まれている「紫草」は、今や絶滅危惧種となっています。紫草と日本の歴史、伝統文化との関わりについても学んでまいります。 むらさき:植物名を漢字で書くと?紫草 牟良佐伎 武良前(万葉仮名:音を漢字に置き換えた) 万葉歌 あかねさす紫野行き標野行き 野守は見ずや君が袖振る 額田王 巻一 20
『読 み』あかねさすむらさきのいきしめのいきのもりはみずやきみがそでふる
歌の解説 ① あかねさす:『日』『昼』『紫』『照る』『月』『君が心』にかかる枕詞→茜色に照り映えるの意から。 アカネ:赤い根 茜 根から赤い染液が得られる ・ぬばたまの→ぬばたま=ヒオウギ (枕詞)黒い・暗い 実が髪の毛のように黒いに由来 ② 紫野:紫草が群生する地 ③ 標野:しめの 標縄(しめなわ、注連縄)に通じ、区切ってある天皇の御料地 かなり管理されていたものと考えられる ④ ~行き~行き:行ったり来たり ⑤ 野守:紫草の番人 → 天智天皇 てんじてんのう(中大兄皇子なかのおおえのおうじ:626-672) 中臣鎌足らと謀り皇極天皇の御前で蘇我入鹿を暗殺したクーデター(乙巳の変645)を主導。蝦夷は翌日自害。その翌日皇極天皇の同母弟孝徳天皇即位させ皇太子に。様々な改革(大化の改新)断行。有間皇子など有力な勢力一掃。百済が660年に唐・新羅に滅ぼされたため朝廷に滞在していた百済王子・扶余豊璋を送り返し、百済復興を図った。指揮するために筑紫に滞在した斉明天皇7年7月24日崩御。後に称制。大敗後(667年4月17日)に近江大津宮へ遷都→国防上の配慮? ⑥ 君:元カレ 大海人皇子 おおあまのおうじ(後の天武天皇てんむ:631?-686)第40代天皇 天智の子(大友=弘文天皇と争う)『日本書紀』編纂天武天皇の息子舎人親王。神格的な存在。
『歌 意』紫草の生えているこのご料地で、あちらへこちらへと行き来して・・・。野の番人に見られはしないでしょうか、あなたが私に袖を振っているところを。
作者:額田王 ぬかたのおおきみ 不世出の万葉歌人。古代史上に残る骨肉の争い 双方の天皇に愛された才色兼備:謎の人物。鏡王(かがみのおおきみ)の娘で大海人皇子嫁いで十市皇女を生んだ。鏡王は「王」称から2世-5世の皇族(王族)と推定。一説に宣化天皇の曾孫?出生地は大和国平群郡額田郷? 十市皇女:弘文天皇(大友皇子)の正妃 実夫と実父が壬申の乱、しかも高市皇子とのスキャンダル→早世
【万葉時代考】
(1)万葉を象徴する歌:すべての高校教科書で扱われている 作者額田の名も 天智七年(668)旧暦五月五日 端午の節句、現在の6/22(夏至の頃) 蒲生野(滋賀県)での宴席 三角関係:額田王と天智天皇と天武天皇、大海人皇子と歌を贈答しあったというが…。「紫草のにほへる妹」 紫草が愛の相聞のモチーフ 「紫草のにほへる妹を憎くあらば 人妻ゆゑにわれ恋ひめやも」 大海人皇子 巻一 21 紫草のように魅力的なあなたを憎くく思うのなら、どうして人妻と知りつつ恋心をもてるだろうか? (憎くない=好き → 人妻であってもかまわないくらい)
(2) 薬狩り くすがり:生薬や染料を得るために栽培 紫草の白い花を見つけると、馬上から矢を射ってそれを人に取りに行かせるという娯楽 鹿狩りの植物版
(3) 東アジア情勢と白村江での敗戦:はくすきのえのたたかい、はくそんこうのたたかい) 663年(天智2年)8月 朝鮮半島の白村江(現在の錦江近郊) 倭国・百済遺民の連合軍対唐・新羅連合軍、海と陸の会戦 東アジアの勢力図が大きく塗り変わる中で起きた戦役である。この敗戦により、倭国の国防体制・政治体制の変革が起きた。日本という国家への脱皮 大王→天皇 ※日の丸→聖徳太子 隋の皇帝・煬帝へ「日出処天子…」で始まる手紙 飛鳥時代末期に国号を「日本」(日ノ本)と命名 太陽(日の出)を意識しており、「日が昇る」という現象を重視していた。天武天皇の頃に皇祖神として崇拝されるようになった 日本の国家統治と太陽の結びつきが強まった。645年大化改新天皇親政確立の頃 797年(延暦16年)の『続日本紀』の中にある文武天皇の701年(大宝元年)の朝賀の儀で正月元旦に儀式会場の飾りつけに「日像」の旗を掲げた。日の丸の原型?「赤地に金丸」?白地に赤丸は、源氏「白地赤丸」を使用 高松塚古墳、キトラ古墳 日象・月象は金と銀の真円 法隆寺の玉虫厨子背面の須弥山図に、赤い真円の日象
(4) 壬申の乱:(672年)皮肉にも古代最大の内乱 天智天皇の太子・大友皇子(おおとものみこ(明治3年 1870 弘文天皇の称号を追号)に対し皇弟・大海人が地方豪族を味方にして反旗をひるがえした。反乱者である大海人皇子が勝利。
【植物考「ムラサキ」】
(1) 栽培至難:自然にこぼれ落ちてそのまま発芽、越冬か?発芽率そのものが低く(1%以下) ウイルスや食害にも遭いやすい 消毒すると枯死 日の当たり方 栄養は少なくても過ぎてもだめ 土壌は水はけ良く 寿命は長くて(4年) 現在の自生地には(石灰)系 アルカリ の砂質が多いが他の雑草との競争がない自生地が残ったという考え方もある。 栽培法も、時代、地方によってその手法がまちまち 植物研究者である 大滝末男:著作 もその著書『ムラサキの栽培と観察』の中で、「多くの人が種や株を入手しても2年以上栽培を続け、繁殖に成功した人は皆無に近い・・・」と言い切っている。 希少性 ムラサキ草はそこいらに群生していたかのような説を唱える向きもあるが、やはり当時から絶滅危惧種
(2) 高貴な色:古代王朝の色の染料として紫色は時代、洋の東西を問わず高貴な色 珍重 権力を象徴する色 紫色を重んじる傾向は、(聖徳)太子の制定した冠位(十二)の最上位は紫 (深紫ディープパープル:こきむらさき) (藤原)氏の平安の世には(紫)式部の女流文学のテーマ 枕草子 戦国武将の豊臣秀吉 紫陣羽織 徳川時代の江戸紫 はちまき 外国でも古代中国(恒公・始皇帝) BC685-春秋戦国時代:斉の恒公を始め、人々が紫衣を好む 『韓非子』には、古代中国の春秋戦国時代、斉の恒公が紫衣を好み、国の人々が紫染めの服を着 ローマ時代には皇帝(禁色) 女王(クレオパトラ) 軍船の帆をすべて(貝)紫で染め、外国船を圧倒 貝のパープル腺 1グラムの紫染料 イボニシ貝の仲間が数千個必要
(3) 絶滅危惧種ⅠB類:国内の自生地はほぼ壊滅 埼玉県は絶滅 幻の野草 紫染料のイメージから、白花と知って意外 紫色素:平安時代の事務提要(『延喜式)』には、武蔵、信濃、常陸などから紫根を朝廷に運ばせたとある。平安時代には(内染司)なる専門職が置かれ 染料の採取量の安定策が図られた 19世紀中ば、イギリスのパーキンによる(化学)染料登場 産業的な価値を失った 農業用地の開発や帰化植物 絶滅危惧種レッドデーターブックⅠBにランク
(4) 色素(シコニン):我が国初の女性理学博士(黒田チカ)先生が色素の構造を解明 Shikonin シコニン分子は、金属イオンと結合により呈色、水に不溶で繊維に固着しやすくなる性質 媒染-染色に利用 色素シコニンの名は(紫根)に由来 大正7年(1918年)「紫根の色素に就いて」の論文の中で成分の構造の解明を行い、命名されたもの。 ※ベニバナの色素カルタミンの研究
(5) 古来の風習:紫で染色された布は(肺病)を遠ざけると信じられ、皇室では今でも体調を崩されると紫染めの物を身につける習慣がおありとか。 エイズ 最近になって、シコニンに抗HIV活性作用があることが確認され、免疫低下による細菌感染を抑制する研究が注目されている。紫の効能についての言い伝えは、あながち否定できないということである。も大きな業績を残されている。
(6) 華岡青州の(紫雲膏しうんこう):(外科)医 漢方薬 外傷,腫瘍,火傷,湿疹等に処方されてきた。 1760~1835 江戸時代の外科医 世界で初めて麻酔手術(乳癌手術)成功 紫草を詠んだ万葉歌:万葉集中(17)首 「紫は(灰)指すものそ海石榴市の八十のちまたに逢へる児や誰」 ツバキによる媒染作業の歴史は古く、万葉歌にも紫染色にツバキの灰が使われたこと海石榴市(つばいち)とは古代都市の名 「つば」と染色に使う「ツバキ」をかけ、紫色がツバキの灰によって鮮やかに染まるということを意味している 託馬野に生ふる紫草衣に染め いまだ着ずして色に出にけり 笠女郎 巻三 395 媒染は、植物色素がアルミニウムイオンや鉄イオン等の金属イオンを結びついて、木綿や紙の繊維に発色定着する効果をあげるための作業。手軽な媒染剤として、酢酸アルミニウムを使えるが、古くは、アルミニウムイオンを多く含む植物が使われていた。植物の媒染剤を特に灰汁(あく)といい、古くからヤブツバキを始めとしてヒサカキ、サワフタギ、藁灰、鳥梅(うばい:梅をいぶしたもの)が有用な灰汁とされてきた。
その他:紫草関係情報
・宝塚歌劇団によって舞台化 ・『額田女王』井上靖の歴史小説 1980年にテレビ朝日でドラマ化 ・『茜さす』 永井路子 新潮文庫 ・『茜に燃ゆ 小説 額田王』 ・『飛鳥の春の額田王』 安田靫彦の歴史画 切手
・里中満智子作『天上の虹』
郷土の文化財や関連のニュースなど