三章 東ザナラーン前編 - 04
Hyur-Midlander / Halone
Class:GLADIATOR / LEVEL:12
Location >> X:20.9 Y:21.1
ザナラーン > 東ザナラーン > ウェルウィック新林 > ハイブリッジ
ハイブリッジという大きな橋が、東ザナラーンには存在する。ドライボーンの荒野と、ウェルウィック森林を大きく隔てるようにできた亀裂の上に築かれたそれは、ザナラーン地方とティノルカ地方を結ぶ交通の要所だ。まるで大河にも見えるその亀裂は、第七霊災によって生じたものだ。同じく、遠くには霊災の折に生じた編属性クリスタルが吹き出したバーニングウォールを眺めることもできる。
霊災の爪痕を強く感じる場所ではあるのだが、ミィアがここを通った時には、そんなことも気にせず栄えているように見えた。橋の上から眺められる遺跡の大きな石像や、偏属性クリスタルの美しい輝きがそうさせているのだろうか、と彼女は納得していたのだ。しかし、
「とても……閑散としていますね」
自身がここを通ってウルダハへ向かった時は、有名な観光名所かのように賑わっていた橋が、今では往来も無く、溢れていた商人の姿はどこにも見えない。
「やはり、人攫いが出た影響でしょうか……」
「……そうだな、想像していたよりも、これは酷い」
自分と同じように辺りを見回していたナイトウの顔を見上げれば、彼も沈痛な面持ちを浮かべている。ふと気がついたようにしゃがみこみ、橋の手すりに顔を近づけた彼は、
「これ、血の跡か……」
それも、かなり新しいものだ。確かに遺っている戦いの残滓に、ミィアは少し息を呑む。
「(……力のない人が争いに巻き込まれることには、どうやっても慣れませんね)」
ここに居た人たちは大丈夫なのだろうか、そう思う。なんとかできると言ったナイトウは、本当になんとかできるのだろうか、とも。
こんなに良い景色の場所なのにな、と手すりから離れ、遠くバーニングウォールを眺めるナイトウは、相変わらず頼りになるのか、ならないのか分からない様子だ。そんな彼に、
「ウェルウィック森林側に、商人たちが拠点としている建物が有ります。そこで話を聞いてみましょう」
「ああ、そうだな。……誰か居るといいが」
え、と思ったが、その思いは言葉に出さず、橋に設けられた階段を登っていく。ドライボーン側の方が大地が低く、ハイブリッジを渡るには階段を昇降しなければならない。その階段を登りきった先、ウェルウィック森林側には二棟の小さな建物が建てられており、片方には風車が備え付けられている。恐らくは、橋よりも少し低い位置に停泊する飛空艇用の昇降機の動力源になっているのだろう。風車が作る影をくぐるように階段を登りきると、
「あいつ……気のせいか……?」
ぽつり、とナイトウが呟く声が聞こえてくる。後ろを振り返り彼を見やれば、
「悪い、ミィア、ちょっと話聞いといてくれ!」
そう言って一人で彼は駆け出してしまう。
「え、ちょっと! ……別に、いいですけど……」
こちらが返した言葉は、もう彼には届いていないだろう。いったい何を見て、何に気づき彼は駆け出していったのか。気にはなるが、それよりもハイブリッジの様子を聞き込みするのが先だろう、ミィアはそう思う。
「(……ちょっと言葉が足らない所がある気がしますね、ナイトウさんは)」
まぁいい、彼が帰ってきたら説明してもらおう。そんな事を考えつつ、ミィアは二棟の建物のうち、風車の無い方へと足を進めた。たしか、こちら側の建物には商人が在中し、飛空挺の運行管理などを行っていたはずだ。
「すいません――……」
ぎぃ、と軋むドアを開けた先には、果たして誰も居なかった。荒れている室内には、明らかにキキルン族のものと思しき足跡が散乱している。床に落ち、割れたコップからは液体が飛び散り、これから商人が茶を飲もうとしたところで襲撃に遭った事を感じさせた。
「(もしかして、本当に誰も……?)」
ナイトウの呟いた、誰かいるといい、という言葉を思い返す。彼は、この橋に誰も居ないことを元々知っていたのだろうか? だとしたらどうして、そう思いつつ、ミィアは部屋の中を見て回る。一室しか無い、事務所のような建物だ。この中に残された人が隠れているとも考えにくい。
ナイトウに報告しに行こう、そう思ってドアの方へ足を向けると、
「何者!?」
「きゃあっ」
鋭い恫喝とともに響く鎧の音。先程までの静けさと反するそれらに、思わず声を上げてしまう。大きくなった鼓動を収めるよう、ゆっくり声の主を確認すると、
「なんだ……銅刃団か……」
ほ、と安堵の息を吐く。思わず毛並みが逆だってしまった尻尾を手に取り、それらを収めるよう撫でていると、
「なんだとはなによ……そっちこそ、こんな所で何を? 冒険者?」
そうこちらに声をかけてくる銅刃団は、ミッドランダーの女性のようだ。顔を隠すバイザーのついた鉢巻をしているため容姿は分からないが、若い声色のように聞こえる。
「それが……ハイブリッジで人攫いが出たと聞いて、その話を聞こうと思って」
「ああ……その事ね。商人を一人除いて、ハイブリッジの住人は皆やられてしまったの。話を聞ける相手は存在しないわ」
「……そんな」
この静けさの原因は、そういうことだったらしい。この後、風車の備え付けられている建物の方も見に行こうと思っていたが、恐らくはそちらも無人なのだろう。
残された一人はどうしているのか聞こうとすると、こちらが口を開くよりも先に、
「それより、ここへ来るまでに銅刃団とは会わなかった?」
「いえ、見てないですが……どうしたんですか?」
「くそっ、増援はまだ来ないの……っ!」
苛立つように、鉢巻から漏れた髪を耳にかける仕草は荒々しいものだ。その様子から、彼女がかなり切羽詰まった状況に置かれていることが察せられる。
「増援って、もしかして……」
「ええ、攫われた市民を奪還するの。市民の中に銅刃団の間諜が混ざっているんだけど……ようやくあいつから引渡し場所の情報が届いたというのに……!」
口惜しそうに彼女はそう言い捨てる。
「(本当なのか……でも……)」
向こうがこちらを疑ったように、ミィアもまた相手のことを少なからず疑っていた。幸いにして今まで出会う事は無かったが、銅刃団について悪い噂を耳にする事も有る。たった一人で略奪の行われた場所へ現れたた彼女に怪しさを感じてしまうのは仕方がないだろう、そう思いつつも、
「あっあのっ!」
ミィアは身を乗り出し声を上げる。
「私達でよければ手伝います!連れがもう一人居るんです。それでもまだ……人手は足らないかもしれなけれど、あなた一人と比べたら」
もし彼女の言葉が偽りだったとしても、攫われた市民と無関係ではない筈だ。協力を申し出ることで、何か情報が得られるかもしれない。それに、
「(嘘をついてるようには見えないし……)」
彼女の焦りによる苛立ちは真に迫っている。今も、ちらちらと扉の外に目を向け、ハイブリッジの向こうを彼女は確認していた。しかし、ミィアの言葉を聞いた彼女はあわててこちらに向き直り、
「……行きずりの冒険者を信用するほど、銅刃団はお人好しじゃないわ」
「で、でも……」
「だけど……今は少しでも多くの力を借りたいの。助力してもらえるなら、とても助かるわ」
藁にもすがる思いなのだろう。もしくは、こちらが小娘一人だからこそ受け入れられたのか、しかし今、そんなことはどうでもいい。
「……ええ、勿論」
それならば、と彼女は部屋の片隅に立て掛けてあった紙筒を取り、荒れたテーブルの上にそれを広げる。広げられたそこに記されているのは、東ザナラーンの地図だ。 彼女はハイブリッジより少し南東のユグラム川と記された辺りを指さし、
「この辺りに、キキルン族の集落が有るの。人質の引渡し場所はここよ」
まさかこんなに近場で取引がか行われていたなんて……と彼女は口惜しそうに続ける。確かにそこは、ハイブリッジから歩いて数瞬の所だ。灯台もと暗しとでも言うのだろうか。銅刃団の盲点だったのだろうか。
「連れが居るのよね? 私は先に現地に向かっておくから、連れを見つけたらここまで来て。物陰になっていてキキルン族の集落からは見えずらいから」
「分かりました。なるべく早く向かうので……一人で無茶をしないで下さいね」
ええ、と頷いた彼女は、こちらを一瞥して足早に部屋の外へと歩いていく。
「(……ナイトウさんを捕まえてこなきゃ)」
ミィアもまた、それに続くよう部屋の外へ足早に飛び出した。
●
ハイブリッジの階段上から飛び出した俺は、たしかに見かけた背中を追って走っていた。キキルン族に蹂躙されたであろうハイブリッジをミィアに任せてなおそこを後にしたのは、
「(あの特徴的な黒エビフライ頭……!!)」
ウルダハを離れ、こうして都会とは言い難い場所に近付くと、所謂”金持ち”を目にする機会が減っていく。見かける人は一般庶民か、冒険者か、貧しい人だ。それらの人が身に纏うものとはあからさまに違う、良い身なり。その男を俺は知っていた。
「(なんだっけ……名前……えーーと、あの、あいつだよ、あいつ)」
ドライボーンでも思い返していたあの商人だ。ゲーム内のメインクエストに登場する、騙した貧民をアマルジャ族に売り払っていた悪徳商人。既に冒険者として頭角を現しつつある主人公に、ひょんなことから喧嘩を売ってしまい、いともたやすく返り討ちに遭う奴だ。
ハイブリッジのF.A.T.E.では、攫われた市民はアマルジャ族に売り払われる。メインクエストの登場人物とF.A.T.E.のストーリーが絡むことは無いとは思うが、無関係というわけもないだろう。問いただせば、何か分かるかもしれない。
それに、
「(イフリートが召喚される前に奴を捕まえておけば、なにか起こるかも……)」
しかし、流石に新生編の序盤をプレイしたのが何年も前なこともあり、細かい話の流れやキャラクターの名前がうろ覚えだ。俺が今追っている悪徳商人についてのプロフィールも朧気な記憶で、
「(確か赤っぽい服を着ていて……刈り上げの上にリーゼント乗せた感じの……そうそう、ちょうどあいつみたいな……)」
遠く、ウィルウィック森林の木立の中へ消えゆく後ろ姿を見つけた俺は、
「ウグストっ! ちょっと待て!!」
意外と名前が出た。
覚えているものだ……そう自分に感動しつつ、俺は走る速度を上げようとする。なぜなら、俺の声に驚いた男が、慌ててこちらから逃げようとしているからだ。
彼我の距離はまだかなり開いている。もう少し距離を詰めてから声を掛けたほうが良かったか、そう思いつつ脚を動かせば、
「――ナイトウさん! ちょっと来てください!」
「ミィア!?」
男の背中を追う俺の背中に向けて、少女の声が刺さった。何かあったのか、流石に足を止めない訳にもいかないだろう。ほんの一瞬、迷いが生じるが、検討することも無く俺は背後へ振り向いた。
「どうした、何かあったのか?」
「その、銅刃団の方が、攫われた市民の居場所を知っているって。手助けを申し出たんですけど、早く行かないと引渡しの時間が迫ってるって……」
その言葉を聞いて、ピンと来るものがある。
「(前提FATEの開始NPCか……)」
そう、ハイブリッジには大規模な連続FATEが存在する。ふと行き当たったレベリング途中のキャラクターならば、ソロでの攻略は難しい程度には大規模なFATEだ。ハイブリッジでキキルン族の人攫いが出たと聞いた時、俺はすぐさま、それがFATE『ハイブリッジの死闘』であると思い至った。
もし俺の推測が正しいのであれば、連続FATEが発生する前には、まず市民を奪還するイベントが起こる。銅刃団に手を貸す形でシナリオが進行するそれは、まさにミィアが語った状況と酷似していた。
「分かった。その銅刃団の人はどこに?」
「先に合流地点に向かわれてます。ユグラム川……ここから南に行った所あたりです」
「それじゃあ向かおう、急がなきゃなんだよな?」
「ええ、増援を待っていたそうですが、中々来ないらしくて……」
そうか、と返答を帰しながら、ちらりと背後を確認する。最早悪徳商人……ウグストと思しき影は視認できず、追うことはできないだろう。
「(今はそれどころじゃないしな)」
連続FATEが始まってしまうならば仕方がない。気合いを入れなければ、そう思いつつ、俺はミィアの後に続いた。
●
俺は、ハイブリッジの連続FATEの事を思い出していた。
基本的に、ハイブリッジは連続F.A.T.E.を成功させない限り、無人の橋だ。定期的に起こる前提F.A.T.E.を成功させて市民を奪還し、奪還した市民を再び奪いに来るキキルン族・次いではアマルジャ族を撃退することによって、ようやくハイブリッジに平和を取り戻すことができる。ただし、F.A.T.E.が平和を取り戻してハイ終わり、というわけにはゲーム上いかないので、定期的にキキルン族が市民を奪いに来るF.A.T.E.が勃発する。再びそのF.A.T.E.を撃退すればいいのだが、F.A.T.E.をそこまで熱心にこなすプレイヤーはそうそう居ない。というわけで、ハイブリッジに訪れる平和は大凡が次にF.A.T.E.が起こるまでの束の間だ。
「(でも、この世界なら、平和を束の間じゃなくできるんじゃないか?)」
なんせ俺は今、ゲームを遊んでいるわけではない。その世界に入り込み、いち住人として行動することができるのだ。ハイブリッジに、束の間ではない平和をもたらすことができるかもしれない。
「(F.A.T.E.成功させてNPCが大勢いるハイブリッジは賑やかで良いからな)」
そんな思いで、ミィアに連れられて向かった先は、記憶にも存在する場所だった。
ユグラム川の手前、向こうにキキルン族の集落が見える物陰だ。そこに一人、集落の様子を伺うよう片膝を立て身を隠す姿が有る。頭装備のせいで顔が見えないその人影は、体格からしてミッドランダーの女性だろう。彼女はこちらに気が付くと、
「…………」
なにも言わず、身振りで自分の後ろに付くよう指示してくる。同じく無言でそれに従った俺達に彼女は、
「……エステルよ。よろしく」
「ミィア・モルコットです。こちらはナイトウさん」
「……よろしく」
ゲーム上では、FATEの開始NPCだったキャラクターは、名も無き銅刃団だった筈だ。しかし、そんなキャラクターにもこうして名前が有ることに少し感動を覚える。
「(……そうだよな。こうしてこの世界で生きてるってなると、誰もNPCじゃないもんな)」
そんな事を考えている俺をよそに、エステルは小声で更に言葉を続ける。
「この先に見えているキキルン族の集落に攫われた市民が囚われているの。今、最後の交渉をしているみたい……。みんなを奪還できる最後のチャンスよ」
「分かりました」
「それでは急ぎましょう。キキルン族は金に煩いわ。手元の金に集中する余り、取引中が最も周囲への警戒が薄いはず」
行きましょう、そう告げたエステルは迷うことなく集落へと駆け始める。それに遅れをとらぬよう、ミィアと俺が後に続いた。
全力で駆ければ集落までは一瞬だ。ユグラム川に沿うよう作られた小さなキキルン族の集落は、岬の先まで細長く続いている。川に向かって作られた桟橋や、団栗のような形をした建造物の周りではキキルン族が思い思いにくつろいでいる。そして、それらの傍らには、ハイブリッジの市民達が沈痛な面持ちで後ろ手に縛られていた。
エステルが向かったのは、桟橋の上で捉えられている市民の方だ。三人固まって行動して包囲されてしまうと市民の救助が難しくなる。それを見た俺は、桟橋の向かい、高台で貨幣を数えているキキルン族の方へと足を向ける。
まだキキルン族はこちらに気づいてはいない。
あと一歩踏み込めば剣が届く距離だ。
キキルン族が鼻をひくつかせ、襲撃に気付いた時にはもう遅かった。
「――っ!!」
引き抜いた剣の腹で、キキルン族の横っ面を叩く。返す刀でもう一匹も。残った一匹を盾で弾こうとした時、ようやくキキルン族が見方へ警鐘を鳴らした。
「て、敵襲っちゃ――」
その口を塞ぐよう、体重を乗せた盾でキキルン族の小さな体躯を弾けば、吹き飛んだ先でそれは再び物言わぬ警鐘となる。しかし、最早声が上がらずとも俺達の襲撃は集落全体に響き渡っていた。それは眼下、一人目の市民を給与したエステルとミィアが集落の真ん中で立ち並び、
「銅刃団だ! ハイブリッジの市民を返してもらうぞ!!」
きぃ、と慌てたキキルン族の声が響き渡る。判断の早い数匹が、市民のもとへ駆け寄ろうとするが、
「させるかっ!」
高台から飛び降り、その勢いのまま膝で一撃を食らわせる。こちらに驚き振り返ったもう一匹には再び剣の腹で殴れば、
「(なんか格闘士じみてきたな……!)」
流石に自分よりも小さな生き物を問答無料で切り捨てる気にもなれない。もっぱら剣は打撃武器だし、盾もそれに準じた扱いになりつつある。思い切り殴りつければ、キキルン族程度の相手ならば一撃で黙らせることを理解したからこそ出来る事でも有るのだが、
「お、お助け……」
震えながらこちらを見上げてくる市民を背に庇い、きぃきぃと威嚇の声を上げるキキルン族の前に立ちはだかる。これでこちらは二人確保だ。たしか奥側の桟橋にも市民が居たはず、そう思いミィア達の方へ目を向ければ、
「――贄に過ぎぬ人間風情が……」
ルガティンにも勝る逞しい体躯。地に打ち付けられる太い尾。後頭部から尾の様に生えたものは彼らにとっての角だろうか。浅黒い肌を金色の装飾で包んだその姿こそが、ザナラーン地方に住まう獣人、アマルジャ族でありF.A.T.E.のボス、人買いのナヨク・ローだ。
「市民は返してもらうわよ」
そう告げるエステルが庇う背後には、最後の市民が座り込んでいる。だがしかし、その市民の脚は血で赤黒く汚れており、
「頑陋至愚……歩けぬ男を連れて我から逃げおおせるとでも思うたか」
そう告げる声は低く、落ち着いたものだ。それを聞いた俺は、
「(すっげー! アマルジャ族って本当に四字熟語喋んのな! 全然意味わからん!)」
思わずテンションが上がってしまったが、この空気で表に出すわけには行かない。俺もあちらに手を貸しに行きたいが、まずは目の前に立ちはだかるキキルン族を片付けてからにせねば、そう思っていると、
「俺を置いて逃げろ! 市民さえ逃げおおせれば……」
「そんなこと、できる訳ないでしょう!」
足を負傷した市民の言葉を遮り、エステルが叫ぶ。銅刃団が市民に紛れていると聞いたが、負傷している彼がそうなのだろう。負傷さえしていなければ、彼も戦力として期待できたのだろうが、見る限りそうはいかなそうだ。
ざり、とエステルが地を踏みしめる。そして、己を奮い立たせる為の声をあげつつ、ナヨク・ローへと斬りかかった。それに向かい合うナヨク・ローは、
「――石火豪拳」
手甲に包まれた拳で格闘武器を握り込み、腰に貯め、
「きゃああっ」
それをアッパーカットのように振り上げた。それはエステルの剣を弾き、それどころか、拳に触れていない彼女の身体までをも吹き飛ばす。まるで拳から衝撃波が放たれたかのようだった。
「エステルさん!」
彼女の背後でキキルン族に回し蹴りを食らわせていたミィアが叫ぶ。彼女の足元まで吹き飛ばされたエステルの傍らにミィアがしゃがみこめば、
「貴様らも贄となるがいい」
握りこんだナヨク・ローの拳に、ちりちりと火花が集まる。それは瞬時に大きくなり、その拳は炎をまとって更に大きく見えた。そしてそれが彼女らに振り下ろされんとした時、
「くらえっ、シールドロブ!!」
俺は、思わず左手に持った盾を投げつけていた。
まるでブーメランか何かのように空を切り裂いた盾は、ナヨク・ローの尾に当たり、
「…………」
ナヨク・ローがゆっくりとこちらを振り向くと同時に、尾から血飛沫が舞い上がった。
「やるか、小僧」
じろりとこちらを睨むその目には、確かに怒りが宿っている。それを見たキキルン族がゆっくりと下がって行く程度には圧を感じるものだ。
F.A.T.E.『ハイブリッジの死闘:市民奪還作戦』は、人買のナヨク・ローを倒すまで終わらない。
「……来いよ、人買のナヨク・ロー」
終わらないのならば、やるしかない。