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Oimachi Act./おい街アクト

聴く人が聴いたら解かるジョニー・ソマーズの実力

2021.04.28 03:00

日本では「ワン・ボーイ」と「すてきなメモリー」でシンガーとして知られることになったジョニー・ソマーズ嬢。


歌唱力があるとか、ないとかは、当時のヒットパレード番組の司会役は一言も話すことがなかった。


そんなこともあって、このジョニー・ソマーズが実力のあるシンガーという評価もなく、時代は過ぎていった。

 

ジョニー・ソマーズが歌ったジャズのCDが今、復刻版として出ているのを、どの位の人が気付いているのやら。

そう、ジョニー・ソマーズは18歳でシンガーとして活動を始めた。

若い故に「ワン・ボーイ」を歌うことになった。

これが全米のヒット100にチャート入りする。

 

本国ではジャズ・クラブでの活動が活発であったが、なにせ若い。

レコード会社としては、ジャズで売るよりポップスで売ることを考えたようで、「内気なジョニー」が1962年5月に発表され、全米7位に輝く、ジョニー・ソマーズが

22歳の時だ。

 

この「内気なジョニー」のイントロはちょっとした語り草になったほど。

ウッド・ベース、ギター、ドラムス、ホーン、ピアノが順番に入って絡んでいく。

これはアメリカン・ポップス史上に残る

名イントロだと。


バート・バカラックの共作パートナーの

ハル・デイビッドと、「シー・ユー・イン・セプテンバー」の作者として知られるシャーマン・エドワーズのコンビによる作品。

 

こうしてジョニー・ソマーズは日本でも大人の一流シンガーの仲間入りを果たす。

 

日本ではポップスしか売れない時代。

本人の意向に反する「すてきなメモリー」が63年に発売され64年初頭に大ヒット。

本国では「過ぎし思い出」のB面。

これをカップリングであったとレコード会社は言いたげだが、A面にして出し直しての

大ヒットであろう。

65年10月には日本語で売り気満々。

ジョニー・ソマーズが日本語で歌った「すてきなメモリー」まで出してきた。

 

そう、この時代はコニー・フランシスが

日本語でアメリカン・ポップスを歌い、稼ぎまくっていた時代。気持ちは分かるが…。


この曲を日本語詞に作ったのはあの安井かずみ。

 

その後は映画「ブリット」(68年・米作品)の

テーマ曲を歌うなどをするも、時代の流れは変わってしまっていて日本ではヒットせず。

 

こうしてジョニー・ソマーズはポップスの

世界から解放された。

 

ジョニー・ソマーズが本来の実力派のシンガーとして認められていたのは、なんと1959年。

アート・ペッパーも参加したアルバム「ポジティヴリー・ザ・モスト」を録音している。


61年には「フォー・ゾーズ・フー・シンク・ヤング」もワーナーレーベルからライヴとのカップリングで出している。

どちらもスタンダード・ナンバーが並ぶ。

ジョニー・ソマーズへの評価の低さは、日本のラジオ番組の犯した"罪"だ。