1988-1 <レイニーエクスプレス>
千代田線の表参道駅を富士銀行の出口から駆け上がると、明治神宮の石灯籠にもたれて一服。ふぅーっと大仕事を完遂したような満足感。青年男子の喫煙率70パーセント弱、空模様よりニコチンが優先する、訳あって黒柳慎一という芸名時代のことである。
人生の全ての悲しみが込み上げるような日々が続いた1988年は、調べるとやはり記録的な冷夏。リハーサルの6月、本番の7、8月を埋めたのは、少年隊のミュージカル”PLAYZONE”(青山劇場他)。演出助手だった。
スライドして入れ替えられる二つの舞台に、周り舞台。メインの舞台には、コンピュータ制御の最新式の迫(せり)。ただ、これは事故防止用のセンサーが敏感過ぎて、ちょっとしたことで昇降を停止。本番中に少年隊の3人がよじ登って登場したこともあった。
かように、今でも最先端と言える設備を備えていた青山劇場は、残念ながら2015年に閉館。少年隊は、キャパ1200の青山劇場での100公演ほどを満席にした。
東山さんが歌うマイケル・ジャクソンの曲で使用したレーザー照射の機械は、ホリゾント奥の中央。常時、流水で冷却するので水道代は数千万円にも及んだ。
第1幕の八百屋舞台(八百屋の陳列台のように奥が高く、手前が低くなった舞台)は、転換時に前後に分けてはける(片付ける)ため、中央に隙間があった。女性ダンサーたちはこの上で、トゥシューズを履いてバレエを踊ったが、幸い大きな事故はなかった。
ル・ノートル庭園風のセットには噴水付きの池。夏の公演ということもあり、水の交換がマスト。本番前は準備に奔走。ピリピリする舞台監督と揉めたものだ。
作業灯を鈍く反射するのは小道具の弦楽器たち。オーケストラに扮したダンサーたちが演奏するふりをするのだが、チェロ弾きの私は、本番前の誰もいない舞台裏で調弦し、こっそり弾いた。ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『ルードヴィヒ』で流れた、ワグナーの『夕星の歌(タンホイザーより)』が多かったはずで、息抜きの時でもあった。
”PLAYZONE”は、ミュージカルの後、コンサートという二部構成。ヒット曲『君だけに』の曲中に、錦織さんのMCが入る。その際、スクリーンを降ろし、少年隊の映像を流すのだが、段取りだけではなく、タイミングも大事。それ故、リハーサルを含め、500回は聞いたであろう少年隊の曲は、今でも、イントロからエンディングまで、(脳内だが)アレンジを含め正確に再現できる。
『君だけに』は、飲みに行った先で、錦織さんと植草さんがカラオケで歌ってくださったこともあり、なおさらだ。
篇首の『レイニーエクスプレス』は「夏の雨くぐりぬける」で始まる儚い恋の歌。ジャニーさんは、あまりお好きではないとのことだったが、私には人生の全ての悲しみが込み上げた1988年の冷夏を象徴する曲であった。『君だけに』より印象深い。